精霊②


 海に近づくと、よりいっそう激しく雷が鳴り響き、遠目に雷が飛び交ってるのが見える。海は大荒れで不用意に近づけば飲み込まれそうだ。

 

「海神リヴァイアサンか」

 

 リヴァイアサン。海中に存在する魔物であり、分類すれば竜の一体だ。海中では無類の強さを誇り海神とまで呼ばれている。ただし大抵人に害を成す悪神扱いだが。

 

「問題はどうやって近づくかだな」

「ん。定期的に戦ってる」

「ということはどこかで休憩でもするのか?」

「そう」

 

 ふむ。まぁその時を狙うのが得策か。

 

「だったらそれを待つ事にするか。定期的というがどのくらいの頻度だ?」

「戦うのは日が落ちるまで。上がるとまた戦う」

「こんな雲があったんじゃ分かりにくいな」

「大丈夫。雷落ちない」

 

 それが合図か。監視してれば戦ってない間何処にいるか分かるな。雲の中とかはやめて欲しいが、精霊の普段の状態なんて分からんしな。

 

「分からんかったら呼び出すか」

「出来る?」

「昔アリーザが剣の精霊を呼び出すのを見た事がある。条件を変えれば多分行けるだろう」

 

 呼び出した結果暴れて周囲壊滅、ってのは精霊が出てくる物語の典型だがな。魔物とはいえ自然の猛威そのもの。そう簡単に行くかどうかは不明だ。

 

「わたしが守る」

「その点は信頼するよ」

 

 俺はユーナの頭を撫でる。ユーナは嫌がることなく少し恥ずかしそうにした。無表情な少女の数少ない変化を目に出来る瞬間だ。

 

「日が落ちるごろにまた来よう」

「ん」

 

 街に入る前は日が昇って少したった頃だった。まだ戦いが終わるには時間がある。見てても仕方ないし領主の所にでも寄るとしよう。

 

 

 ーーーー

 

 港町の領主の館に行くと、複数の騎士が待機していた。その中には先程のハンクという王国第4騎士団副団長もいた。

 

「これはこれは高名な魔物使い殿に、宮廷魔術師殿。遠いこの地までお越しくださり感謝に絶えません」

 

 領主も俺たちを出迎える。貴族らしいが、まぁ名前なんてどうでもいいだろう。

 

「我が町の特産を是非に、と言いたい所なのですが、あの有り様で漁にも出れず大した歓迎も出来ず申し訳ございません」

「気にする事はない。それより時計はここにあるか?」

「時計、とはあの日を細かく分けたあれでしょうか?」

 

 文明レベルの問題で、この世界には時計が一般流通していない。人々も日が昇ったら働き、落ちたら休むという生活が根付いているので必要性もあまりないのだ。

 王都には巨大な時計塔があるが、活用されているとも言い難いが、小型の時計もない訳では無いのだ。あまり信頼性は高くないのに値段だけは高い品物だが。

 

「生憎と当家には・・・」

「そうか。まぁいい。大体わかるからな」

 

 あれば便利だが、俺も十数年は現代生活を送ってたからな。なんとなくだがまだ根付いている。幸いこの世界も一日の長さにあまり差は無いのも助かってる。

 

「では何かありましたらなんでも申し付け下さい。執事が対応致します」

「助かるよ」

 

 領主の後ろに控えた、燕尾服姿の緑がかった髪色の若い男が会釈する。

 ちなみに騎士とか領主が俺に畏まるのは、当然勇者の一員だったからだ。アリーザと俺、そしてユーナ。あと一人いるのだが魔物を連れた俺は目立つので各所で問題解決の際に話題に上がったらしい。

 俺が人里を離れて暮らしてた理由の1つだ。

 

「お食事の準備はいかがなさいましょうか」

「そうだな。頼むよ」

 

 2日間の野営の際は、干し肉とかしか食べていないからな。まともな料理が恋しい頃だ。港町だが魚がないのは確かに残念な所だ。

 

「副団長、邪教の事で聞きたいことがある」

 

 俺は近くにいたハンクに声を掛ける。

 

「はっ!  何でしょう!」

「邪教の信徒を捕まえたと言っていたな。そいつらがどこで、何をしていたか分かる範囲で教えてくれ」

 

 応接間のソファーに座り、ハンクの言葉を待つ。ハンクは座らずに答えた。

 

「我々第4騎士団は当初、この町に紛れ込んだという魔王崇拝者ーー邪教の関係者を捕まえに来ておりました。そいつらは海辺の洞窟の中に潜んでおり、我々がそれを突き止め確保に向かった所なんらかの儀式が発動し、精霊が出現、同刻リヴァイアサンが海中に出現し戦闘を開始しました。現在はその洞窟は海が荒れたことで侵入が不可能になっております」


 邪教ーーつい最近ではオークを強制進化させ、オークキングに変えた事があった。それと関係あるのかないのか。


「せめて儀式とやらが何か分かればな」


 儀式で精霊がおかしくなってるなら解決策があるかもしれない。だがその洞窟に入れないならどうにもならんな。


「私なら海に入れる」

「万が一があった時海中じゃどうにもならんだろ。俺も昔契約した魔物がいればな」


 シー・サーペントという魔物と契約していた事がある。海の中にいる、首長竜みたいな魔物だ。あいつがいればどうにかなったかもしれない。


「まぁ出来ることをやるだけだな。俺は少し休む。好きにしといてくれ」

「はっ!」


 俺はそのまま、応接室のソファに背中を預けて目を閉じた。



 ーーーーーー


 体感的に数時間後、目を開けると執事が扉の近くに立っているのが目に入った。見えているのかいないのか、目は閉じているように見えるがどっちなんだろうか。

 ふと腰辺りに重みを感じると、ユーナが俺の膝にもたれかかって眠っていた。年頃の娘が何してんだか。


「起きろユーナ」

「ん・・・・・・」

 

 体を揺すると、すぐに目を覚ます。寝起きに目が合うが気にしてる様子はない。

 

「お食事の準備が出来ております」

 

 執事からも声が掛かる。

 

「分かった。助かるよ」

 

 まだ眠たげなユーナと俺は食事に向かった。

 

 ーーーー

 

 魔法による腐敗処理をされた魚料理が出された。なんでも新鮮な方が味に深みがあって美味しいらしいが、十分な旨さだった。

 この町の自慢をする領主の話を聞き流しながら食事を終える。

 

「ほんとに静かだな」

 

 領主の館からも聞こえた雷鳴が止んでいる。俺とユーナは、着いてくる気の騎士達を押し止めて海に向かった。

 海水は下がっていないが、精霊と戦っていた時より荒れていない。

 

「精霊の場所は分かるか?」

 

 ユーナに聞くと、首を横に振る。スキルを用いない技術としての魔法を扱う魔術師である彼女は、マナという大気に満ちる力を感知出来る。

 マナは万物に宿り、人よりも魔物が多く保有する事が多く精霊ともなれば膨大なマナを持っているはずだが。


「リヴァイアサンのマナが多すぎる」

「やっぱりか」

 

 リヴァイアサンの持つマナは精霊よりも多いらしく、大きすぎて他が分かりにくいらしい。

 

「仕方ない。しっかり、守ってくれよ」

「ん」

 

 俺は石で地面に魔方陣を描く。かつてアリーザが剣の精霊を呼び出した魔方陣を改変したものだ。

 複雑な紋様に刻むは古代の言語。らしいのだが俺はとあるスキルを持つ使う事で俺が書いた言葉が古代言語にそのまま置換されるのだ。

 ありとあらゆる言語を解する魔物使いのスキルーーーー繋がる者。魔物の言語だけではなく古代言語まで解するのは聞いたことが無いといったのは誰だったか。

 

「××××××××」

 

 俺の口から俺自身もなんて発音しているか分からない言葉が出る。なんて言ってるか分からないのに何を言ってるか分かるってのは奇妙な体験だ。

 

 魔方陣が光り、そこから眩い光を帯びた人型が姿を現す。男にも女にも見えるそれは、姿を現すなり俺の姿を認識して全身から光ーー雷を放った。

 

「ーー防魔結界」

 

 ユーナが短く唱えると、俺とユーナを囲う球状の光が現れて雷を防ぐ。

 

「俺は魔物使いだ。雷の精霊よ、話を聞いてくれ」

『ニンゲンなんぞと話すことなど無い! 世を乱す害虫め!』

 

 雷の精霊の言葉はしっかりと聞き取れている。しかし酷いいわれようだ。

 

『貴様もアレを呼び出したニンゲンの一人なのだろう! 次から次へと湧き出てくる!』

「アレを呼び出した?」

『惚けるな! リヴァイアサンだ!』

 

 問答の間にも雷は降り注いでいる。ユーナが気を緩んだら纏めて即死だな。

 

「誤解があるようだな。俺たちはリヴァイアサンを・・・・・・待て、呼んだのは精霊じゃないのか?」

『ここにリヴァイアサンを呼んだのは貴様らだろうが!』

 

 一層雷が激しくなる。鼓膜が破れそうだ。

 というか邪教が呼んだのはリヴァイアサンの方だったのか。

 

「だったらますます誤解だ。俺たちもあんなのを呼び出した連中には困ってる。少なくともあんたと敵対する側じゃない」

『まだ言うか! 小癪な・・・・・・待て、貴様まさか特異点か?』

 

 雷が止む。

 

「またそれか。よく分からんが魔王が俺をそう呼んでいた事はある」

『・・・・・・話を聞いてやる』

 

 よく分からんが、交渉は出来るようで一安心だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る