不死身のワルツと永久機関

Kurosawa Satsuki

短編

一章:悲劇

機械式人形(オートマトン)、“ワルツ”。

それが僕の名前だ。

僕には、やるべき事があった。

悪夢に囚われたセレーネを救い出す必要があった。

僕は、付き人の“ソナタ”と旅に出た。

ソナタは、好奇心旺盛で活発な女の子だ。

彼女には時折、自分では届かない背中のネジを回してもらったり、体の内部に異常が見られた際、簡単な修理をしてもらっている。

人の手を借りなければ、

僕はこうして自由に活動できない。

彼女がいてくれて、本当によかった。

最初に僕らが最初に向かったのは、

“アルタイル”という街にあるグレゴリウス時計塔。

そこには、時計塔の管理をしている“ソリスト”という老人がいる。

彼は、時計塔の管理をしながら、

この街で唯一の時計屋を営んでいる。

「見つけた、あれだ」

時計塔の最上階で、小さな光を見つけた。

僕は迷わず光を目指した。

「よぉ〜、二人ともよく来てくれた」

「ソリスト、時計塔の最上階に用がある」

「勿論、許可証がなくても入れるよ。

顔パスってやつさ」

「ありがとう、ソリスト」

ソリストは、気さくで優しい老人だ。

相手が機械式人形であろうと、

こうして分け隔てなく接してくれる人だ。

僕らは、管理人のソリストに挨拶をしてから、

最上階へと続く階段に足を踏み入れた。

「この旅は、いつまで続くんですか?」

「彼女を見つけるまでだ」

「私、おばあちゃんになっちゃうかもですよ?」

「その時は、僕がおぶっていくさ」

「ワルツさんが、セレーネさんに拘る理由が分かりません。二人は恋人なんですか?」

「違う。僕らは友達だ。彼女がそう願った」

「なら、いいですけど」

見つけた。

時計塔の最上階にそれはあった。

頭上を見ると、光る鉱石が浮かんでいた。

これが追憶の欠片だ。

セレーネが残したSOSだ。

僕は、追憶の欠片にそっと手を伸ばした。

[私の世界では争いが絶えなかった。

隣人を愛せなんて言おうものなら、

容赦なく銃を突きつけられる世界だった。

春が来ても桜は咲かなかった。

私たちは、とても冷たい場所にいた。

正直者がバカを見た。

私も、バカになる事を大人から強要された。

この世界には、悲しみが多すぎた。

知ってはいけない事や、

知れば知るほど不幸になる事ばかりだった。

盲目である事は、彼らにとって都合がよかった。私たちの祈りは行き場を無くして地に落ちた。

私たちは、遠い昔に見捨てられたのだ。]

これは、僕がまだセレーネと出会う前の出来事。

僕も知らなかった彼女の想い。

この調子で欠片を集めていけば、

いつかきっと、セレーネの元に辿り着くはずだ。

「ああ、そうそう。これも持っていってくれ」

時計塔を立ち去る際、ソリストからアンティーク調の懐中時計を受け取った。

カシオペアの街にいる有名画家のアレグロ氏に、

これを届けて欲しいとの事だ。

僕もアレグロ氏に用事があったので、

彼の頼みを快く引き受けた。


二章:喜劇

僕らは、時計塔から七キロ離れた“カシオペア三番地”に居る有名画家のアレグロ夫妻の元を訪れた。

街から少し外れた森林を抜けた先にある白くて大きな建物がアレグロ夫妻の家だ。

インターホンを押すと、

玄関からアレグレット夫人が顔を出した。

アレグレット夫人は、画家アレグロの後妻で、

アレグロ氏とは、この街に引っ越してきた際、

近所の飲み屋で出会ったそうだ。

「二人とも、良く来てくれたわね」

「アレグレット夫人、

時計塔のソリストからのお届けものです」

僕は、アレグレット夫人にアンティーク調の懐中時計を渡した。

「そういえば、アレグロさんは留守ですか?」

「展示会に出す為の新作を描かなきゃって、

まだ部屋に篭ってるの。

今はそっとしておいてあげてね」

アレグレット夫人はそう言いながら、

僕らに紅茶と手作りクッキーを出してくれた。

可愛い動物のイラストがプリントされたクッキーを口に運ぶと、バターの甘い香りが口いっぱいに広がって、とても美味しかった。

「もう行ってしまうの?」

紅茶とクッキーをご馳走になった後、

アレグロ氏宛に認めた手紙をアレグレット夫人に渡し、アレグロ夫妻の家を後にした。

アレグロ夫妻の家を去った後は、

再びカシオペアの街へ戻った。

「お腹が空きました。

この辺で何か食べていきませんか?」

「そうだな」

とはいえ、この辺りはお酒をメインで出している飲み屋か質屋が多く、

レストランのような飲食店が見当たらない。

このまま歩き回っても仕方が無いので、

僕らは、目に付いた飲み屋に入ることにした。

「おっ、美人な姉ちゃんと良い面の青年じゃないか!」

カウンター席に腰掛けると、

隣にいたガタイのいい男に話しかけられた。

「俺はシンフォニー。自由を望む旅人だ」

彼もまた、気さくな男だった。

彼の横には、大きな剣が立てて置かれていた。

シンフォニーは、

ウイスキーを勢いよく流し込みながら、

旅の思い出を色々と語ってくれた。

夜になると光るルミナリエの花がある“ルミナスの森”の話や、誰も近づいた事がないと言われている“モノリスの洞窟”での苦悩など、

嘘か誠かは定かでは無いが、

彼が訪れたとされる場所は百を優に超えていた。

そして、その会話の流れから、

空旅の途中にセレーネらしき姿を見たとの情報を得た。

「ここから西の方に、旅客用の飛行船乗り場があるんだが、そこから飛行船に乗って更に西へ向かうと、旧ペルセウス神殿がある。

そこで、君の言う人物とそっくりな少女の像を見た」

旧ペルセウス神殿は、空の観光名所として有名だが、行けるのは入口の前までで、かつて誰も足を踏み入れたことがない場所だ。

ここから西に行けば、

芸術の街として有名なユリウスがある。

そこにある飛行船乗り場への行き方は、

僕も知っている。

きっと彼女も神殿に居るはずだ。

さっそく、明日から神殿を目指してみるか。

……………

飲み屋を離れ、酔い覚ましに向かったのは、

アレグレット夫人に勧められた湖のほとり。

湖の辺りで、例の光を見つけたのだ。

ソナタに背中のネジを回して貰いながら、

真っ暗な森林の中を突き進んだ。

湖の上で光る鉱石が浮いていた。

「追憶の欠片…」

僕は、迷わずそれに手を伸ばした。

[私は友達が欲しかった。

唯一無二の友達が欲しかった。

心から笑い、本音を語り、時々喧嘩もして、

分かり合えずとも手を取り合える。

そんな友達が欲しかった。

だから私は、自分で作ることにした。

ものの数日で、それは完成した。

私は彼に、“ワルツ”と名付けた。

ワルツは直ぐに壊れてしまった。

何度治しても同じように壊れた。

まるで、ワルツ自身が生きることを拒んでいるかのように思えた。

私はとても悲しくなった。

悲しくて、悲しくて、虚しくて、

薄暗い部屋で独り、ワルツを抱えて泣き続けた。

私の選択は間違いだったのか?

私が彼を不幸にしているのか?

私は益々、私の事が嫌いになった。]

僕は、ようやく自分が生まれた理由を思い出した。

僕は、彼女の為に生まれたのだ。

他では埋められない、彼女の心を、

欲望を満たす事が僕の役目だった。

けど、僕では彼女を満たすことができなかった。

力が足りなかった。

想いが足りなかった。

そのせいで、彼女を不幸にしてしまった。

僕の中で罪悪感が五月蝿く木霊した。

今こそ、彼女への贖罪をする時だ。


三章:歌劇

僕らは、飛行船乗り場があるという、

音楽の街として有名な“ユリウス”にやって来た。

噂通り、街中には音符を模したモニュメントや、

楽器屋が所狭しと立ち並んでいて、

僕にとっては楽しい場所だった。

街中をのんびり散策していると、

噴水広場で生演奏をしている三人組に出会った。

チェロ担当のコンチェルト、

フルート担当のスタッカート、

そして、ヴァイオリン担当のカンタービレ。

路上奏者として活動している彼らの本業は、

オペラ劇場“ユリウス”の従業員だそうだ。

彼らの主な仕事は、館内の清掃や見回り、

舞台のセッティングなど様々で、

とても忙しい日々を送っているとのこと。

僕は、ユリウスがどのような内観をしているのか気になったので、三人にお願いしてユリウスまで案内してもらうことにした。

劇場の中は、木を加工して作られた感じで、

レトロな雰囲気が漂っていた。

二階へと続く螺旋階段を登っていると、

どこからか、ピアノの悲しい音色が聴こえてきた。

僕は、この曲に聴き覚えがあった。

それは、セレーネが良く僕に聴かせてくれた歌のメロディーだった。

不死身のワルツ。

多分、そんなタイトルだった気がする。

観客席へと続く重い扉を開けた途端、

今まで聴こえていた音色がピタリと止んだ。

グランドピアノの上に浮かぶ光を見つけた。

追憶の欠片。

セレーネも、ここを訪れた事があるのだろうか?

僕は、二階の観客席から光に手を伸ばした。

[私はね、私という個人を、私という意志を、

社会から蔑ろにされている気がしてならないんだ。

ほら、お前は十分幸せだろ?って、

私を知らない他人に、価値観を押し付けられる事にとても腹が立つんだ。

私を知らない人間が、私の全てを理解しているかのような発言をすることが許せないんだ。

今までの私を否定してきた大人達を地獄の底に突き落としたいとさえ思っている。

私じゃないのに私を語るなって、

彼らにそう言いたいのだ。

そして、彼らのような間違った思想が人々を狂わし、行き過ぎた根拠もない疑惑や陰謀論が、

差別や迫害を引き起こす。

今も昔も変わらない。

そうやって人は、

自分を正当化する為の言い訳を探している。

それに、どこに居ても差別はある。

形を変えて、言葉を変えて存在し続ける。

アイツが悪い、コイツが悪いと、

罪を増やし、擦り付け合う。

このままだと、同じことの繰り返しだ。

私達はきっと、鏡を見る術を知らないんだ。

この気持ち、ワルツは分かってくれるよね?]

分かりたい。

けど、今まで僕は、

本当の意味で君を分かってあげられなかった。

自分の気持ちは自分にしか分からない。

それは、超能力を持っていてもだ。

僕は、友達失格だ。

ごめんね。

それでも僕は、僕なりのやり方で、

君を助けたいんだ。

君がくれたこの命に変えても、

君を悪夢から連れ戻す。

この世界がどうなろうと、

僕の意志は変わらない。

それが、僕の使命なのだから。

【拝啓少年達よ、答えは出たかい?

拝啓少女達よ、自分らしさは見つけたかい?

雲の上の仏すら知らない、君の心に包帯を。

馬鹿には出来ないよ。

これまでの僕らも。

無駄なことなんてないよ。

これからも。

他人にとっては駄作でも、僕らにとっては宝物。

いつも通りでいい、いつも通りがいい。

勇気なんて要らない。

理由なんて分からない。

大人になりきれない僕ら、

馬鹿にされながらも笑っていた。

正義は勝つんだ。

愛を唄えば。

空の心に春が咲いて。

強く願って、強く望め。

仏じゃなくて自分自身に。

光の魔法をもう一度。】


最終章:神秘劇

戦争が終わってからも、

アイツが悪いコイツが悪いと罪を擦り付けあって、勝者が正義を語った。

その後の時代に生まれた子供達が、

言われのないことを言われ、迫害を受け、

そうやって育った中で自分が恨む側になり、

憎しみがやがて次の争いの火種となった。

それだけじゃない。

虐待とか、凶悪犯罪とか、

世の中が平和になっても、

不幸にする人間や不幸になる人間が必ずいて、

結局、どの時代でも終わらない悲劇ばかり見る。

何処へ行っても同じだ。

生きてる限り、永遠に悲劇は無くならない。

いつだって、

みんな自分が一番正しいと思っている。

人はそういう生き物なんだ。

どんなに残酷で、どんなに愚かな行為でも、

彼らにとっては正義になる。

皮肉なことに、平和と博愛を掲げて活動している

者達が一番の差別主義者だったという話は、数百年以上も前からある。

彼らは、神という言葉を用いて、

自分達の都合のいいように世界を変えていった。

それには良い側面もあるだろうが、

彼らの身勝手のせいで、

数多くの人間が犠牲になった。

もう見たくもないし、聞きたくもない。

憎み、憎まれ、憎み合う。

そうやって人は、何億年という歴史を築いてきた。

それでも人は、本当の意味で分かり合えなかった。

ここまで来るのに、多くの犠牲が必要だった。

あぁ、いつになったら終わるんだ...。

……………………………………

飛行船乗り場には、僕ら以外の客はいなかった。

搭乗受付の人が、景気が悪くて困っていると言っていた。

僕らは、”旧ペルセウス神殿”行きのチケットを購入し、飛行船に乗り込んだ。

飛行船の中は広々としていて快適だった。

室内温度も丁度良く調節されており、

モダンな空間が素敵だった。

「指定した席はここだな」

僕らは、右側の窓際の座席に腰を下ろした。

僕らが選んだ席は、

リクライニング式になっていて、

なんというか、

しばらくココに住んでみたいなと思った。

「出航いたしまーす」

「あ、船動きましたよ!」

操縦士の”モデラート”の合図で、

飛行船はゆっくりと離陸を始めた。

ソナタは、興奮しながら窓の景色を楽しんでいた。

「本日は、“カシオペア発”“旧ペルセウス神殿行き”をご利用頂き、誠にありがとうございます。

CA(キャビンアテンダント)の“アンダンテ”と申します」

CAと名乗る整った身なりの女性が、

僕らに深々と頭を下げた。

僕も、彼女の姿勢に習って深くお辞儀をした。

彼女は、CAの仕事を始めて六年目のベテランだそうだ。

だが、飛行船の利益が低迷している為、そろそろ別の職業に転職しようかと考えているらしい。

執着心がない事はいいことだ。

僕も、依存してばかりの人生は勿体ないと思っているので、彼女の今後を応援する事にした。

今後があるかどうかは、

これからの僕次第だけど…。

「お飲み物はいかがですか?」

夢うつつで窓の景色を眺めていると、

CAのアンダンテが飲み物を運んできた。

「僕は、白ワインを下さい。

彼女にはレモネードを」

「かしこまりました」

アンダンテは、綺麗なグラスに白ワインとレモネードを高い位置から上手に注いだ。

白ワインの銘柄は、ワインの産地で有名な“フォルテ地方”の“クレッシェンド”というらしい。

レモネードも同じ所で製造されているそうで、

ソナタも美味しいと絶賛していた。

右腕に着けた革ベルトの腕時計で時刻を確認すると、出発してから二時間経っていた。

現在、僕らが乗っている飛行船は都会から離れている場所を飛行している為、窓から美しい星々がくっきりと見え、北東の方角から天の川を確認できた。

そうこうしているうちに、目的地にたどり着き、

僕らは荷物をまとめて飛行船を降りた。

僕らが降りると、飛行船はまた来た道に向かって発進した。

「ソナタ、悪いがココで待っていてくれないか?」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ」

「ここまで来たのに、どうして!?

そんな事できません!

私は、最後まで貴方と共にいたいんです!」

「ソナタ…すまない」

僕は、睡眠薬入の麻酔銃を取り出し、

ソナタの胸元に発砲した。

ここから先は、人に見られてはいけない。

残酷だが、こうするしかなかった。

僕は、旅の道中で手に入れた追憶の欠片を使い、

固く閉ざされていた神殿の門を開けた。

………………………

神殿の中は薄暗く、

機械式人形たちの残骸で一杯だった。

想像以上に荒れた神殿を進んでいくと、

豪華な装飾が施された大きな扉の前まで来た。

ロックを解除して扉を開けると、

扉の中は機械仕掛けの空間が広がっていた。

そして、中心に見覚えのある人影があった。

そこには、嘗ての同胞 “フェローチェ”がいた。

彼の後ろには、石化したセレーネの姿があった。

「ワルツ、君がここへ来る事は想定済みだ」

「そういう君は、何しに来たんだ?」

彼の目的は、ここで僕を止める事だった。

彼は、今の世界を守りたいと言ったが、

僕は彼の言葉を真っ向から否定した。

僕は、セレーネの願いを叶える為にここへ来た。

ここで意見が擦れ違うのなら、

僕らは互いに刃を向けるしかないようだ。

そう思い、僕は迷わず武器を取った。

けど、彼は武器を取らず、

懸命に僕を説得しようとした。

「フェローチェ、そこを退け」

「ワルツ、その銃を下ろせ。

俺は、君と争う気は無い」

「ダメだ、退いてくれ」

「やめろ!封印を解いてしまったら、

世界も…君だって消えてしまうのだぞ!?」

「それでも構わない。

僕は、彼女の意志を蔑ろにする事はできない」

あぁ、そうだ。

僕は、傍から見れば悪人だ。

今まで付き添ってくれたソナタを見捨て、

世界を代償に、一人の少女を救おうとしているのだから。

それは、今まで僕に愛をくれた人達への裏切り行為だ。

フェローチェは、セレーネこそが世界の理であり全てであると言った。

彼の言う通り、彼女の力がなければこの世界は存在することが出来ない。

それは僕自身もよく理解している。

それでも僕は、彼女の心を救う方を選ぶ。

彼の言葉を聞いても、

僕の意志は変わらなかった。

フェローチェの忠告を跳ね除け、

石像の傍にあるグリモワールの書を手に取った。

これを燃やせば全てが終わる。

そして、セレーネは救われる。

僕は、持っていたライターでグリモワールの書を燃やした。

「そうか、残念だ」

グリモワールが焼失すると、

石像が音を立てながら割れ始めた。

「セレーネ!」

石像の中から現れたのは、本物のセレーネだった。

あの頃から変わらない幼い姿で現れた彼女を、

僕はぎゅっと抱き締めた。

世界は徐々に崩壊を始めた。

軈て、僕とセレーネと、

まっ更な空間だけが残った。

何も無いけど懐かしい場所。

セレーネの体は暖かい光に包まれた。

僕の体も、もう限界が来ている。

僕はセレーネに最後の別れを言った。

「さよなら、セレーネ」

「ありがとう、ワルツ」

そして、僕らは光となって消えるのだった。

さよなら、世界。

ありがとう、皆。

僕は、これ以上ないくらい幸せでした。

機械式人形、”ワルツ”より。


END

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