油淋鶏食べたい、輝樹

 映画を二本観てシアタルームを後にした頃には、ちょうど空腹を感じる夕食の時間帯になっていた。

 早那とフードコートに向かいながら夕食をどうするか話していると、タイミングを計ったように恭子とフードコートの前で鉢合わせた。

 俺と早那を見つけた恭子はスキップでもしそうな足取りで近づいてきた。


「輝樹と早那ちゃんもご飯?」

「食べる時になると湧いて出てくるなよ」


 夕食の時間を待っていたかのような登場をした恭子へ軽口を投げる。

 恭子は照れたように苦笑いする。


「輝樹のお腹の音が聞こえてきたから駆けつけてきたの。ご飯の時間だ、と思って」


 それはお前の腹の音じゃないか、とは突っ込まないでおこう。

 恭子のボケを全部拾っていたら会話が進まない。

 恭子は俺の塩対応をわかっていたのか、興味はすでにフードコート内に向かっていた。


「今日は何食べる。おっ、空いてる席見っけ」


 質問しておきながら俺か早那が答える前に、フードコート内の四人掛けの空席へ歩きだした。

 待ってください、と早那が後を追うので俺もついていくことにする。

 それにしても客が少ないな。

 昨日もそうだったが、食事時だというのにフードコートにいるのは俺たちぐらいだ。

 学生で言えば春休みシーズンに当たる今の時期ならば、もう少し客が入っていてもいいはずなのだが、観光地ではないからか隣接するホテル共々客の姿がほとんどない。

 夏休みやGWならまだ多いのかな、と考え始めたところで一足先に四人掛けのテーブルの椅子に腰かけた恭子がメニュー表を俺と早那に見せてくる。


「いろいろあるよ。和食に、中華に、洋食」

「私は何食べるか決めてない。お兄ちゃんは?」


 恭子にメニュー表を見せられた早那が戸惑い気味に俺へ質問を振ってくる。

 俺だって何も決めてないぞ。


「どうする。昨日はどちらかといえば和食だったが」

 恭子が威勢よく手を挙げた。


「はいはい。あたし中華がいい、油淋鶏とか酢豚とか食べたい」

「え、酢豚?」


 恭子の発言に俺は呆気にとられた。

 肉が好物の恭子が油淋鶏を食べたがるのはわかるが、酢豚に関しては苦い記憶を持っていたような?


「恭子。お前酢豚はそんなに好きじゃなかっただろ。特にパイン入ってる酢豚は存在自体を否定してた気がするぞ」


 中学の給食で配膳された酢豚にパインが入っていた時、いつもは苦も言わず一人前を平らげる恭子が顔を顰めて給食を残していた。

 記憶をもとに話す俺を恭子は愕然とした顔で見る。


「あたしって酢豚好きじゃないの?」

「聞き返すなよ、自分の事だろ」

「なんで、そんなこと聞くの?」


 こいつ、自分自身のことなのに覚えてないのか。

 フルーツの入った酢豚は断固認めない、と当時息巻いていたのに。


「ほら、覚えてないのか? 中学の給食で酢豚が出た時にパインが入っててお前残しただろ。あれ以来酢豚の時は嫌な顔するようになってたじゃないか」

「あれ、そんなことあったっけ?」


 詳細に当時のことを話すも、恭子は思い当たらない様子で首をかしげる。

 その時、いつの間にか恭子からメニュー表を受け取っていた早那がメニュー表を指さしながら恭子の方へ向けた。


「恭子さん。中華のページに油淋鶏ありますよ」


 油淋鶏、と聞いた恭子が俺との会話からメニュー表へと興味を移す。


「ほんとだ。これ食べたい」


 もしかして油淋鶏に気を取られていたのか?

 食い意地の張っている恭子の事だから、脳内が食肉のことで一杯になっていてもおかしくはない。

 そう解釈して早那と恭子に会話に意識を向ける。


「油淋鶏だけじゃ足りないから他に何食べよう早那ちゃん?」

「私はあんまりお腹空いてないからたくさんはいらないかなぁ」

「早那ちゃんも決まってないの。なら輝樹と早那ちゃんのどっちかが餃子定食頼んでよ。それか天津飯定食」

「なんで私かお兄ちゃんなんですか?」

「早那、察してあげろ。恭子自身が食べたいだけだから」


 俺が早那に言うと、恭子が不服そうに眉根を寄せた。


「だって油淋鶏って主食にならないじゃない。中華の定食についてくるラーメンと天津飯を半分ずつ分けてくれないと」

「人の分から貰おうとするな。食べたいなら自分で頼めよ」

「そんなに注文したらあたしが大食いみたいじゃない」

「でも食べたいんだろ?」


 尋ねると、迷うそぶりはなく頷いた。

 恥ずかしそうにすれば可愛げがあるのだが恭子に求めても仕方がない。


「相変わらず食い意地張ってるな」

「うるさい。食べるの好きだから仕方がないじゃない」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


 ムスッとする恭子から肩をつついてきた早那に視線を移した。

 早那は恭子に背を向けて俺に耳打ちする。 


「餃子定食か、天津飯定食のどっちか私が頼んでもいいですか?」

「恭子の食い意地に付き合う必要ないぞ」

「さっきお菓子食べてお腹空いてないから、半分恭子さんにあげるつもり。それに食後のデザートも食べたいから少しでいいの」


 デザートと口にした早那の頬が緩む。

 誰に似たのか、本当に早那は優しいな。


「わかった。それじゃ俺は天津飯定食頼む。それで恭子に分けてやろう」

「え、いいの輝樹」


 早那と話していたのに、恭子が歓喜の表情で俺の方を振り向く。

 お前、聞こえてただろ。


「食べたいって言ってみるものだね。二人とも人が良いから」

「やっぱりやめた。俺一人で食うわ」


 そう返すと、恭子はあからさまに落ち込んだ顔をする。

 表情が忙しい奴だ。


「嘘だって分けてやるよ。その代わり油淋鶏を少し俺と早那に分けてくれ」


 条件を提示すると今度は嬉しそうに笑う。


「せっかく三人で食べるんだからシェアしないとね」


 恭子が一方的に欲しいって言いだしただけだろうが。

 まあしかし、油淋鶏を分けるという条件を呑んだから交換だと思って今回は不問にしてやろう。

 こうして三人の注文が決まり、早那が呼び出しベルを押した。

 昨日も見たウエイターが来て俺がまとめて注文すると、ウエイターは注文を書いたメモを持って立ち去っていった。

 恭子がウエイターの後ろ姿に視線を注ぎながら口を開く。


「誰が何を食べるのか、あのウエイターはわかるかな?」

「恭子が大半を食べるなんて思わないだろうな」


 え、褒めてる? と恭子は照れて見せる。

 照れるところ違うだろ。

 俺は呆れた思いで恭子を見ていたが、早那は恭子に羨望の眼差しを送っている。


「羨ましいです。そんなに食べても太らないなんて」


 早那に褒められたからか、恭子は頬をだらしなく表情を弛ませた。


「へへへ、そうかな。早那ちゃんに褒められると照れちゃうなぁ」


 単純だな恭子。

 でも単純じゃない恭子は恭子じゃないな。

 恭子が恭子らしくなかったら心配になるから、単純さは元気印ってことでいいか。

 勝手にそう解釈して料理が運ばれてくるのを待った。

 料理が運ばれてきてからも三人で楽しく喋りながら夕食の時間を過ごした。


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