クレーンゲームやりたい、お兄ちゃん

 アクティビティ施設のゲームコーナーに着くと、飽きるぐらいに見慣れた女子が入り口に立って俺たちに元気な笑顔を向けてきた。

 活発なショートカットに、気力旺盛で生き生きとした瞳、なんでも笑い飛ばしてしまいそうな陽気な笑顔、七分丈のTシャツにストレッチジーンズの恰好をした幼馴染の恭子が明るい表情で片手を顔の横に上げる。


「やっほー待ってたよ。輝樹に早那ちゃん」

「恭子さん。お兄ちゃんがマイペースでごめんなさい」


 磊落な挨拶をする恭子に、早那が苦笑して待たせてしまったことを謝った。

 恭子はからからと笑う。


「ほんとにマイペースだね。こんな可愛い女の子二人を放っておいて遅くまで寝てるんだから」


 何がこんな可愛い、だ。


「いつ起きるかなんて俺の勝手だろ。それと自分で可愛いって言うんじゃない」


 えー、と恭子は不服そうにする。


「その言い方だと早那ちゃんまで可愛くないと否定することになるけど?」

「早那は自分自身で可愛いとか言わないからな。そういう奥ゆかしいところが可愛いってもんだ」

「うわ、妹贔屓だ」

「当たり前だろ。家族だぞ」


 恭子と日頃と変わらぬ他愛のない問答をしていると、話を聞いていた早那がお兄ちゃんと厳しい声を出す。


「恭子さんは可愛いよ。冗談でも可愛くないなんて言っちゃダメだよお兄ちゃん」


 早那に庇われた恭子が目元を潤ませる。


「誰かに似ずに早那ちゃんは本当に優しいね。今からでも輝樹なんて捨ててあたしの妹にならない?」


 おい、妹を奪うな。

 早那は微苦笑を恭子に向ける。


「気持ちだけ受け取っておきます。私はお兄ちゃんの妹なので」


 このやり取り、俺が知るだけでも何十回は見ている。


「またフラれたな、恭子」

「絶対こんなのよりあたしの妹になった方が幸せになれるよ」


 恭子は俺を指差して不平を垂れる。

 なんでそこまで言われなきゃいけないんだ。


「本人を前にこんなの呼ばわりは酷いぞ」

「こんなのでもあたしの幼馴染だから遊んであげないと」


 仕方ないなぁ、とでもいう顔つきで恭子が肩を竦める。


「遊んであげるのはこっちの方だぞ」


 売り言葉に買い言葉の要領で返すと、恭子は不思議そうな目で俺の顔を見た。


「あれ、誘ったのあたしだと思われてる?」

「違うのか?」

「最初に言い出したのは早那ちゃんだよ。あたしは早那ちゃんに誘われてここで待ってたんだけど」

「そうなのか早那?」


 早那に振り向いて確認を取ると、早那は笑顔でこくりと頷いた。


「言い出しっぺは私だよ。私が恭子さんにお兄ちゃんも入れてゲームコーナーで遊びたいって誘ったの」

「俺なんか誘わずに女子同士で遊んだ方が気兼ねなくて楽しいんじゃないか?」

「そんなことないよ。お兄ちゃんも入れた三人で遊んだ方が楽しいに決まってるよ」


 早那は笑顔でそう断言する。

 俺も誘われて悪い気はしないから断りはしないが、どうしても遠慮はなくならない。


「それじゃ早那ちゃん、言い出しっぺだから何して遊びたいか言って。あたしと輝樹はなんでも付き合うから」


 請け合うように言って恭子が促す。

 なんでもいいんですよね、と早那は愉快気な声音で伺ってから俺に視線を移してきた。

 問い返す目を向ける間もなく早那が俺の手を掴む。

 な、なんだ?


「メダルゲームしたい。行こお兄ちゃん」


 ふいに手を繋がれてびっくりする俺を意に介せず、早那はメダルゲームの筐体が並んだエリアへ俺を引っ張って歩き出した。

 恭子がニヤニヤしながら俺と早那の後ろを着いてくる。


「ほんとに早那ちゃんは輝樹の事が好きねぇ」


 だからって手を繋がないでくれよ、恥ずかしい。

 俺は周囲の目が気になりながら早那と一緒にメダルゲームのエリアに踏み入った。



 数時間ぐらい経っただろうか、早那の要望でメダルゲームの次はクレーンゲームのエリアに訪れた。

 腕に抱えきれないほどの数のぬいぐるみが景品となっているクレーンゲームのガラスの内側を覗いていた早那が俺の方を振り向く。


「お兄ちゃんはクレーンゲームやったことある?」

「まあ、やったことはあるよ。簡単な難易度で取れるぐらいの腕前だけど」

「それなら私よりははるかに上手いね。やってみたいから教えてお兄ちゃん」

「基本操作ぐらいなら」


 俺に指導を乞うぐらいだから早那はクレーンゲームをやったことがないのだろう。

 早那の隣に立ち操作の説明をしようとしたところで、ちょっと待ったという恭子の声が割り込んだ。

 早那と揃って恭子の方を見ると、恭子は自信に満ち溢れた表情で鼻を鳴らした。


「クレーンゲームならあたしの方が上手だよ、早那ちゃん。初心者に毛が生えたぐらいの輝樹よりあたしに任せて」


 悪かったな、初心者に毛が生えたぐらいの腕前で。

 どんな返答をするのだろうと早那に目を移すと、早那は落ち着いた顔つきで口を開いた。


「やり方教えてもらうだけですから、説明の丁寧なお兄ちゃんがいい」

「またフラれたな、恭子」


 確かに恭子は何かと物事に熱が入ってしまう質だ。

 操作を覚えるだけでも熱血指導になりそうだもんな。

 教えてる最中にもどかしくなって、操作盤から早那を退かす未来も見える。

 目に見えてショックを受けた顔をする恭子。

 早那は微苦笑を恭子に返す。


「でも、どうしても取れないときは恭子さんお願いします」


 早那の言葉を聞いた途端、恭子の顔が照れたように緩む。


「最後は頼ってくれるのね。早那ちゃん任せて。店が破産になるぐらいバッチリ取ってあげるから」


 クレーンゲーム一つで破産にはならんだろ。

 まあしかし、早那も恭子の扱いは手慣れたものだな。幼馴染の俺よりも扱い方が上手かもしれない。

 ころころと機嫌が浮沈する恭子を尻目に、早那がクレーンゲームの操作盤の前に立って俺に向き直る。


「それでお兄ちゃん。まずはここにお金を入れればいいんだよね?」


 硬貨の投入口を指差して確認を取ってくる。

 そこに五〇〇円を入れる、と説明すると早那は迷わず一〇〇円を五枚投入した。

 このクレーンゲームは五〇〇円で四回できるようだ。


「取る気満々だな。一応操作できる時間には制限があるから気を付けろ」


 俺は操作盤の液晶に表示されている秒数のカウントダウンを指し示す。

 うわっ、と早那は驚き慌ててクレーンの操作を始めた。

 黒色の熊みたいなぬいぐるみの上までクレーンを移動させると俺を振り向く。


「このくらいかな?」

「正面だけから見ずに横から奥行きを確かめ……」

「早那ちゃん違う!」


 興奮した声で恭子が叫んだ。


「もう少しだけ前、もう少し。腕と胴体の間にクレーンのアームが入るから、狭いけどそこに突き刺せば落ちにくいよ。そこにブスッて突き刺して!」


 熱の入った恭子の指示に早那は操作盤を見つめたまま固まってしまった。

 早那が困ってるじゃないか。


「うるさいぞ恭子。早那の初陣を静かに見守れないのか」

「初心者に毛が生えたような腕前の輝樹は口出ししないで!」

「お前、その表現気に入ってるだろ?」

「指示役は一人でいいの。船頭が多い船は山に登っちゃうから」

「現代文のテストいつも赤点ギリギリのやつがよく言うわ」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


 恭子と言い合っている最中、早那に服の裾を引っ張られた。

 早那に視線を戻すと早那が透明なガラスにクレーンを指さす。


「恭子さん違うって言ってるけど、この位置でいいのかな?」

「早那が好きなように遊べよ。恭子の指示なんて無視していいから」

「わ、わかったお兄ちゃん」


 俺の言葉を聞いた早那は、操作盤に向き直ってクレーンの操作を再開する。

 しかし制限時間がなくなり、クレーンは自動的に下がり始めて目当てのぬいぐるみの頭部を掠り、床に接地してから引き上がり最初の位置に戻ってしまった。

 ほら、と恭子が後ろで不満そうにぼやく。


「あたしの言った通り、もう少し前だったでしょ」

「惜しかったな早那。次は取れるぞ」


 恭子の苦言は聞き流して早那を励ます。

 うん、と早那は頷いて再トライするために操作盤に向き直った。

 二回目はアームが腕に掛かるも、アームの力が弱く引き上げる前にぬいぐるみが落ちてしまった。


「あっ、落ちちゃった」

「運が悪かっただけだ。上手いから次は取れるぞ」


 二回目で腕に引っ掛けただけでも腕前そのものは俺と大差ない。

 私が取ってあげようか、という操作を代わりたくてたまらない様子の恭子の声は聞こえなかったことにして早那の様子を見守る。

 早那は真剣な横顔で再びクレーンの操作を始めた。

 緊張した面持ちで降下ボタンを押すと、ぬいぐるみの腕と胴体の間にアームが刺さる。

 だが今回もアームの力が弱くぬいぐるみは落ちてしまい獲得に失敗した。

 操作可能の回数が残り一回となり、早那の表情が沈む。


「早那ちゃん。あたしが代わってあげようか?」

「結構です」


 落ち込む早那を見て好機と思ったのか申し出た恭子だったが、早那は即座に恭子の助力を断った。


「やっぱり自分で取りたいから」

「早那なら取れる。頑張れ」


 俺は無用な口出しはせず、ひたすらに応援する。

 恭子の手を借りなくても早那なら出来るよ。

 早那自身が助けを求めないのなら、俺や恭子が無駄なお節介を焼く必要はないだろう。


「次は取る」


 自身を鼓舞するように早那は呟き、再び操作盤を見つめた。

 真剣な早那を見て、集中を散らさないように恭子へ釘を刺すことにする。


「恭子。口出しするなよ」

「わかってるわよ。あたしだって早那ちゃんの邪魔がしたいわけじゃないもの」


 恭子は唇を尖らせてそっぽを向いた。

 その間にも早那はこちらの会話には見向きもせず、操作盤と中で動くクレーンに真剣な眼差しを送っている。


「おお」


 俺は思わず声を出してしまった。

 先程よりもぬいぐるみの胴体と腕の深い位置までアームが刺さり、ぬいぐるみが順調に引き上がっている。

 クレーンはぬいぐるみを引っ掛けたまま徐々に取り出し口の穴まで近づいていく。

 だが急に作為があったようにアームが力を弱めて、ぬいぐるみは取り出し口の穴の縁に片足をもたせかける姿勢で落ちてしまった。


「あー」


 早那は残念そうに不格好になったぬいぐるみを見つめている。

 このぬいぐるみめ、早那を悲しませるなよ。

 早那の手に渡らなかった黒い熊のようなぬいぐるみを無駄だとはわかっていても非難の視線で見る。


「早那ちゃん、ドンマイ」


 恭子が慰める。

 えへへ、と早那は微苦笑を浮かべた。


「取れなかったけど私は満足だよ、恭子さん」

「どうして?」

「お兄ちゃんが応援してくれたから。すごい嬉しかった」


 冗談ではない口調で早那はそう言った。

 取れなくて満足するなよ、と俺は照れ隠しで返した。

 何故か恭子がとろけたような顔で早那を見ている。


「もう早那ちゃんは可愛いな。よし、あたしはお手本見せてあげるよ」


 やる気満々で告げて、俺の方へ掌を出してくる。



「輝樹、五〇〇円貸しなさい」

「なんで俺が払うんだよ」


 勝手にお前が手本を見せるって言ってるだけだろ。別に早那の頼みでやるわけじゃないじゃないか。

 言い返すと、恭子は何言ってるのという顔で眉を寄せる。


「早那ちゃんの敵討ちだから、兄から資金提供してもらうのは当然でしょ?」

「当然じゃねーよ。それに敵討ちではないだろ」

「もーしょうがないなぁ。自分のお金でやるよ」


 俺からの資金提供を諦め、操作盤の近くに立つ俺に向かってどいてどいてと手で追い払う仕草をする。

 自分の金でやるのが当然だろ、と思いながら早那と一緒に操作盤を恭子に明け渡す。

 恭子の操作を眺めていると早那が服の裾を掴んできた。


「見て、お兄ちゃん」


 そう言いながら早那は真向かいにあるクレーンゲームを指さす。

 別に何の変哲もないクレーンゲームだが。


「あのクレーンゲームに何かあるのか?」

「奥にあるやつ、可愛くないですか?」


 早那は正面からは見えにくい奥の景品を指で示す。


「どれのことを言ってるんだ?」

「あっ。恭子さんもう取り終えてる」


 尋ねるも、すでに早那の関心は恭子に移っていた。

 早那につられて恭子の方へ視線を戻すと、恭子は得意げな表情で早那が狙っていた熊のぬいぐるみを手に持っていた。

 恭子は俺と恭子に笑い掛けながら熊のぬいぐるみを顔の前まで持ち上げて、ぬいぐるみの頭部に中指を当てる。


「僕、恭子ちゃんに捕まっちゃった」


 中指で熊の頭部を動かして声を演じる。

 何やってんの?


「らしくないことするなよ。お前がしても可愛くないぞ」


 恭子のクレーンゲームの腕前からすれば、凄腕猟師に捕らえられた子熊のように思えてぬいぐるみの方に同情したくなる。


「きゃはは、らしくないかぁ」


 俺の軽口に恭子は苦笑いを浮かべ、ぬいぐるみを降ろして見つめる。


「このぬいぐるみ、どうしよっか?」

「どうしよっかって、お前欲しくもないのに取ったのか?」

「そうだよ。あっ、早那ちゃん欲しい?」


 軽く認めて早那へぬいぐるみを差し出す。

 早那は微かに笑って断るように顔の前手を振った。


「けっこうです。恭子さんが取ったものなので」

「そっかぁ。早那ちゃんがそう言うなら自分のものにしようかな」


 恭子は釈然としない顔で言いながらも、悪い気はしないのか熊のぬいぐるみを眺めて口元を緩めた。

 早那が俺の服の裾を引っ張って他のクレーンゲームに指を向ける。


「次はあのクレーンゲームしたいな。行こうお兄ちゃん」

「あ、ああ」


 俺は早那の興味に応じて、引っ張られることに気恥ずかしさを感じながらも早那に着いていく。

 あたしも、と恭子が俺と早那の後を追ってくる。

 結局、俺たちは昼食も忘れて夕方までゲームコーナーで遊び倒した。

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