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新神戸駅から高速バスで徳島へ向かった。瀬戸大橋が開業したのは私が小学生の頃で、世界最長の橋として大きな話題を呼んだことをよく覚えている。初めて渡る瀬戸大橋から眺める瀬戸内海にはやたらと小島が浮かんでいた。程なく車窓から海が消え、本州と四国の間は案外短いのだなと思っていたら、バスは淡路島を走っていたのだった。北淡とか西淡とかの地名でそうと気づいたのだが、読み方が「たん」ではなく「だん」というのが面白い。動き出して二時間、バスは徳島駅のバスターミナルに到着した。


ここから一番札所霊山寺の最寄り駅までは電車で三十分なのだが、時刻はすでに午後四時半を回っていた。納経所は午後五時に閉まるため、今からでは受付時間に間に合わない。四国巡礼において、午後五時までに札所にたどり着けるかどうかは非常に重要で、今後のお遍路でもこの制約条件を存分に意識させられることになる。徳島駅近くのホテルにチェックインして荷物を下ろし、今夜はひとまず徳島市街を散策することにした。


駅前通りの植樹帯には椰子の木が並んでいるが、徳島の気温は東京とほとんど変わらない。あくまで南国風の演出なのかもしれない。三月に薄着の服装で来たのは失敗だったなと思った。


例年であれば三月の下旬には大学の卒業式がある。その日、我々教員は手分けして卒業生に卒業証書を手渡すのだった。初めのうちは一人ひとりに対して卒業証書を読み上げたりするのだが、次第に行列が出来てくると読み上げは省略する。もっとも学生はそんな事は気にしている風でもなく、さっさと仲間の元へ帰ってお喋りの続きに戻りたいようである。それが今年はコロナ感染症の影響で卒業式が中止となった。思いがけず、三月の後半に休暇がとれることになったのだった。


徳島駅を背にして駅前通りを歩いてゆき、新町川を越えると正面に阿波おどりセンターなる建物が見えてきた。近くまで来ると壁面が少しばかり反り返った造りになっている。眉山の麓にある建物からはロープウェイのケーブルが延びていて、しばらくすると建物から赤い箱型の乗り物が飛び出してきた。私もロープウェイに乗ってみようかと考えたが、それより腹ごしらえが先と思い直し、アーケードに覆われた商店街に向きを変えた。商店街を歩き始めてすぐに、この中で食べるのは無理だと覚った。人通りの少ないアーケード街ではほとんどが店を閉めていて、明るい調子の音楽が寂しさを際立たせていた。無音の方がましじゃないかと思ったが、どのみちそんなことは誰も気にしていないのだろう。アーケードの反対側に設置されていた「阿波おどり人形」だけが賑やかだった。


結局、徳島駅まで引き返し、駅前商店街にある飲食店の一軒を選んだ。店先に置かれた実物大のお遍路人形が目を引いたのだが、看板には郷土料理の文字も見えてちょうどよい。やはり、旅先では地元の食べ物を試してみたい。店内に入ると席が半分ほど埋まっていた。お客は地元の人ではなさそうだった。やはり表のお遍路人形に興味をそそられたのだろうか。


私が注文したのはわかめうどんにわかめご飯のおにぎり、それとわかめの酢の物という、わかめづくしのセットである。わかめうどんは麺自体にわかめが練り込まれているという珍しい代物で、さしみこんにゃくを思わせる緑色をしていた。うどんにしては細い麺で、食感は盛岡冷麺にそっくりだった。汁に塩気が効いているのが美味しかった。


それにしても、町を行き交う人たちの会話が耳に入り、どこかで聞き覚えのある話し方だと感じていた。思い出せないまま、料理を待つ間もその事を考えていて、突然その答えが分かった。和歌山県出身の同僚に喋り方が似ているのだ。徳島県と和歌山県は海路で結ばれているため、歴史的にも文化圏や民族性が近いのかもしれない。そう言えば、四国巡礼でも八十八か所を終えたら高野山へ向かうお遍路さんが多いと聞く。喋り方が似ているのもきっとそれが理由なのだろう。


鳴門のわかめを練り込んだうどんは思ったよりもお腹にたまり満足した。外は少し寒く感じたので、ともかくホテルに戻った。明日からの三日間は宿泊先もすでに予約済みで、どのくらい歩くことになるのかについてもおおよその目処は付いている。でも、長い距離を実際に歩けるのかどうかの不安はある。ひとまず今夜はきちんと睡眠をとることが大事だ。どうか、遠足前の子供みたいに、興奮して寝られないなどという事がありませんように。

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