第6話:変わらない王太子
昨日よりも早い時間に迎えに来たのは、やはり昨夜会ったからだろうか。
少しだけ期待してエントランスに向かったセシリアが見たのは、自分を怒鳴りつける婚約者と、その腕を両腕で抱き込んで体を密着させているスヒッペル伯爵令嬢だった。
驚き過ぎて固まったセシリアの肩を、母親のユリアがそっと抱きしめる。
その二人を庇うように、父親のサミュエルが前に立った。
「王太子殿下。明日から迎えは結構ですよ。セシリアは我が公爵家の馬車で登下校しますので。いやぁ、今までも帰りには迎えに行っていたので、馬車は確保してありますからな」
顔には満面の笑みを浮かべているが、サミュエルの目は笑っていなかった。
「そうはいかん。朝は迎えに行くようにと父から言われているからな」
まるで今までも嫌々来ていたようなアレクサンデルの口ぶりである。
いや、実際にそうだったのだろう。
「心配には及びませんよ。陛下には私から言っておきますから」
まるで追い出すかのように、両手を広げたままサミュエルは目の前の二人に迫る。
その笑顔と有無を言わせぬ態度に、アレクサンデルは舌打ちをしてから、
扉から出て行くアレクサンデルとリシェを見ながら、セシリアは溜め息を吐き出した。
もう、何が何だか意味が解らない。
とても疲れていた。
「セシリアは、今日は休みなさい。私はこれから陛下の所へ行ってくるよ」
サミュエルはセシリアの頭を優しく撫でてから、出掛ける準備をしに屋敷の奥へと向かった。
セシリアはユリアに肩を抱かれて支えられたまま、自分の部屋まで移動した。
「今日は学校を休ませます」
ユリアが侍女へ告げると、セシリアはすぐに部屋着に着替えさせられた。
心配だったのか、セシリアが着替え終わるまでユリアは部屋に居た。
いつの間にかソファでうたた寝をしてしまったセシリアが目覚めると、既に太陽は低い位置にいた。
食欲が無かったので遅い昼食ではなく、軽食とお菓子の午後のお茶を頼もうと、セシリアは立ち上がった。時間的に、そちらも用意されているはずだ。
メイドに頼む時に「部屋に置いておける日持ちするお菓子も別にお願いね」と言ってしまったのは、昨夜のアレクサンデルの顔が脳裏に浮かんだからだった。
今朝、ここ3年間で見慣れた王太子アレクサンデルを見たのに、なぜか諦めきれない気持ちになったのは、本人も気付いていない小さな傷を、頬に見付けたからだった。
ここ3年で大きくなった、部屋の前の木が付けた傷。
血も出ない程度の、傷とも言えない表皮の擦れ。
昨夜も気付いたけれど、頬に触れるのは失礼かと何も言わなかった。
今日には消えていると思ったから。
きっと今頃は完全に判らなくなっているだろう。
「セシィ! 起きてる?」
夜中。昨夜と変わらない時間に窓の外から声がした。
昼間にうたた寝をしてしまったせいなのか、それともやはり期待していたのか、セシリアは眠れずにいた。
走りたい気持ちを抑えて静かにベランダへ行き、顔を出す。
セシリアの顔を見た途端にホッとした表情をしたアレクサンデルは、今度は焦った様子で声を出す。
セシリアは、この後に彼が言う言葉が判っている気がした。
「良かった! 起きてた! ねぇセシィ聞いてよ! なぜか昼間の記憶が何も無いんだ!」
望み通りの台詞を聞いた時、セシリアは嬉しくて心からの笑顔を浮かべていた。
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