景品取れたよ、お兄ちゃん

 恭子と落ち合ってから多数決を取った結果、早那と恭子の二票が入ったゲームコーナーで遊ぶことになった。

俺を誘ってカラオケに行く恭子がカラオケを選ばなかったことに俺は驚愕する。


「恭子、なんでカラオケに票を入れなかった?」

「え、そんなに意外?」


 よほど俺は驚きが表情に出ているのだろう、恭子が不思議そうに聞き返してくる。

 俺の知る恭子はゲームコーナーよりもカラオケを好んでいる印象だからな。


「恭子ってカラオケ好きだよな?」

「そうだっけ?」


 俺の問いかけに何故か恭子は首をかしげる。

 自分の事だろ。


「いつもはお前の方から誘うのに。なんで今日はカラオケを選ばなかったんだ?」

「そういうこともあるよ。ねえ早那ちゃん?」


 俺に返答しながら早那に共感を求める。

 その日の気分ってありますから、と早那は笑顔を返した。


「ということで、あたしは早那ちゃんの側に着くよ」


 そういえば恭子は早那に弱いんだよな。

 一方的に早那の事を可愛がっているから、早那の提案には唯々諾々と従うのだ。

 もはや多数決を取るまでもなかった気がする。

 仕方がない、カラオケの事は忘れてゲームコーナーで遊ぼう。


「ゲームコーナーで遊ぶのはいいが、何をするつもりなんだ?」

「あたしはなんでもいいよ。早那ちゃんは?」


 恭子は決定権を早那に託す。

 早那は少し考えてからニッコリと笑って告げる。


「クレーンゲームしたいな」

「早那。他にもあるんだぞ?」


 クレーンゲームは一昨日やったんだよな。

 俺はリズムゲームの筐体が置かれた方向を指差す。

 だが恭子が指さす俺の手を掴み、抵抗する間もなく降ろされた。

 力づくで恭子の手を振り払うことは出来たが、そこまでして主張することでもないと思い抵抗はやめた。


「早那ちゃんがやりたいゲームに付き合うよ、輝樹」

「そうだな」


 早那が楽しむことを優先させよう。

 自身の希望なんて通らなくてもいいや。

 兄としての我慢を決め込むと、早那が笑顔で俺の手を掴む。


「お兄ちゃん行こ?」


 そう言ってクレーンゲームの方へ引っ張って歩き出す。

 他のゲームを早那にやらせてみたいが、早那はどうしても俺と一緒にクレーンゲームを遊びたいらしい。

 一度早那と遊び始めると離れるタイミングがなくなるから用だけは足しておこう。


「早那、トイレ行っていいか?」


 俺が言い出すと、早那は足を止めて理解しがたそうな顔になる。


「トイレ?」

「トイレぐらいはいいだろ?」


 もしかしてトイレすら行かせてくれないのか?

 早那と手を繋いだまま動きを止めている俺の傍に恭子が近寄ってきた。

 恭子は早那には背を向けて俺の耳打ちする。


「輝樹。早那ちゃんの手の感触だけで起きちゃった?」

「起きてないわ」


 手を握られただけで過剰に反応してたら身体がもたねぇよ。

 起きてないのね、と詰まらなそうな顔をして恭子は俺の傍から離れる。

 早那はというと俺と恭子の様子を何もわかっていない純朴な目で眺めていた。

 よかった、早那に会話の内容を気付かれていないようだ。


「お兄ちゃん、トイレ?」

「悪いがトイレだけは行かせてくれ」


 すまなく思いながら申し出ると、早那は掴んでいた手を放してくれた。


「トイレなら仕方ないよね。寄り道しないで戻ってきてね」


 仕方ない、と口では言いながらも早那は少しだけ寂しそうな顔をする。

 トイレに行くだけなのに胸が痛むなぁ。

 用を足すついでにゲームコーナーの他のエリアも覗いていこうと思っていたのだが、あんまり待たせるわけにはいかなくなったな。


「すぐに戻るから、早那は恭子と先に遊んでてくれ」


 俺はそう告げてゲームコーナー近くの男性トイレの方へ足を向けた。



 早那にすぐ戻ると言っておきながら、俺は用を足した後に男性トイレの前で偶然見つけてしまった不可解のせいで足を止めていた。


 ここの男性トイレに小便器が設置されていなかった……


 シアタルーム近くの男性トイレで感じたのと同じ違和感だった。

 商業施設の男性トイレには大概小便が設置されているものだが、この施設のトイレには小便器が設置されていた痕跡すら残っていない。

 小便器がないからといって支障はないのだが、女性側のトイレに入ってしまったのでは錯覚してしまいそうで心臓に悪い。

 しかしいつまでも考えていても埒が明かないので、早那が待つクレーンゲームのエリアまで戻ることにした。

 早那と恭子のいる場所まで戻ると、クレーンゲームの中を覗いていた早那が俺に気が付いて振り向く。


「やっと帰ってきたお兄ちゃん。遅いよ」

「場所が分からなくなってな。悪い」

「思ったより時間が掛かってるから心配したよ。お腹の調子でも悪い?」


 まさか男性トイレの不可解さについて考え込んでいた、なんて知らないであろう早那が聞いてくる。


「そんなことはないが、ところで収穫はあったか?」


 違和感の答えなんて出るはずがない、と思いながら早那に問いかける。

 一個取れたよ、と早那は答えて笑顔で手に持っていた景品を見せてきた。

 個包装のミルクビスケットが入っている箱。昨日のぬいぐるみじゃないのか。


「お菓子ならクレーンゲームじゃなくても買えるだろうに。昨日狙ってたぬいぐるみはいいのか?」

「昨日のぬいぐるみは難易度が高いから、って恭子さんに言われた。それでお菓子の箱を狙ってみたら取れた」


 景品の種類よりもクレーンゲームで景品を獲得できたこと自体に喜んでいる口ぶりだ。

 早那自身が嬉しいのなら別にいいんだけどな。

 早那と話していると、近くのクレーンゲームをやっていた恭子が腕に大量のぬいぐるみを抱えて歩み寄ってきた。


「輝樹、欲しいのある?」


 そう言って腕に抱えた大量のぬいぐるみを俺に見せてきた。

 犬やら、牛やら、龍やら、子供受けを狙ってマスコット化したようなぬいぐるみが恭子の腕から愛らしい顔をのぞかせている。

 見えるだけでも十二体はある。

 というか、このぬいぐるみって……


「それ、干支だよな?」

「そうそう。欲しいのあればあげるよ?」


 恭子は俺の問いに頷き、遠慮なく譲渡しようとする。

 別に欲しいぬいぐるみはないんだよな。


「恭子さん。やっぱりすごいね」


 ぬいぐるみを挟んで恭子とやり取りしていると、早那が称賛しながら間に入ってきた。

 早那の嫌味のない称賛に恭子の頬がだらしなく緩む。


「そう? いや早那ちゃんに褒められると照れるなぁ。早那ちゃんにぬいぐるみ全部あげちゃおうかな?」

「そんな、結構です。取ったのは恭子さんですから」


 恭子は早那への譲渡を提案するが、早那自身が控えめに断った。

 それでも恭子は引き下がらずに早那へぬいぐるみ達を突き出す。


「遠慮しないでいいよ。あたしは別に欲しかったわけじゃないからね」


 欲しくもないのに乱獲するなよ。

 クレーンゲームで景品を取ること自体がやりたかっただけなんだろうな。

 恭子に押し付けられた早那は苦笑いを浮かべている。


「わかりました。それじゃあネズミください」


 恭子の腕に抱えられた十二体のうち灰鼠色のぬいぐるみを要求した。

 どうしてネズミなんだ。


「なあ早那。ネズミって早那の干支じゃないだろ?」


 自分の干支ではない十二支を選んだことに疑問を感じた。

 早那は数舜だけ俺の言葉を理解する間を置いてからはにかむように笑った。


「自分の干支じゃないけど、ネズミが一番可愛いって思ったからこれにしたんだ」

「一番可愛い、のか?」


 身体のわりに丸く大きい耳に円らな瞳。

 ネズミらしい特徴は備えているが、同じシリーズだからかどの十二支も目鼻立ちは瓜二つだ。

 俺からするとどれも大差ないと思うが。女の子の感性はわからない。

 早那の嗜好に理解が及ばないでいる俺に、恭子が一体抜けて十一体になったぬいぐるみを俺に向けてくる。


「輝樹もどう。輝樹の干支残ってるよ?」

「俺はいいや。自分の干支をもらったら恭子の干支がなくなるだろ」


 最初から貰う気もないのだが、理由がないと押し付けられそうなのでそれとなく理由を付け加えた。

 遠慮すると恭子は驚いたように目を見開き、その後すぐに表情を綻ばせた。


「わたしのために残してくれるんだ、優しいね……お兄ちゃん」


 そう言いながら恭子はぬいぐるみに視線を落として微笑む。

 お兄ちゃん?

 今、恭子はなんて言った?

 俺の事をお兄ちゃんと呼ばなかったか?


「おい恭子、頭でも打ったのか?」

「へ?」


 ぬいぐるみを眺めて緩んでいた恭子の顔が、俺の問いかけによって愕然と固まった。

 なんだ、この恭子らしくない反応は?

 これじゃまるで――


「早那みたいに俺の事をお兄ちゃんって呼んだだろ?」

「うそ、呼んだ?」


 自覚のない呆けた顔で恭子は聞き返してくる。

 俺の聞き間違いではないと思うけど。


「早那に呼ばれるなら納得できるが、なんでお前がお兄ちゃんって呼ぶんだよ。なんかのボケなのか?」


 冗談っぽく尋ねるが、恭子は呆気に取られた様子で俺の顔を見つめる。

 なんか言えよ、と俺が焦れた頃になって、ようやくおどけた笑顔を浮かべた。


「ははは、早那ちゃんの真似だよ。どうドキッてした?」


 ドキッと驚くどころか、背筋に悪寒が走ったわ。


「恭子に言われても不可解にしか思えないから、つまらん冗談はやめてくれ」


 俺が不愉快を示すと、恭子は眉根を顰めた。


「むー、つまらないって言うな」

「つまらないからつまらないって言ったんだ」

「輝樹の方がつまらないよ。何も面白い話持ってないから」

「悪かったな持ってなくて」


 言い争いになり恭子はムッとした顔のまま黙ってしまった。

 俺と恭子の会話を聞いていた早那が、呆れたような笑みで間に割って入ってくる。


「お兄ちゃんも恭子さんも喧嘩はやめてよ」


 妹に説教されるとは。

 まあ確かに言い争うほどの内容でもないか。


「早那ちゃんがそう言うならやめる」


 恭子があっさりと引き下がる。

 早那の言うことは絶対聞くんだよな。


「言い争うよりも楽しいことに時間使おうよ。お兄ちゃん、恭子さん」


 早那の当然の提案に俺と恭子は揃って頷く。

 俺と恭子の言い争いが収まると、早那は表情に笑顔を戻した。


「次はメダルゲームやりたいなぁ」


 はしゃいだ声を出すと俺の腕に手を絡めてくる。

 早那のスキンシップには未だに慣れない。


「手を放してくれ早那」

「行こお兄ちゃん」


 腕を解くよう求めたが、早那は聞く耳を持たずにメダルゲームの方向へ歩き出した。

 周囲から視線を感じないのは幸いだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 それでも華奢な早那を力づくに振り解くのは躊躇われて、引っ張られるままに早那の後に従う。


「ほんとに仲がいいわね」


 感心するような恭子の声を背後に聞きながら、俺は早那に連れられてメダルゲームのエリアへ移動した。

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