第5話:婚約者として
あまり眠れないままに朝を迎えたセシリアは、学校へ行く準備を整えて食堂へ向かった。
身支度を手伝った侍女に「顔色がすぐれませんが大丈夫ですか?」と心配される程度には、体調が悪かった。
3年前、中等学校に入学した途端に、婚約者の態度が変わった。
隣に並んで笑い合うような、とても良好な関係だったはずなのに、いきなり「愛称で呼ぶな。皆と同じように俺を呼ぶように」と、突き放した態度で接してくるようになった。
入学式前までは自分を「僕」と呼んでいたのに、それも「俺」へと変わっていた。
中等学校に通う前の幼等学校には貴族男子しか通わないので、突然知人の前で婚約者と仲が良いのを見られるのが恥ずかしいのかと、その時のセシリアは納得していた。
しかしそれは、単なる勘違いで、希望的観測でしかなかった。
その日から、秘密の通路を通って遊びに来る事が無くなった。
入学前に「一緒にお昼を食べようね」と言った約束が果たされる事は、ただの一度も無かった。
学校内では、一度も言葉を交わす事も無かった。いつもセシリアから一方的に挨拶をするだけである。
セシリアの幼い頃から育ててきた淡い恋心は中等学校で凍りつき、高等学校入学式で見事に砕け散った。
それなのに、その日の夜。大好きだった婚約者が返ってきた。
自分を「僕」と言い、感情豊かな表情で愛を口にする婚約者。
余りにも入学式で見た光景が
夢で無い事は、テーブルに残されたコップが証明していた。
しかし、幻では無いと言い切れるほどの自信は無い。
朝食の席に着いた娘の顔色の悪さに、ヴォルテルス公爵家当主でありセシリアの父でもあるサミュエルは、妻のユリアと顔を見合わせた。
中等学校での王太子アレクサンデルのセシリアに対する態度は、二人の耳にも入っていた。
元々望んだ婚約でも無いので、婚約の解消を王家に申し出たのだが、思春期ゆえの照れ隠しだから許して欲しいと流された。
それが学校内だけでなく、3年間一度も公爵家に会いに来ない事実を
式に遅れて登場したアレクサンデルは、その腕に派手な化粧をした赤毛の女を連れていたという。
どこの娼婦かと言う見た目だが、れっきとした貴族令嬢であり、リシェ・スヒッペル伯爵令嬢だった。
「王太子殿下がいらっしゃいました」
いつもより早い時間なのに、アレクサンデルがセシリアを迎えに来た、と執事が呼びに来た。しかし、その顔には困惑が浮かんでいる。
公爵家の執事は、常に平静を保つように訓練されている。それなのに、怒りすら滲ませている。
「今、行きます」
席を立ったセシリアの後を、嫌な予感がした両親も付いて行った。
そしてそれが正解だったと、エントランスで知る。
「遅い! 俺達が来る前にここで待っていろ!」
いきなりセシリアを怒鳴りつけたアレクサンデルの腕には、報告通りの派手な赤毛の女子生徒が絡まっていた。
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