三章 またゲームコーナーとシアタールームで遊ぶ

バイキング美味しいね、お兄ちゃん

 お兄ちゃん。

 お兄ちゃん、起きて。


 意識の外から早那が自分を呼ぶ声が聞こえた。

 もう朝か。

 段々と昏睡から意識が浮上していく最中、ぐわんと身体が揺らされる。

 瞬く間に覚醒するが、同時に脳みそまで揺れが伝わり気持ち悪さも感じてきてしまう。


「揺らすなぁ!」


 たまらず俺は叫んだ。

 突然の叫び声にびっくりしたのか、俺の服を掴んでいた早那だと思われる手が離れる。

 目を開けると、昨日と同じようにベッドの傍に早那が立っていた。


「なあ早那。起こし方もう少しどうにかならないか?」

「だって、声掛けるだけだとお兄ちゃん起きないもん」


 俺に原因がある口ぶりで唇を尖らせる。

 起きない俺にも原因はあるかもしれないが。


「加減を覚えてくれ、加減を」


 朝起きるなり俺は妹に苦言を呈する。

 はーい、と早那は気軽く受け止めて微笑を浮かべた。


「おはよう、お兄ちゃん」

「ああ。おはよう」

「もう九時半だよ。準備できたらバイキング来てね」

「わかった」


 三日目となると事細かく早那も起こす理由を説明しない。

 早那は俺がベッドから起き出るのを見届けてから、二度寝しちゃダメだよとだけ告げて部屋を出ていった。

 バイキングか。

 三日連続でほぼ同じ時間に起こされて、三日連続で朝食バイキング。

 なんだか家で食べる朝食が恋しくなってきた。

 食べたいものを選べるのは魅力的だが、バイキングは二日で十分に堪能できた。

 家に帰るのはいつだったかな?

 ――――――

 ――――

 ――あれ?

 思い出そうとしたが、旅行の計画がごっそりと頭から抜けている。自身の記憶力の悪さに困惑した。

 まさか旅行の予定さえ思い出せないとは。どれだけ寝ぼけてるんだ俺は?


「早那にでも聞こうかな?」


 寝ぼけてることを指摘されそうな気もしたが、俺はそう考えながら洗顔して服を着替え部屋から出た。


 

 バイキングの用意された広間まで来ると、相変わらず他の客は一切おらず早那だけが昨日と同じ席に座っていた。

 広間に入ってきた俺に気が付いた早那が笑顔で手招きする。

 早那へ歩み寄りながらバイキングカウンターに並べられた料理を覗くと、一日目と二日目と何も変わらない品目が全く同じ配置で陳列されていた。

 バイキングとはいえ、多少は料理が変わってもおかしくはないはずだが。

 よほど気掛かりのある顔をしていたのだろう、テーブルに近づいてきた俺を見る早那の目が不思議そうに細められた。


「どうかしたのお兄ちゃん?」

「どうかしたか、って聞かれたら大したことじゃないんだが、ここのバイキングって日毎に一品も料理を変えないんだなと思って」

「もしかしてバイキングに飽きた?」


 鋭いな早那は。

 見抜かれているなら正直に話してしまおう。


「本音を言うと飽き始めてる。早那は家で食べていた朝食が恋しくはならないか?」

「お兄ちゃんホームシック?」

「そうかもしれない。バイキングはもう充分かな」


 バイキングと言っても提供される料理が同じなら、飽きが訪れるのも仕方がないのではないだろうか。

 早那が申し訳なさそうに目尻を下げる。


「ごめんねお兄ちゃん」

「なんで早那が謝るんだ?」

「お兄ちゃんには言ってなかったけど、今回の旅行は私が帰りたいって言うまで終わらない予定なの」

「え、そうなの?」


 初めて聞いた旅行のルールに間抜けな声を漏らしてしまう。

 早那はこくんと頷く。


「お母さんが早那の満足するまで遊んでいいって言ったから、私が帰りたいって言うまで帰らないっていう約束をお母さんとお父さんと私の間で交わしたんだ」

「いつの間にそんな約束したんだ。俺にも教えてくれよ」


 だから旅行の予定が俺の頭に入ってなかったんだ。

 事情を打ち明けたからか早那は開き直った笑顔で俺を見る。


「だから、私が帰りたいと思えるまで付き合ってねお兄ちゃん」

「そういうことなら早那に付き合うよ。けど一応聞いておく、どうすれば早那は満足できるんだ?」


 尋ねるも早那は笑顔のまま首を横に振った。


「わかんない。でもまだ遊び足りないから満足は出来てないのは確かかな」

「遊び足りないのか。まあ、確かにまだ全部のアクティビティで遊んでないからな」


 俺と早那が遊んでいないアクティビティは、カラオケ、プール、書籍コーナーなど色々残っている。


「せっかくだから、もっと遊ぼうよお兄ちゃん」


 早那が楽しそうな声で俺を誘う。

 遊ぶのはいいが、時間に余裕があるのなら施設のアクティビティを制覇したいな。


「遊ぶっていうならカラオケでも行かないか?」


 まだ遊んでいないアクティビティに行きたい、と思い提案した。

 俺の発言が意外だったのか、早那は返事に困った様子で目を大きく見開く。


「カラオケ?」

「そうカラオケ。確か施設内にあるだろ?」

「あるけど、カラオケってそんなに楽しい?」


 同意しかねる顔つきで早那は聞き返してくる。

 ここ一年の早那は受験関連で忙しかったし、それ以前にカラオケへ行ったことがないのならカラオケ未経験かもしれない。


「早那はカラオケやったことあるか?」

「ないよ」


 嘘を吐いた様子もなく即答する。

 そうか、だからカラオケの楽しさが分かんないんだな。


「やったことないのならせっかくの機会だし、今日はカラオケで遊ばないか?」


 俺自身も恭子に強く誘われた時しか行かないが、仲のいい友人と楽しむカラオケの盛り上がりは格別だ。

 早那はどうしようかと迷う表情で返事をする。


「とりあえず朝ごはん食べよお兄ちゃん。何して遊ぶかは恭子さんも参加してから決めた方がいいかも」

「また早那を誘ったのか?」

「うん。人数多い方が楽しいから」


 笑顔でそう答えると、早那はトレイを持ってバイキングカウンターへ向かった。

 早那が誘ったのなら恭子の参加を反対できない。

 それに俺にとっても恭子は昔からの仲なので気兼ねがない。


「お兄ちゃん、ふりかけいる?」


 バイキングカウンターに並んでいる様々なふりかけを前にして早那が聞いてくる。


「いいや。俺はパンにする」


 俺もトレイを手にバイキングカウンターに向かう。

 朝食を済まして今日も遊び倒すか。

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