第4話:婚約者との夜




 泣き止んだセシリアへ、アレクサンデルは目覚めてからの事を説明した。

 もしかして信じてくれないかも? と心配していたが、アレクサンデルが驚く程にすんなりとセシリアは3年間の記憶が無い事を信じてくれた。

 なぜ? そう思ったアレクサンデルの疑問は、次にセシリアが語り始めた3年間の話で解明された。


「本当に? 本当に僕がセシィを無視してるの?」

 セシリアが言うには、中等部の入学式の日に少し様子がおかしかったアレクサンデルは、翌日には人が変わったみたいになっていたそうだ。


 態度が横柄に変わり、自分を愛称で呼ぶ事を禁じた。

 朝の迎えには来るが帰りは送らない為に、最初の頃は気付かずに待ちぼうけになる事もあったそうだ。

 今では、帰りの時間に合わせて公爵家の馬車が学校まで迎えに行っているのだとか。


 そして驚いた事に、今日の入学式では伯爵令嬢を伴って会場に現れたらしい。

 婚約者であるセシリアを放置して。



 とりあえず婚約は継続している事に安堵したアレクサンデルは、自分の行動なのに信じられなかった。

「その伯爵令嬢って誰?」

 アレクサンデルの質問に、セシリアの顔が曇る。

 それでも答えないわけにはいかないと思ったのか、小さな溜め息を吐き出した後に口を開いた。


「リシェ・スヒッペル伯爵令嬢ですわ」

 一瞬誰だか判らなかったが、一人の少女が頭に浮かんだ。

「あぁ! あの猿か!」

 アレクサンデルの記憶の中のリシェ・スヒッペルは、赤毛の癖っ毛を後ろで一つに結んだ貧相で粗野な少女だった。


 男児の後をついて回り、何かと口を出してくるうるさい女。

「男なんだからしっかりしなさいよ!」

 それが口癖で、さっぱりした性格が良いと言う同級生もいたが、セシリアが理想のアレクサンデルは疎ましく思っていた。



「猿、ですか?」

 首を傾げたセシリアだったが、思い当たる事があったのか、納得したように頷いてから空中に魔法を展開した。

 セシリアの得意な水鏡の魔法である。

 それは、セシリアが見たものを映し出す高度な魔法だった。


 そこに映し出されたのは、豊満な肉体に艷やかな巻き毛の、とても濃い化粧をした女性だった。

 髪の色は確かにリシェ・スヒッペルだったが、顔も体も全てが違う。


「彼女、中等部で急に成長されましたの。……特にお胸が」

 セシリアの手が自分の胸元へ移動したので、自然とアレクサンデルの視線もセシリアの胸を見る。


 確かにセシリアの倍は有りそうな、かなり重そうな胸を、水鏡の中のリシェは持っていた。

「でも僕は、セシィ位の方が良いなぁ」

 思わず呟いてしまったアレクサンデルは、慌てて自分の口を両手で塞いだ。




 何となく甘酸っぱいような、居心地の悪い空気の中で、アレクサンデルはセシリアのお菓子水を飲んだ。

 記憶の中よりも美味しいのは、セシリアの魔法が上達したからか、お菓子が改良されたからか。


 3年間の記憶の無いアレクサンデルには判らない。

 それを悔しく思いながら、コップをテーブルへと置いた。


「もう遅い時間だから帰るね」

 アレクサンデルが立ち上がると、セシリアも立ち上がった。

 玄関からは帰れないので、ベランダへと二人で向かう。


「おやすみ」

 言葉と共に手を振ると、アレクサンデルは来た時と同じように風魔法をまとい、ふわりと飛んで地面に降りた。

 セシリアが見ているのに気が付くと、大きく手を振ってからの方へと走って行く。


 その背中を、セシリアは複雑な表情で見つめていた。



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