見ちゃダメ、お兄ちゃん!

 ボウリングも三ゲーム目に入り、疲れが身体に馴染んできたころ。

 三人のうち成績トップは恭子、二位は俺、三位は早那となっている。

 成績自体は予想通りだが、三ゲーム目に入ったあたりから予想外のことで俺は集中が乱されている。


「やっぱり。最初より上手くなった気がする」


 投げ終えた早那がボールの行方を見ながらはしゃいだ声で呟いた。

 恭子の指導のおかげなのか、早那の一球における平均スコアが二本ほど増えているのだ。

 しかし俺が気になるのは瞬く間に向上した早那のスコアではなく、早那らしからぬ投球フォームだ。

 最初は縮こまったぎこちない投げ方をしていたが、恭子を倣って段々とダイナミックな投げ方に変わり、ついには投げるたびにスカートが捲れて中が露わになるのだ。

 スカートが捲れていることを指摘しようと何回も思ったが、今まで俺がスカートの中を見ていたことを認める羽目になってしまうため、手を付けかねているうちに三ゲーム目も終盤に差し掛かってしまい今に至る。


「次、お兄ちゃんの番だよ」


 知らないうちに早那が隣に座っている。

 悶々と悩んでいる間に早那がソファまで戻ってきていた。

 催促する早那に慌てて繕った笑顔を向ける。


「あ、ああ。行ってくる」


 受け答えしながら目線が勝手に早那のスカートの裾に向かう。

 いかん、近くで見ると余計に意識してしまう。

 無理やり視線を早那から剥ぎ取って立ち上がろうとしたタイミングで、早那が何かに気が付いたように首を傾げた。


「お兄ちゃん、さっきからあんまり喋ってないけど具合でも悪い?」

「え、あ、いや」


 早那のスカートが捲れていることに頭を悩ませていたなんて言えない。

 ……不埒な兄をそんな心配そうな瞳で見ないでくれ。

 そんな目で見られたらスカートの中が見えていることがもっと指摘しづらくなるじゃないか。

 確かに、と俺と早那を挟んだ位置に腰掛けている恭子が俺の顔をまじまじと見つめながら口を開いた。

 恭子の視線に疑わしさが混じっている。


「今日の輝樹は調子悪そうだね。いつもよりスコアが低い」

「久しぶりだからスコアが伸びないだけだ」


 とりあえず言い訳しておく。

 都合よく恭子が納得してくれるといいが……無理そうだな。

 俺を見る恭子の目には確信的な光が浮かんでいた。


「早那ちゃんのスカートの中を見てるから調子狂ってるんだ。違う?」

「な、なに言ってんだよ」


 何も証拠がないじゃないか。

 恭子に俺の誤魔化しは通じないようで、ニヤニヤと口元を緩ませる。


「だってさっきから早那ちゃんのスカートの中見えちゃってるでしょ。男って無意識にチラ見しちゃうの好きでしょ?」

「そうとは限らないだろ。決めつけるなよ」


 根拠のない恭子の理屈に否を突き付ける。

 俺に非があろうがなかろうが、俺と恭子の間に座る早那には筒抜けで、早那は虚を憑かれた顔で俺と恭子の間で目を泳がせていた。

 そして段々と恥ずかしさが強くなってきたのか、頬を赤らめてスカートの裾を手で押さえた。


「み、みちゃダメ。お兄ちゃんも恭子さんも」

「え、あたしも?」


 ショックを受けた声音で恭子が自身の顔を指さす。

 お前の方が見たいんじゃないか。

 不服そうに恭子は指先を俺に向ける。


「輝樹と同じ扱いはないよ」

「俺だって恭子と同じ扱いをされて不満だぞ」

「良いじゃない、減るもんじゃないし。むしろ見せた方が輝樹は喜ぶよ」


 アドバイスの口調で早那に突拍子もないことを告げる。

 恭子、お前な!


「喜ばねぇよ。出来るなら隠して欲しいわ」


 否定すると、恭子はわざとらしくため息を吐いて肩を竦める。


「全く素直じゃないわね。見たいならあたしが見せてあげるから、それで我慢しなさい」

「恭子に見せられても吐き気を催すだけだわ」

「うわ。酷い。差別よ!」


 恭子が眉尻を吊り上げて猛抗議の声を上げる。

 差別して何が悪い。誰のスカートの中が見たいかは選ばせてくれ、ってそれじゃ俺がスカートの中を見ることを望んでるみたいじゃないか。

 くだらない口喧嘩に気分を昂らせていると、ふいに早那の掌が肩口に触れた。

 熱を冷まされるような感覚で早那に目を向けると、早那の反対の手は恭子の肩口に触れていた。

 早那はムッとした顔で俺と恭子へ交互に視線を向ける。


「お兄ちゃん、恭子さん、二人とも言い争いしないでよ」


 早那の窘めに俺と恭子は面目を失って口を噤んだ。

 黙る俺と恭子を見て、早那は顔に笑顔を戻す。


「ボウリングをやりに来たんだからボウリングやろうよ」

「そうだな」

「早那ちゃんの言う通りだわ」


 互いに引き下がり、恭子はスコアを眺め始め、俺はソファから立ち上がってリターンラックへボールを取りに行く。

 俺がボールを持ってレーンの前へ移動しようとしたところで早那が歩み寄ってきた。


「お兄ちゃん」

「ん、どうした?」

「ちょっと耳貸して」

「はあ」


 笑顔で言われて早那へ少し身を屈める。

 早那は手を拡声器のように口に当てて耳打ちしてくる。


「次からは見えていないフリをしてね、お兄ちゃん」


 それだけ告げて早那は身を離した。

 見えていないフリをして、と言われても。

 それが出来ていれば最初から困ってないよ。


「頑張ってお兄ちゃん」


 ボウリングか、スカートの中を見ないフリをすることなのか、早那はどちらか判断つかない励ましを告げてから笑顔でソファに戻っていった。

 極力、早那のスカートの中を意識しないようにするしかないか。

 自分に言い聞かせてからボウリングへ集中を移した。

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