マシュマロ食べる、お兄ちゃん?
午前中はゲームコーナーで過ごして午後からは恭子と別行動をとり、早那に誘われてシアタールームでの映画鑑賞に付き合うことにした。
偶然にも、この日の放映プログラムも俺と早那が知る映画ばかりであった。
「ねえ、お兄ちゃん?」
早那が好きなお菓子で囲まれた座席の中でマシュマロを摘まみながら俺に笑顔を向けてくる。
「なんだ早那?」
「楽しいね」
「……ああ」
今のこの状況そのものに違和感を覚え、早那への返事がおざなりになってしまった。
おかしい。
早那との楽しい時間を邪魔する疑心を否定したい気持ちはありながらも、本能が疑心を忘れることをやめてさせてくれない。
小便器のない男性用トイレ、既知の映画しか流さないシアタールーム、早那が好きなお菓子し置かれていない売店。
さらには噛み合わない恭子との会話、全く姿を現さない両親、ほとんど見当たらない俺たち以外の客、など疑問点を数え上げたら引っ切り無しに思いつく。
「お兄ちゃん?」
沈思に耽る俺を見てか、早那が心配げな声音で呼びかけてくる。
慌てて笑みを作り早那に向き直った。
「どうした、俺の顔に何かついてるか?」
「お兄ちゃん浮かない顔してる。楽しくない?」
「そんなわけないだろ。楽しいよ」
答えてから疑心を胸の奥に抑えつける。
早那と一緒にいる時に考えることではない、と思い直して早那が抱えているマシュマロの袋に目を移す。
「早那。マシュマロ美味いか?」
「美味しいよ。お兄ちゃんも食べる?」
マシュマロに話題を変えると、嬉しそうに早那はマシュマロを勧めてくる。
違和感を拭えてはいないが、早那の笑顔を壊したくないのが本音だ。
今は早那に付き合うことに専念しよう。
「いいのか。俺が貰っても?」
「はい。お兄ちゃん」
遠慮がちに聞くと、早那が袋ごと俺に差し出してくる。
早那の厚意に甘えて、マシュマロの袋から一粒摘まみ出して口に運んだ。
噛む間もなくマシュマロは口の中で溶け出して、舌の上に甘みを広げていく。
「甘くて柔らかいな」
月並みな感想しか言えなかったが、早那は笑顔で言葉を継ぐ。
「このマシュマロは特に柔らかいんだよ。好みもあるけど、私はこのマシュマロが一番好きかな」
「マシュマロにも色々あるんだな」
「お兄ちゃんも食べ比べてみるといいよ」
「気が向けば、な」
早那みたいに飽きずにお菓子を食べられるとは思えないから、俺に食べ比べは難しいだろうな。
「それやらない人の言い方だよ」
俺の返答に早那はくすりと笑った。
見抜かれてた。
「悪い。早那ほどお菓子好きじゃないからさ」
「知ってる。お兄ちゃんは食べ比べる間に飽きそうだもん」
「よくお分かりで。自分でもそう思ったよ」
「わかって当然だよ。お兄ちゃんのことはよく知ってるつもりだから」
「知ってるってどこまで?」
「それは内緒。言っちゃうとお兄ちゃん警戒するようになると思うから」
いくら妹が相手でも、俺が誰にも話していないことを知っていたら怖いな。
反対に俺は早那の事をよく知っているとは自信もって言えないのだが。
「お兄ちゃんは私の事をもっと聞いていいんだよ」
「そうなのか?」
「知りたいことがあるなら、だけどね」
知りたいこと、か。
いざ早那の何が知りたいと考えてみても思いつかない。
腕組をして頭を捻る俺を見て、早那は微苦笑を浮かべた。
「そんな真剣に考えることじゃないよ。聞きたいことがないなら無理にとは言わない」
「でも、早那に関心がないと思われたくはない」
「そんな風に思わないよ。お兄ちゃんが私の事を大切にしてくれてるのは伝わってるから」
なんか照れるな。
くすぐったい思いで話題を戻す。
「ちなみに、どんな質問なら答えてくれるんだ?」
「デリカシーに欠けない質問かな」
「具体的には?」
尋ねると、早那は呆れたように目を伏せた。
「いちいち聞くあたりがデリカシーないよ」
「……なんかごめん」
素直に謝っておく。
お兄ちゃんらしいからいいけど、と早那は許してくれる。
「お兄ちゃんがあまりに察しが良すぎるとモテモテになっちゃうから、今ぐらいの方
が気苦労増えないからね」
「なんで俺がモテると早那の気苦労が増えるんだよ?」
自身がモテる姿を想像できない故に、早那の理屈が腑に落ちない。
早那は一瞬だけ視線を逸らしてから照れたように表情を綻ばせる。
「だって、こうして一緒に遊びづらくなるから」
「遊びたいなら気にせず遊んでもいいんじゃないか?」
「ほんとうにお兄ちゃんは女の子の気持ちが分からないんだね」
呆れたトーンで早那ががっかりしてみせる。
俺、そんなに落胆されるようなことを言っただろうか?
早那から落胆した理由を聞き出したいが、そんなことを質問すれば早那の幻滅は増すばかりだろう。
会話の原点を辿り、何を話していたのか思い出す。そういえばマシュマロの話をしてたんだよな。
「話を戻そう早那。確かマシュマロのことについて喋ってたよな?」
「そういえば、そうだったね」
早那も会話の端緒を思い出したらしく手に持つマシュマロの袋に目を移した。
流れで俺は腕時計で時刻を確認すると、次のプラグラムが始まるまでに残り三分ほどしかなかった。
早那は俺の腕時計を覗き込んでくる。
「もう少しで次始まる?」
「あと三分ぐらい」
「じゃあ映画始まるまでにお手洗い行ってくる」
そう告げると早那は足早にシアタールームを出ていった。
………………
…………
……観たことある映画ばかりで飽きそう、なんて口にできないな。
早那の前で詰まらない顔は見せられないな、と俺はスクリーンに流れる広告を眺めながら気を引き締め直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます