第24話:魔女と話す




 事情を知らないフェリクスの目から逃れ、やっとアレクサンデルは体から力を抜いた。セシリアも夜のアレクサンデルだと気付き、表情を緩める。

「緊張しちゃった。僕、王太子っぽかった?」

 アレクサンデルの問いに、セシリアは苦笑する。

「本当に王太子殿下かと思いました」

 王太子だと思いガッカリしたとは、さすがに口にしない。


「あら? 本当に出て来てるのね」

 側に人が来ていた事に気付かなかったアレクサンデルとセシリアは、驚いて振り返る。

 そのまま何も言えずに、声の主を見つめる。

 国家魔術師のローブを羽織った男性の横に居る、真っ赤なローブを羽織った女性がいきなり声を発したのだ。

 そのあまりにも派手な衣装にも驚いたが、それ以上に言葉の内容がアレクサンデルとセシリアを驚かせた。


「おかしいわね。高等学校卒業までは封印されるはずなのに」

 挨拶もせずに不躾にアレクサンデルをジロジロと眺める女性は、不思議な色の瞳をしていた。



「……あの」

 戸惑った声を出したのは勿論、観察されているアレクサンデルだ。

 一緒に居るのが国家魔術師なので、相手の正体の予想はついているし、おそらく間違っていないだろう。だが、それでも名乗り合わないのは違う、と育ちの良いアレクサンデルとセシリアは困惑している。


「初めまして、封印の魔女よ」

 魔女が自己紹介と共に、右手を差し出す。

 一瞬躊躇したが、国家魔術師が魔女の後ろで頷いたのを見て、アレクサンデルは魔女の手を握った。




「いやあぁぁぁ! 何これ、何コレ、ナニコレ!! きっもちわっるぅい」

 アレクサンデルと握手をしながら、魔女は顔を逸らして叫ぶ。

 振り払いたいのか手を上下にブンブンと振るが、手を強く握って離さないのは魔女の方である。


「うんぎゃあ! マジ気持ち悪いよ! これに対抗する為に目覚めちゃったんだ~」

 やっと落ち着いたのか、魔女は手を振るのを止めた。しかし手は離さない。

「対抗?」

 魔女の台詞へと質問をする声がした。

 質問したのはアレクサンデルではなく、国家魔術師である。



「王子様、残念ながら魅了にやられてるね。本来なら心から愛している相手が居れば問題無いのだけど、恋心を封印しちゃったからコロリと転がったんだろうね~その女に」

 明日の天気の話のように魔女は軽く言うが、かなりの大問題である。

「だから防衛本能で、魅了に対抗出来る恋心君が出て来たのかな」

 魔女は、しっかりと握っていた手を開いた。


 アレクサンデルは、解放された自分の手をジッと見つめる。

「……魅了」

 驚くよりは、納得をしていた。

 なぜセシリアとは真逆の猿――スピッヘル伯爵令嬢などと関係を持ってしまったのか。



「なぜ僕は、セシリアを思う気持ちを封印したのだろう」

 アレクサンデルは目に涙を滲ませながら呟く。悲しいよりも、悔しいが強い。理由は王太子の日記を読んだので知っている。


 その当時の王太子も、恋心を封印したからといって、セシリアとここまで疎遠になるとは思っていなかっただろうし、当然ながら魅了を掛けられるなど知らなかっただろう。

 しかし、だからといって「しょうがないよね」とは思えない。


 今にも泣きそうなアレクサンデルの手に、そっと触れる者がいた。

 セシリアである。

「アレク様。王太子殿下の中で魅了に対抗しようと、お独りで頑張っていらっしゃったのですね」

 いたわるように、どこか誇らしげに、セシリアは微笑んだ。



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