幕間 恭子の憂悶2

 授業が終わり昼休みに入ると、恭子の席に髪をポニーテールに結わえたクラスメイトの女子が歩み寄ってきた。


「恭子、学食行こうよ」

「……うん?」


 恭子は遅れがちにポニーテールを振り向いた。

 鈍く反応した恭子を見てポニーテールは冷やかすように笑う。


「また入江君のこと考えてたの?」

「え、まあ、そう」

「たまには楽しい事も考えなよ」

「そうね。それも良いかも」


 苦笑いしながら恭子は会話に応じた。

 用向きを恭子が目顔で尋ねると、ポニーテールは笑顔で告げる。


「前みたいに恭子と一緒に学食行きたいなって思って。どう?」

「学食ね。どうしよう?」


 恭子と彼女は高校一年生からの付き合いで、輝樹と家族旅行に出掛けるまで昼休みは連れ添って学食へ行く仲だった。

 しかし近頃は沈んだ雰囲気の恭子に遠慮して誘わずにいたようで、今日は思い切って恭子を誘ったらしい。

 友人の誘いに恭子は笑みを返す。


「いいよ。最近誘ってくれないからどうしたのかと思ってたぐらい」

「あれ、そうなんだ」


 恭子の返答にポニーテールはほっとしたように言った。

 輝樹の事ばかり考えていても辛くなるだけだから――

 友人の誘いに乗った方が、その時間だけは輝樹の事を考えずにいられるかもしれない。

 辛さを誤魔化すために恭子は友人の誘いを受けることにした。

 恭子の心の深部までは察していないポニーテールは、提案に乗ってくれた恭子を満足そうに見る。


「じゃ恭子、学食に行こう」

「そうね」

「去年同じクラスだった子も呼んでるけどいい?」

「全然いいよ。むしろクラス離れて最近喋れてなかったからありがたい」


 恭子は以前のような笑顔を繕ってポニーテールと駄弁りながら学食に向かった。



 学食に来た恭子は、ポニーテールが誘った他のクラスの女子生徒とともに空いていた席に座った。

 学食の中でお気に入りの焼肉定食を頼んだが恭子の箸の進みは悪かった。

 無言で俯き加減に定食を眺める恭子を見かねてポニーテールが肩をつつく。


「恭子、また入江君の事考えてるでしょ?」

「え、あ、ごめんね」


 友達がいる前でどうして輝樹の心配をしているんだろう、と恭子は自身を詰りたかった。

 せっかく誘ってくれたのに友達に悪い。

 向かいに腰掛けるポニーテールとは別の髪をウェーブにしている友人が恭子を不安そうに見つめている。


「恭子が何かしたわけじゃないんだから考えたってしょうがないよ」

「でも……」

「ほんとにそう。食べる時ぐらい楽しそうにしなよ、それ恭子の好きな焼肉定食じゃない」

「そうだね。ありがとう」


 友人に気遣われて恭子はようやく焼肉定食の分厚い豚肉に箸をつけた。

 ウェーブ髪は恭子の食べる様子を見て何かを思い出したように口を開いた。


「あれ、少ない」

「どうしたの?」


 ポニーテールの問いかけにウェーブ髪が恭子の焼肉定食のご飯茶碗を指差す。


「恭子のご飯が大盛じゃない」

「そういえば確かに」


 ポニーテールも茶碗の盛りに気がつく。

 驚いた顔でウェーブ髪が恭子の顔に目を移す。


「あの恭子がもしかして食欲ないの?」


 自分が病気になったみたいな反応を見せる友人たちを前に、恭子は弁明するために箸を止めた。


「別にダイエットしてるわけじゃないわよ」


 恭子の言葉を聞いた友人二人は、じっと恭子の頭から手先までを見つめた。

 ウェーブ髪が首を傾げる。


「恭子、少し痩せた?」

「そうかな。実感ないけど、ってやめ」


 隣の席のポニーテールが確認するように制服越しでお腹を触り、恭子は反射的に彼女の手を叩き払った。

 ポニーテールは一瞬だけお腹に触れた手を確信のある目で見る。


「やっぱり痩せたよ。掴める腹肉が少なかった」

「確かめてどうするのよ?」


 恭子が不服気に眉をしかめると、ポニーテールは苦笑する。


「別にどうもしないけどさ、恭子が食欲ないのは心配だから」 

「心配してくれるんだ。そう」


 友人の優しさに感謝を覚えながらも、上手く会話が続けられる気がしなかった。

 自分ってどんな風に喋っていたっけ?

 輝樹と早那ちゃんが帰ってこないだけで、どこかが狂ったように自分がぎくしゃくしている。


 早く帰ってきてよ――


 届かない思いを胸の中で叫ぶ。


「恭子、また入江君の事考えてるでしょ?」


 先ほども聞いたポニーテールの呆れたような声に、恭子ははっとして顔を上げた。

 友人二人の案じる視線が注がれている。


「ごめん。何か話してた?」

「話は進んでない。どんだけ上の空なのよ」


 呆れた様子の友人に向かって恭子は無理やり苦笑いする。

 苦笑いさえも以前とどこか違う気がした。

 恭子の心と表情のズレを感じ取ったように、ウェーブ髪が疑わしそうに目を細める。


「ねえ恭子?」

「なに?」

「恭子ってほんとに入江君の事好きではないんだよね?」


 小学生の頃から度々された質問だ。

 年齢によって本心は移り変わっているが、恭子の答えは一貫している。


「好きじゃないわよ。幼馴染でただ友達」


 恭子の返答を聞いたウェーブ髪はポニーテールと顔を見合わせた。 

 二人の顔に疑問の拭えない表情が浮かぶ。


「会えない期間を経て好きになったのかと思った」

「入江君の事を考えてる時の恭子の顔、ただの友達って感じじゃない」


 自分はそんなに深刻そうな顔をしているのだろうか。

 本当に好意はないのだが、何か言い訳しないと納得してくれないだろうと思った。


「輝樹だけじゃなく輝樹の妹も心配してるから、そう見えるのよ」


 恭子の言い訳にウェーブ髪が思わずという感じで笑う。


「何その理屈。確かその妹って早那ちゃんっていう子でしょ?」

「そう早那ちゃん。すごく可愛いのよ」


 可愛い、と説明してから恭子の脳裏に早那と輝樹の手を繋いだ姿が思い出される。

 恭子の微妙な顔の変化を見逃さなかったのか、ポニーテールが忌避するようにウェーブ髪と恭子の間で手を振り下ろした。


「はい、そんな話はやめ。余計に恭子が考え込んじゃうから」


 話を制したポニーテールの意見に恭子自身も共感した。

 輝樹と早那ちゃんの事を話すと泣き出してしまうそう。

 辛さを打ち消すために恭子の方から話題を変えることにする。


「せっかくならもっと楽しい話をしようよ。クラスも変わって今までにない面白い話あるでしょ?」


 自ら話題を持ち出して若干の笑顔を見せる恭子に、友人二人も満足したように微笑み返して、どちらが先に話をするのか譲り合った。

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