このパフェ美味しいよ、お兄ちゃん
夕食後、デザートを食べたいという早那に誘われて同じ施設内にあるカフェまで来た。
恭子も誘ったが満腹だし甘い物好きじゃないから、という理由で先にホテルへ戻っていったので、早那と二人きりで食後の時間を過ごすことになった。
恭子と比べて早那はお菓子などの甘い物には目がない。
テーブルを挟んで向かいに座る早那がメニュー表を広げたまま俺に笑い掛けてくる。
「実はね、デザートのためにお腹を空けておいたんだ」
楽しそうに言うと、メニュー表に目を戻す。
メニュー表を眺める早那の瞳が、好きな玩具だけを詰め込んだおもちゃ箱を前にした子供のような輝きを放っている。
どんなメニューがあるんだろうか?
「早那は何を食べるつもりなんだ?」
「このビッグビッグパフェはかたいかな」
そう答えて俺の側へメニュー表の向きを変えて指さす。
早那が指さすページには、一ページの丸ごと使ってパフェのイメージ写真が載っている。
全長八七〇センチ。
フルーツ十種盛り。
当店一の名物パフェ。
など、様々な謳い文句がカラフルなページに書かれている。
食後のデザートの量ではないと思う。
「こんな大きいのを頼んで食べきれるのか?」
「わかんない。でもこれが目当てで来たんだから頑張って食べるよ。あ、でも他のスイーツも美味しそうで迷っちゃうなぁ」
俺に返答しながら夢見心地にメニュー表を眺め回す。
食べる前から幸せそうな早那を見て、俺が出来る注意なんてさほどない。
「あとで後悔しないように注文するんだぞ」
「うん。でも一応聞くね?」
素直に頷いたが、すぐに上目遣いに質問を返してきた。
「なんだ?」
「お兄ちゃん、まだ胃袋は空いてる?」
「まあ、三か二割ぐらいは」
「じゃあこのケーキも頼んじゃお。食べきれなかったらお兄ちゃんお願いね」
笑顔で俺に助太刀を申し出ると、近くのウエイトレスを呼んでデカいパフェとチーズケーキを注文した。
もしかして俺が誘われた理由って食べ残しの処理?
とはいえ、妹の笑顔のためだと思って食べ残しの処理でも引き受けるか。
「ねえお兄ちゃん」
パフェが運ばれてくるまでの空き時間に早那が話しかけてくる。
「なんだ早那?」
「楽しいね」
「どうしたんだ突然?」
急な言葉に俺は意味をくみ取れていないのでは、と尋ね返す。
早那は照れ臭そうに言う。
「毎日こんなに楽しかったらいいなぁ、と思って」
「それじゃ日頃は楽しくないみたいだな」
「だって一日中お兄ちゃんと遊んでいられるなんて、普通の生活に戻ったら出来なくなるから」
言ってから早那ははにかむような笑みを浮かべた。
妹にここまで懐いてもらえている俺はかなりの果報者だろう。
別に特別好かれる行動はしていないのだが、何故そこまで俺と一緒にいることに拘るのだろうか。
「なあ早那、俺と遊ぶのそんなに楽しいか?」
「え、お兄ちゃんは私と遊んでても楽しくないの?」
ふとした疑問をぶつけると不安げな目が返っていた。
そんな目で見ないでくれよ。
「楽しい時間がずっと続けばいいのに。お兄ちゃんも楽しいことは永遠に続いた方がいいでしょ?」
「楽しくないことはないけど、さすがに永遠はな」
大袈裟なスパンを言い出す早那へ苦笑する。
時間が進まないのは根源的恐怖を覚える。
時間制限がないのなら全力で楽しもう、という気にもならないしな。
俺が若干否定的な返答をしたからか、早那は考えるように一度目を伏せてから口元を綻ばせた。
「永遠は言い過ぎだったかも」
「でもな、早那の気持ちはわからんでもない。楽しい時間は長い方がいいもんな」
早那の意見を完全否定はしたくなかったから、半分だけ同意を示した。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうからな。いつまでも続けば、と願ってしまうのも頷ける。
カフェにはそぐわない会話をしていると、ウェイトレスがデカいパフェを器用に運んできて早那の前に置いた。
パフェを前にした早那の瞳がはしゃいだように輝く。
「お兄ちゃん見て見て。こんなおっきいパフェ初めて」
弾んだ声で俺の視線をパフェに促す。
確かに、全長七〇センチとは書いてあったが横幅も広く想像以上に大きい。
「全長七〇センチは嘘じゃないんだな」
パフェ越しの早那の顔が余計に小さく見える。
パフェの頂点が早那の頭を超えてるもんな。
俺がパフェの大きさに驚愕している間に、早那はすでにスプーンをパフェ目掛けて掲げていた。
「食べていいかなお兄ちゃん?」
「早那が頼んだんだから俺に聞くことないだろ」
「そうだね。じゃあいただきます」
自分の頭よりも頂部が高いパフェに早那がスプーンを差し入れた。
パフェカップから聳える生クリームの一部を掬い取ると、早那の目が好きな玩具で遊ぶ子供のように嬉々として見開かれる。
「すごい。クリームの中にイチゴが埋まってる。お兄ちゃん見て」
早那がカップから半分以上が飛び出しているパフェをくるりと反転させて、俺に掬い取った部分を見せてくる。
生クリームが揺れてて危なっかしい。
「早那。倒れそうだぞ」
「ほんとだねー。今揺れた」
愉快そうに状況説明する。
ほんとだねー、じゃない。
倒れてこぼしたら服も汚れるし、何より勿体ないだろ。
俺の心配も素知らぬ様子で早那は生クリーム部分にスプーンを差して掬い取る。
また子どもみたいに目を輝かせる。
「うわー。こっちはバナナだよ。見てお兄ちゃん」
はしゃいで声を出して、パフェカップの脚を持つ。
生クリームの先端が揺れるのを目にして咄嗟に椅子から立ち上がる。
「パフェを動かすなよ。俺がそっち行くから」
パフェの転倒を避けるために俺が早那の傍まで移動する。
早那の傍からパフェの生クリーム部分を覗きこむと、早那の言う通りイチゴの反対側にはバナナが隠れていた。
隠し芸のようなパフェの構造に感心を覚える。
「よくこぼれずに作れるよな、こんなデカいパフェ」
「たぶん、先にフルーツで土台を作ってから最後にクリームを塗ってるんだよ」
俺の疑問に早那が生き生きとした口調で答えた。
なるほど。言われてみればそんな感じで作ってるような気がする。
「いろんなパフェを食べていれば、パフェの作り方はなんとなくわかるようになるよ」
「スイーツに関しては早那の方が詳しいからな。さすがだな」
パフェの構造なんて食べたことがないから知らなかったのだが、食べ慣れてる人からすればそんなに複雑でもないようだ。
お兄ちゃんも今日を機にパフェデビューしよ、と早那は自分の嗜好に俺を引きこもうとしながらパフェの真ん中部分を大きく掬い取った。
パフェの背が高すぎるせいか、パフェが微かに早那の方へ傾斜する。
「うー、おいしい」
頬が蕩けるという言葉が似合う表情で早那は頬に手を置く。
早那が恍惚としている間にもパフェの傾斜が鋭くなっていく。
「パフェが倒れそうだぞ、早那」
「大丈夫だよお兄ちゃん。普通はそんな簡単に倒れるものじゃないから」
早那はそう言うが、明らかに少しずつ傾いている。
「お兄ちゃん心配し過ぎ」
俺を安心させるように言って早那がパフェにスプーンを突っ込む。
瞬間、パフェの天辺がぐらりと傾いた。
あ、やばい。
傾いたパフェのクリーム部分が早那の顔へ急接近する。
あ、と早那の口から唖然とした声が漏れた。
だが時すでに手遅れで、生クリームが倒れて早那の顔に降りかかった。
突然の生クリームの転倒に早那は呆気にとられた顔で固まってしまう。
「ほら、言わんこっちゃない」
「うう。お兄ちゃんの心配が当たった」
俺の注意を聞き流した末の結果に早那はしゅんと落ち込む。
早那の顔は頬から顎にかけて生クリームの白い塊がぶちまけられている。
……なんだろう。
生クリームに塗れた早那を見ていると胸がざわつく。
顔に白い物がかかっているせいか、少し卑猥な印象を感じてしまう。
……いかんいかん。義理とはいえ妹を性的な目で見るなんて。
不埒な思考を追い出そうと一度目を瞑る。
余計な想念を頭から消してからテーブル上の紙ナプキンを手に取った。
「ほら早那。拭いてやるから動くなよ」
「じ、自分で拭ける」
生クリームが点々と付着した頬を赤くして恥ずかしそうに遠慮する。
早那が紙ナプキンを取ろうとすると、ただでさえバランスを崩しているパフェに当たってしまいかねない。
「むやみに動くと被害が広がるから俺に拭かせろ」
「ごめんねお兄ちゃん」
早那は謝りながら目を閉じて俺の方へ顔を突き出す。
「気にするな。別に早那が悪いわけじゃないから」
たいして気の利いた言葉も思いつかず、そんな月並みな返事をしながら早那の顔に付着した生クリームへ紙ナプキンを当てた。
自分が動くと被害が広がることを把握しているのか、早那はくすぐったそうにしつつも俺に任せて顔を拭われる。
おおよそ拭き終わり、紙ナプキンを早那の顔から離す。
「よし、見えるところは全部取れたぞ」
「こうなるならお兄ちゃんの注意をちゃんと聞いておけばよかった」
「早那の方がパフェを食べた経験は多いからな。パフェを食べたことない俺の心配なんて聞く気にならなくても仕方ない」
「私もこんな高いパフェは初めてだから、最初からもう少し気を付けておかないといけなかったよね」
しょんぼりと沈んだ声で早那は言う。
すげー落ち込んでる。
「被害が生クリーム部分だけで良かったんじゃないか。ほら大半は残ってるだろ」
早那の落ち込む理由とはズレている気はしたが、何か言葉を掛けてあげたくなった。
俺の慰めを聞いた早那が笑顔を見せてスプーンを持ち直す。
「真ん中を掬うから倒れるんだよねきっと。上から食べた方がいいよねお兄ちゃん?」
「そうだろうな。また倒れるといけないからな」
俺が同意するなり早那はスプーンで生クリームの天辺部分を掬い取った。
小さく開けた口に運んで、美味しそうに頬を綻ばせる。
「やっぱり食べに来て正解だったなぁ」
こうして幸せそうな早那を見られるのなら、兄として早那に付き合うのも悪くない。
そう思いながら時々会話の合いの手を入れて、パフェを食べる早那を傍で眺め続けた。
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