第7話:夜の婚約者




「僕はどうなってしまったのだろう」

 昨夜と同じようにセシリアの部屋へ入って来たアレクサンデルは、ソファで頭を抱えていた。

 昨日は、部屋に戻ってベッドに入り、朝起きたら両親に記憶が無い事を話して……そう思いながら寝て、起きたらまた夜だった。


 しかし、昨夜と夜着が変わっていたので、昼間に起きて行動していたのは間違い無いだろう、とアレクサンデルはセシリアに説明した。

 セシリアは、会っているので知っています、とは言えなかった。

 あの不貞を不貞とも思っていない傲岸ごうがんそんと、目の前の素直で優しい婚約者を、同一人物として認めたくなかったから。



「手紙を書いてみるのはどうだろう? 自分の字で書かれた自分宛の見覚えの無い手紙があったら、昼間の僕も何か調べてくれないかな」

 アレクサンデルが良い事を思い付いた!と明るい表情で提案するが、昼間の王太子を嫌という程知っているセシリアは、静かに首を横に振った。


「誰かの悪戯だと、深く考えずに捨てるでしょう。不敬だと、もしくは職務怠慢だと、周りの使用人全てをクビにして入れ替えるかもしれません」

 セシリアの少し低めの声に、アレクサンデルは首を傾げた。


「……違ってたらごめんね。もしかしてセシィは昼間の僕が嫌い?」

 問われたセシリアは目を見開いた後、視線を下に向けてコクリと頷いた。




「昼間の殿は、私ではない方に夢中です」

 セシリアが視線を下げたまま、ポツリと言う。その声の小ささに、婚約者として大切にされていない悲しみを感じる。

「えっと、よく解んないんだけど、もしかして昼間の僕はを侍らせているって事?」

 アレクサンデルの問いに、セシリアは無言で頷く。


「それって不貞行為でしょ? もしかして馬鹿なの!? 昼間の僕」

 心の中で思っていても、口に出せなかった言葉を代わりに言ってくれたアレクサンデル。

 あぁ、私の好きな婚約者は、ちゃんとここに居た。

 セシリアは顔を上げ、目の前のアレクサンデルをしっかりと見つめ、微笑んだ。




 中等学校には好みの女子生徒が居なかった為に行動に移せなかっただけで、実はスヒッペル伯爵令嬢みたいな妖艶な美女……というか、娼婦みたいに男に媚びる女性の方が好きなのだろうか。

 今朝の王太子を見たセシリアは、言いようの無い憔悴感に襲われていた。


 リシェ・スヒッペルは伯爵令嬢なので、身分的にはギリギリ王太子に嫁ぐ事が可能だ。

 それもあり、セシリアの父であるサミュエル・ヴォルテルス公爵は、国王に会いに行ったのだろう。

 婚約者の変更を打診しに。



 朝のセシリアは、婚約破棄になってもしょうがないと諦めていたし、納得もしていた。

 しかし、今、昔と変わらぬアレクサンデルを前にすると、まだ婚約者でいたいと思ってしまっていた。


「セシィ、僕、3年間の事を調べてみるよ! まずは中等学校の入学式の日だね」

 アレクサンデルは勢いでセシリアの手を握り、すぐに「あ!」と自分で驚き、顔を真っ赤にして手を離した。


 姿形は同じなのに、朝の王太子とは別人だと感じる。

 実は双子で、入れ替わってるとかでは無いのは、朝の頬の傷が証明している。

 今は完全に消えているが……。


 婚約者の中で、何かが起きていた。



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