第23話:夜のデートへ




 いつものように夜に目覚めたアレクサンデルは、いつもよりも体が磨かれている事に気が付いた。まるで式典の日のように、髪がサラサラで香りの良い香油が体に塗られている。

「これ、怪しまれなかったのかな?」

 良い匂いのする自分の腕を嗅ぎながら、アレクサンデルが呟く。

 しかし当たり前だが、服はいつも通り部屋着だった。


 事情を知っているセシリアとロドルフだけならば部屋着でも大丈夫だが、今日は植物園に行くのである。

 護衛も園の係員も、少数だが他の客も居るかもしれない。

 どうしようかとアレクサンデルが悩んでいると


 コンコンコン。

 ノックの音が部屋に響いた。

 ロドルフとは違うノックの仕方。明らかに他人が訪ねて来たようだ。

 今までに無い事に、アレクサンデルの体が強張る。



「アレクサンデル王太子殿下。夜遅くに失礼します」

 しかし聞こえてきたのは、ロドルフの声だった。

 いつものように「どうぞ」と応えようとして、アレクサンデルは考える。

 今の昼の王太子なら、もっと無愛想では無いかと。


「……何か用か」

 少し不機嫌そうなアレクサンデルの声に、扉の外から「失礼します」と若い女性の声が反応した。

 扉を開けて入って来たのは、二人のメイドだった。




「焦りました。まだアレクじゃないのかと」

 植物園に向かう馬車の中。アレクサンデルとロドルフが向かい合わせで座り、お互いに苦笑している。

「こっちこそ、ロドルフ先生以外が部屋に来るなんて思ってなくて焦ったよ」

 部屋に入って来たメイドは、アレクサンデルを着替えさせる為に来たメイドだった。


「久しぶりの婚約者とのデートなので、周りも気合いを入れたようです」

 断りきれませんでした、とロドルフは遠い目をする。

「それでも、下手に話題に出すと頑なになるおそれがあると、絶対に王太子に植物園の事は聞かないように約束させました」

 もし誰かが昼の王太子に聞いても「知らん」と答えるだけだろう。


「ありがとうございます、ロドルフ先生」

 アレクサンデルが素直にお礼を口にする。

 植物園に行った事を王太子が否定しても、最初は不機嫌ゆえか照れているかと、周りも思うだろう。

 しかし、王太子が本気で言っていると気付かれてしまった場合、おかしな事――アレクサンデルの存在が皆にバレてしまい、下手をするとセシリアとの婚約が解消になる可能性もある。


 今日で事態が好転すると良いな……アレクサンデルは、馬車の窓から外を眺めながら、そのような事を考えていた。



 植物園にアレクサンデル達が着いた時、先に着いていた馬車からセシリアと兄のフェリクスが降りて来た。

 いつものように駆け寄りそうになるのをぐっと堪え、アレクサンデルは不機嫌そうな表情を作る。

 いかにも義務です、という態度でエスコートをするアレクサンデルと、貼り付けた笑顔のセシリアは植物園へと入った。


「まだ近い? こっちの表情見えそう?」

 笑顔なのに暗く沈んだ表情をしているセシリアへ、アレクサンデルは前を向いたまま小声で問い掛ける。

「え?」

 驚いた顔をで自分を見上げるセシリアに、「セシィのお兄さん、こっち見てる?」と、もう一度主語を付けて問う。


「はい。こちらは見てますが、振り返らなければ表情までは判らないかと」

 セシリアが答えると、アレクサンデルはフニャリと表情を緩めた。



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