一緒に映画観よ、お兄ちゃん

 ボウリングを四ゲーム楽しんだ後は三人で昼食を摂り、恭子は書籍コーナーへ漫画を読みに行き、俺は早那に誘われてシアタールームで映画を観ることになった。

 シアタールームでの映画鑑賞に際して早那はシアタールームの受付横に設けられた売店でお菓子を買ったらしく、俺の隣の席に座る早那の腕には大量のお菓子の袋が抱えられている。

 受付で本日のプログラムを確認した限りでは、あと残り五分ほどで次の映画が始まるらしい。


「好きなお菓子がたくさんあって良かった」


 シアタールーム特有の薄暗い照明の中で早那が腕に抱えたお菓子の袋を嬉しそうに眺めている。

 売店には偶然にも早那と俺の知っている菓子ばかりが売られており、ついつい早那にせがまれるままに買ってしまった。


「早那。あんまり食べ過ぎると夕飯が食べられなくなるぞ」

「夕飯を控えめにするから。お兄ちゃんと二人きりで過ごせるのに我慢はしたくない」


 頬が緩むようなことを言ってくれるが、俺が心配しているのは早那の胃袋だけではない。


「それにお菓子を食べ過ぎると太るぞ」


 薄暗い中でも早那が不機嫌の顔になったのがわかる。


「そういうデリカシーのないこと言わないでよ。気にかけてくれるのは嬉しいけど」

「まあ早那は普段から大食いじゃないから、そこまでの心配はしてないけどな。太るとか関係なくお菓子は身体に良い物じゃないからな」

「わかってるよー」


 俺の指摘に釈然としない声を出す。


 しかし、旅行中ぐらいは早那の好きなようにさせよう。

 ここ一年は受験勉強などで忙しくしていたので、高校生活が始まる僅かな間ぐらい心置きなく遊ばせてあげたい。


「ほら、もうちょっとで始まるぞ」


 早那の意識を映画のスクリーンへ促す。


「この映画って面白かったよね」


 早那はそう言いながらさっそくスナック菓子の袋を開けて食べ始めていた。

 偶然は重なるもので、プログラム予定に載っていた映画は全て早那と俺が既知の映画のラインナップだった。

 おかげで早那と話が弾みそうだ。


「この映画はたしか、古代の人が現代にタイムリープしてきて最新技術に驚いて古代へ持ち帰る話だったな」

「古代人の反応が面白いんだよね」

「そういえば、この映画って早那と一緒にテレビで観たやつだな」


 この映画を初めて観た時のことが思い返される。

 俺が観ていた時にいつの間にか早那が隣に座って一緒に見入っていたんだよな。

 しかもこの映画の時だけでなく、俺がテレビで映画を観ていると毎回だ。


「なあ、早那って映画好きなのか?」

「突然どうしたの?」


 スナック菓子を口に運ぶ手を止めて訊き返してくる。

 大したことではないんだが。


「俺をシアタールームに誘ったからさ、映画が好きなのかなって」

「好きだよ」


 短く答えてから早那は照れたように笑う。


「特にお兄ちゃんと一緒に観るのが好き。同じ時間を過ごしている感じがするもん」

「まあ確かに。一人で観るよりは二人で観た方が楽しいな」

「そうだよそうだよ。同じ話題で盛り上がれるもん」


 早那と意見が一致した。

 同じ話題を持つことの気持ちよさを感じながら俺は尋ねてみる。


「早那はあのシーン覚えてるか。古代人が自販機を見たシーン」

「うん、覚えてる。どういう仕組みなのか真剣に考え始めるんでしょ?」


 他の客がほぼいないこともあり、俺は早那と以前観た時に覚えているシーンを喋り合いながら映画を鑑賞した。


 

 一作目を観終えたが、さすがに二作連続で既知の作品を観る気は起きなかった。

 展開が読めてしまうから飽きそう。


「なあ早那」

「なにお兄ちゃん?」


 早那は二回目にも関わらず飽きた様子もなく笑顔で応じた。

 妹の笑顔に悪い気はしながらも俺は切り出す。


「次も観たことある映画だろ。今日はやめて明日また来よう」

「映画、詰まらなかった?」


 べそをかいたような顔で伺ってくる。

 そんな顔しないでくれよ。


「詰まらないってことはないけど、展開がわかってるからワクワクしない」

「私は二回目でも面白かったよ」

「面白いなら早那はここに居てもいいよ。俺は他のところで遊ぶから」


 それこそ書籍コーナーに漫画でも読みに行こうか。

 そう考えるも、早那が俯いて一目でわかるほどに落胆している。


「もう少しお兄ちゃんと一緒に映画観ていたい」

「俺と一緒じゃなくてもいいだろ」


 早那の悲しむ顔を見た時点で俺はシアタールームに残るつもりになっていた。

 でも、早那が俺の同伴を求める理由を知りたい。

 尋ねると、早那は懇願の瞳を向けてくる。


「お兄ちゃんと一緒がいい。一人で観てても面白くないもん」


 実際は俺がいなくとも映画の内容は変わらないのだが、どうしても俺に一緒に居てもらいたいようだ。

 やっぱり喋り相手がいないと寂しいのかな。


「わかった。早那に付き合うよ」


 答えると、早那はあからさまに表情を綻ばせる。

 そこまで喜んでもらえると余計に一人だけで置いていけなくなる。

 可愛い妹に弱いのは全国の兄共通だろう。


「二回目も新しい発見があって面白いからな」

「やったあ。お兄ちゃんはやっぱり優しいね」


 優しいとか褒められると心臓がくすぐったくなるほど面映ゆい。

 優しくしているつもりはないんだけどな。


「次が始まるまで時間あるから。一緒にお菓子食べよ」


 俺がシアタールームに残ることに決めたからか、早那は上機嫌な声で数あるの菓子袋をまさぐって薦めてくる。

 お菓子もいいが、映画が始まる前にトイレぐらいは行っておきたい。


「悪いが、お手洗い行っていいか?」


 早那は何を言われたのかと一瞬ポカンとしてから、俺の言葉を理解して笑顔で頷く。


「ちゃんと映画が始まるまでに帰ってきてね」

「心配すんな。それじゃ少し席空けるな」


 釘を刺す早那に笑い返してから一旦シアタールームを出た。

 シアタールームのすぐ近くに男性トイレを見つける。

 トイレに入ってから、ふと違和感を覚えた。


 ――なんか違うぞ?


 思わず洗面台の前で足を止めて、トイレ内を眺めていると違和感の正体に気が付いた。


――小便器がない。


 大型商業施設などの多人数が使う男性トイレには、当然小さいほうの用を足すための小便器がいくつか設置されているものだが、ここのトイレには一基も小便器がない。


――もしかして、ここは!


 小便器がないことを知った途端、自分が間違えて女性トイレに入ってしまったのでは焦り、慌ててトイレから逃れ出た。

 トイレの入り口の傍に青い人型のピクトグラムの描かれた木板が嵌め込まれているのを見て胸を撫でおろす。

あやまって女性トイレに入ったわけではないようだ。

 安堵すると、用を足すためにトイレの中に戻る。

 よく考えてみれば大は小を兼ねるという言葉があるじゃないか。

 男性トイレとはいえ個室だけで事足りるな。

 小便器がないぐらい些細なことだと思いながら個室で用を足して、しっかりと手を洗ってからシアタールームへ引き返した。



 シアタールームに戻ると、俺に気が付いた早那が席に座ったままこちらを振り向いて表情を緩めた。


「あ、戻ってきたお兄ちゃん」


 だから心配するな、と言ったんだ。

 俺がトイレで席を立つ前にも座っていたため、もしかして座ったままだったのか。


「ずっと席で待ってたのか?」

「うん。お兄ちゃんそんなに時間かけないだろうと思って」

「そりゃ早那を一人で待たせるのも悪いからな。でも少しぐらい立って歩かないと足がむくむぞ?」


 俺が気遣いで言うと、早那はくすりと口に手を当てて笑う。


「お兄ちゃん心配しすぎ。心配してくれるのは嬉しいけどね」

「心配し過ぎか。そう言われても実感ないな」

「自覚ないのもお兄ちゃんらしい。ふふっ」


 若干気分がよさそうに笑う。

 妹のことを気に掛けない兄なんているのだろうか。

 早那はひとしきり笑ってから指先をスクリーンに向ける。


「あと少し次が始まるよ」

「次の映画はさっきの続編だったな」

「お兄ちゃんが一作目の方が面白いって言ってた映画だよ」


 そういえば、初めて観た時そんなこと言ったな俺。


「早那もそう思わないか。シリーズって一作目の方が面白いだろ?」

「私は全体通して好きだな」

「面白くないとは思わないが、やっぱり一作目の方が制作者の見せたいところが存分に詰まっている気がするんだ。でもシリーズの二作目って人気に胡坐かいたようなところがあるんじゃないかな」

「それは初めて観るからだよ。二回目なら違った感想が出ると思う」


 自論を述べる俺に早那は冷静な受け答えを返してくる。

 早那の言い分は一応納得できる。

 でも俺の自論は感情的なもので、理屈で答えが出るものじゃないんだ。


「純粋に作品を楽しもうよお兄ちゃん。ほら始まるよ」


 観るのは二回目のはずなのに楽しそうな様子の早那を目にして、識者ぶった見方は無粋な気がしてきた。

 誰かと一緒に観る映画は内容に関わらず楽しめるものじゃないか。

 早那の意見に賛成して、初めて観るような気持ちでスクリーンに目を向けた。

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