第3話:奇跡の邂逅




 真っ暗な庭で、アレクサンデルの灯した光の魔法だけがポツンと浮かんでいた。

 しばらく動かなかったその明かりが微かに揺れた時。そう、アレクサンデルが屋敷に背を向けた時、上から扉の開く音がした。


 涼みに出て来たのだろうか。

 夜着にストールを羽織った姿の女性は、アレクサンデルがここまで無謀な行動をした理由である、会いたくて愛しくて大好きな婚約者セシリアだった。



 アレクサンデルの記憶の中よりも、更に綺麗で、見ているだけで泣きたくなるほど愛おしい。

「誰か居るのですか?」

 緊張を含んだ声は、やはり記憶の中よりも少しだけ大人っぽく落ち着いている、

「僕だよ、アレクサンデルだ」

 声を抑えながら、それでもセシリアには届くように、自分が誰であるか名乗った。


 上から息を飲むような気配を感じた。

 あまりどころか、完全に歓迎されていないのが判る。

「殿下、このような夜更けに、いかがなさいました? ワタクシには公務以外では近寄らないのでは?」

 愛しい婚約者から掛けられたのは、堅苦しい言葉に、信じられない内容だった。



「セシィ……もう僕が嫌になってしまったの?」

 思わず漏れた自分の言葉に傷付き、アレクサンデルは涙までこぼしてしまった。

「……今、セシィと?」

 上のセシリアから、戸惑った雰囲気が伝わってくる。


「え? 婚約者になってからは、ずっとそう呼んでるよね?」

 逆にアレクサンデルが戸惑う。

「しかし殿下は」

「それ!」

 何かを言おうとしたセシリアの言葉を、アレクサンデルは強い口調で遮った。

「殿下って何? なぜいつも通り僕をアレクと呼んでくれないの?」

 少し怒った口調の問いに返答は無く、代わりに「どうぞ中へ」と言う声が聞こえた。




 いつも通りに風魔法を使いベランダへと飛ぶ。

 ふわりと舞い降りると、目の前には髪が伸びて大人っぽく変わったセシリアが居た。

 ストールを羽織っているとはいえ、夜着である。慌てて視線を逸らした。


 部屋に入ると、やはりアレクサンデルの記憶とはあちこちが違った。

「アレク様、どうぞこちらへ」

 ソファに座るように促され、大人しく従う。

 それに対しても驚いた表情をされ、逆にアレクサンデルも驚いた。


「このような時間なので、何も用意出来ませんが」

 そう言いながら出されたのは、セシリアの魔法で出された水と、すぐに水に溶けるお菓子だ。

 こっそりと遊びに来ると、いつもセシリアが出してくれる物だった。


 お菓子の包みを開け、ポトリと水の中に落とす。

 シュワシュワと溶けていくお菓子を眺める間、会話が止まってしまうのもいつもの事だった。



「アレク様。本当にアレク様なのですね」

 突然目の前のセシリアが泣き出した。

「え? セシィ!? セシィに泣かれると僕、どうして良いのか……」

 慌てて立ち上がったアレクサンデルは、セシリアの横へ移動して、そっと、その肩を抱き寄せた。


 一頻ひとしきり泣いた後、落ち着いたセシリアはじろぎをした。

 慌てて手を離し立ち上がったアレクサンデルは、向かい側のソファへと戻る。

 それを見て笑ったセシリアは、記憶の中よりも大人っぽかったが、アレクサンデルの知っている笑顔だった。



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