第4話 記憶を失った男④


『……っていうのが現状だな』


「そう……」


 早朝……サクラと寝ずの番を交代したフィナは、ツキミはトランシーバーを介して互いの近況を報告し合っていた。


『まず間違いなく、あれは鏡屍(きょうし)だな。 でなければただの未確認生物だ』


 ツキミが口にした鏡屍(きょうし)というのは屍の上位互換……RPG風に言い換えれば主人公に立ちふさがる敵ボス。

鏡屍も蘇った死者であることに変わりはないが、その秘めたる力は他の屍を圧倒する。

人間の限界まで引き上げられた屍の筋力だが、鏡屍はその倍以上の力を持つ。

火や水といった自然を操る魔法のような力も兼ね備えている上、再生速度も段違い

そんな鏡屍の力の源は体内に宿る無魂(むこん)の鏡(かがみ)と呼ばれる鏡の欠片にある。

無魂の鏡は映った者の命を操る力がある鏡。

生者が写ればその命を奪い、死者が写れば命を吹き込んで蘇らせる(ただし、死んでから24時間経ってしまうと効果はなく、加えて効果が適用されるのは1人1回のみ)。

国宝として大切に保管されていたのだが、数年前に起こった”とある出来事”によって無魂の鏡は割れてしまい、複数の欠片となって各地に飛び散ってしまった。

命をつかさどる無魂の鏡が砕けたことで生と死のバランスが崩れてしまい、死者が屍と化してしまったのだ。

鏡屍を倒して欠片を奪い、元の鏡台に全て戻すことで屍は全て土に還る。

それがフィナとツキミが屍と戦っている最大の目的である。


「だけど気になるわね……鏡屍が”一応”人間であるあなたを目の前にして立ち去るだなんて……」


『一応は余計だ……でもそれは俺も思った。 俺がまずそうに見えたのかあるいは……』


「”標的がいる”……かしら?」


『かもな……もしそうだとしたら標的は十中八九あの夫婦だろうぜ』


 鏡屍も例に漏れず、ひどい飢餓状態に陥っている。

そのため、他の屍同様に人間を含めた生き物の肉を欲している……が、例外もある。

鏡屍は欠片の力によって意識や記憶が時間と共に鮮明に蘇る傾向がある。

生前に強い未練(おおよそ怨恨)があれば、一時的に飢餓状態が緩和されるのだ。


『あのすさまじい殺気から見て、怨恨の線が濃厚だな。

そんなに復讐したけりゃやれと言いたいところだが……』


「復讐を果たした所で成仏する訳ではないのだから意味はないわ……むしろ目的を失って無差別に生き物を食い殺すようになるでしょうね……」


『そうなる前に奴を仕留めるか……難儀な話だぜ』


「できなければ私達が死ぬだけよ」


『……お前がたまに11歳のガキなのか疑いたくなるぜ』


「それはそうと……さっきからあなたの声が聞き取りにくいのだけれど」


『鉱山の中にいるんだから文句言うな。 こうして交信できているだけでもお互いラッキーなんだぜ?』


「無策に鉱山に入って迷い人になっているあなたが果たしてラッキーなのかしら?」


 鏡屍を追って鉱山に入ったツキミ……そんな彼が入り組んだ迷路のようになっている鉱山内で迷うのは必然……いざとなれば壁を破壊して道を作ることも可能ではあるが……鏡屍との戦闘を控えている以上、余計なことに体力を使うのは愚策と考えているため”今は”大人しく迷子になっている。


『お前だってこれから無策に鉱山の中に入るんだろうが!』


「そうでもないわよ? 今いる小屋の中を適当に漁っていたら鉱山内部の地図を見つけたから……」


『はぁ!? なんだよそれ!?』


「かつて鉱山を掘り進めていた業者たちが迷わないように作成したもののようね。

かなり古い地図のようだけれど、無策よりはマシでしょう?」


『橋といい地図といい……なんで俺だけこんなにしんどい思いをしないといけねぇんだよ……』


「いい年した男の愚痴を聞く気はないわ。 とにかく私達もこれから鏡屍を探しに鉱山に入るから、あなたもそのまま捜索を続けていて」


『あっそうそう……お前が拾った男はどんな様子だ?』


「どんなって……だらしない顔で寝ているわ」


『”マジで人間なのか?”』


「……」


 ツキミの問いかけにフィナは一瞬言葉を詰まらせた。

その意味合い……すなわち”サクラが屍である可能性”を考慮しているかということ……。


『鏡屍だって色々いるんだ……見た目が人間だからって安全とは言えないぜ?

酷喪失だってそうだとわかるのは本人だけだ……お前に同情を寄せさせて食う腹積もりかもしれない。 そんくらい俺に指摘される前に考えとけよ』


「考えなかった訳がないでしょう? 彼に同行を許してはいるけれど、警戒心は解いていないわ。

何かあればしようものなら即座に撃ち殺せるわ……それにもし、彼が鏡屍なら”私がわからないはずがないわ”」


『そうかよ……ならさっさとそいつ起こして来い。 人を待つのは嫌いなんだよ』


「善処するわ……」


 交信を終えたフィナはトランシーバーを腰のポーチに入れ、床で寝ているサクラを起床させようと声をかける。


「いつまで寝ているの? 起きなさい」


 発生と共にライフルの銃口でサクラの頬をつつくフィナ。

潔癖症やいたずらなどではなく、単に手間を省きたいという怠惰による行為である。


「……ん? うわぁぁぁ!!」


 頬に冷たい感触を感じ……それが銃口であることに気が付いた瞬間、サクラは驚きのあまり飛び起きてドアにぶつかり……ネジが衝撃に耐えきれずドアは壊れてしまった。


「起きて早々何をしているの?」


 悪びれる様子もなくサクラの素っ頓狂な行動に呆れる様子のフィナ。


「いきなり銃口を向けられた誰だって驚くよ!」


「軽くつついただけでしょう? これくらいのことで驚かれても困るわ。

周囲には銃よりもやっかいな連中がゴロゴロしているのだから」


「(えっ? 何これ……私がおかしいのか?)」


 見ていられないと言わんばかりに首を振るフィナの態度に、己の感性を疑い出すサクラ。


「それより出発するからさっさと荷物を持ってきなさい」


「いやあの……」


「……」


「わっわかったよ……」


 言いたいことはあるものの……虫けらを見下すような冷たい視線を向けるフィナにサクラの本能が”逆らうな!”と警告を出した。


「(躊躇なく人に銃口を向けるこの子の機嫌を損ねるような真似をすれば、命に係わるやもしれない……言いたいことはいろいろけど、口にしないほうがよさそうだ)」


 サクラには”フィナに従う”以外の選択肢はなかった。


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「ハァ……ハァ……ハァ……」


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 同時刻……鉱山内に逃げ込んだストレチアとビリアの2人は無我夢中で走り切ったことで息を切らし、石の壁を背に腰を下ろして休息を取っていた。

岩の隙間からわずかに漏れている太陽の光が2人の周囲をほんのりと照らし出す。


「うっ!」


「どうした!? ビリア」


「おっお腹が……痛い……」


「まっまさか陣痛か!?」


「わっわからないわ……でも痛いの……」


 ビリアは大きく膨らむ腹をさすりながら痛みに耐えようとするが、額からは滝のような汗がダラダラと流れていく。

顔もどんどん険しくなっていき……ついにはその場で横になってしまった。

出産予定日まではまだ期日があるため、この場で生まれる可能性は低い。


『おぉぉぉぉ!!』


「「!!!」」


 鉱山内に響き渡る獣のような雄たけび……先ほどの鏡屍がストレチアとビリアを殺そうと追いかけてくる映像が2人の脳内で再生され始め、2人の心にさらなる恐怖を植え付ける。

現時点では予感の域を超えてはいないイメージ映像だが、それが現実になってもなんら不思議でないのもまた事実である。


「ひぃ! まっまたあいつだ! ビリア、逃げよう!!」


「ごっごめんなさい……動けないの……」


 逃げたい気持ちはあるが、陣痛がその場からの離脱を拒んでいる。

本来体をいたわるべき妊婦が無理をして逃げてきたからか、普段よりも痛みが長引いている。


「何を言っているんだ! このままじゃあの化け物に食い殺されるんだぞ!」


「そんなのわかってるわよ! でも体が重いの……」


「(くそっ!)」


 ストレチアの頭に”手を貸す”という考えはなかった。

元々体力がない自分に身重の女性を支えることなどできはしないと頭の中で勝手に結論付けている。


「(こんな時にふざけやがって!!)」


 苦しむ妻を助けようともしない自分を棚に上げ、ビリアの腹にいる我が子に対してストレチアは激しい怒りを覚えた。

言うまでもないことだが陣痛は生理現象……いつどこで起きるかなど誰も予想できない陣痛に怒りだすなど……滑稽とすら思えてしまう愚かな思考である。


「(くそっ!くそっ! いっそのことビリアの腹を殴って子供を黙らせるか?

そうすればビリアは動けるようになるかもしれない……。

僕たちはまだ若いから子供なんてまた作れる。

ビリアの殴るのは気が引けるが、生き残るためだ!)」


 陣痛という名の足かせを外すために、腹の子を殺そうと考えるストレチアの心にひとかけらの躊躇もなかった。

彼にとって大切なのは”妻”であって”子”ではない。

生きる為の仕方ない行動とはいえ、我が子の命を奪うなど……親として人として恥ずべき行為である。


「(こうするしかない……こうするしかないんだ!!)」


 ぼんやりと瞳に浮かぶ汗だくのビリア……そして腹の中にいる我が子目掛けて手探りで掴んだ石を振り下ろそうとしたその時!!


『おぉぉぉぉ!!』


 壁となっている岩の壁を突き破り……鏡屍が2人の前に姿を現した。

その衝撃によってあちこちの岩肌が崩れ落ちていき、天井に位置する岩肌に大きな穴が開いたことでさらなる太陽光が彼らのいる場に差し込んでいくことで、鏡屍のおぞましい姿がはっきりと2人の目に映った。


「うっうわぁぁぁ!!」


 皮肉なことに……鏡屍が姿を現したことでストレチアが腰を抜かしたことで、”父親が我が子を殺す”というあってはならない悲劇を未然に防ぐ結果を招くことになった。


「いっいやぁぁぁ!!」


 距離が近かったこともあり、恐怖心が陣痛を上回って一時的に動けるようになったビリア。

ハイハイの要領でその場から逃げようとするが、たいして進まないため無意味としか言えなかった。


『うぅぅぅ……』


 うねり声を上げながら歩き出す鏡屍……腰を抜かして動けないストレチアに牙を見せる。


「(こっ殺される……殺される……いっいやだ! 死にたくない!死にたくない!!) くっ来るな! 来るなぁぁぁ!!」


 

 必死にナイフを振り回すストレチア……恐怖と涙で崩壊した顔と嗚咽のように漏らす声が自分に都合の悪いことを嫌だと嘆く幼子のような印象を周囲に与える。

無論、これから殺されるやもしれない状況であれば無様とは言い難い。

鏡屍の足元で必死に逃げようと這いつくばる妻への気配りが一切ないというのも、ある意味人間らしい感情なのかもしれない。


『うぉぉぉ!!』


「ひっひぃぃぃ!!」


 鏡屍の咆哮とむき出しの牙にわずかに残っていた抵抗心も失い、最後には我が身だけでも助かろうと背を向けて逃げ出すストレチア。

その姿に妻であるビリアはこのような現状故仕方ないと思う反面、妻と子を置いて逃げる夫にふがいなさを感じてしまった。


ザッ!


「うわっ! なっなんだ!?」


 地面が一瞬柔らかくなり、そこに踏み込んだストレチアの右足が陥没した。

足を取り込んだのと同時に地面は鋼鉄のように固くなり、ストレチアの身動きを完全に封じてしまった。

これは偶然ではなく、鏡屍が能力によって引き起こしたもの。

鏡屍にはそれぞれ特殊能力が備わっており、この鏡屍には土を司る力が宿っている。

地面を自由に移動したり、今のように地面を瞬時に柔らかくしたり強固にしたりすることができたのもこの力によるもの。


「ちっちくしょう! なんなんだよこれ!!」


 ナイフで地面を掘ろうとするが、元が鉱山の土故それは無駄なあがきに過ぎなかった。


『……』


 ストレチアを見下ろす鏡屍の目には憎しみの炎が宿っており、口からはこらえようのない怒りが唸り声として流れていた。


「やっやめろ……やめ……」


『な……だ……』


「え?」


『なぜ……おれ……した……』


 突然鏡屍の口から漏れ出た言葉……途切れ途切れに流れ出るその言葉達はやがて1つの文へと形を整えていった……。


『なぜ俺を殺した!? ストレチア!!』


「!!!」


「しゃっしゃべった……」


 鏡屍が言葉を発したことに驚くストレチア……だがビリアは声そのものに驚いていた。

多少曇ってはいるが、彼女には聞き覚えがあった……というより、なじみ深い声と言った方が良いやもしれない。


「(まさか……でもそんな馬鹿な……)」


『なぜ俺を殺した!? なぜビリアを奪った!?』


「こっ殺した?奪った? なんのことだ!?」


『俺はお前を親友だと思っていた……だがお前は俺を裏切った! 忘れたとは言わさんぞ!!』


「!!!……まっまさかお前……」


 ストレチアの脳裏に浮かび上がる1人の男……それはビリアが声で思い描く人物と同一である。


「いっいや……そんなことは……」


 頭を小刻みに震わせ、必死脳内をリセットしようとするストレチア。

今まで以上に恐怖が彼の体を支配し、鼓動が早まっていく。

そんなストレチアとは対称的に、ビリアが鏡屍に向かって頭に思い描いているその男の名をゆっくりと口にした。


「あ……アネモネ……なの?」


 それはビリアとストレチアのかつての親友……そしてビリアとかつて婚約していた男の名だった。


『……ビリア』


 振り向きざまにビリアと視線を向ける鏡屍。

憎しみと怒りに満ちたストレチアとは違い、ビリアに向けられるその目からは冷たい哀しみが込められていた。




※アネモネとストレチアとビリアの過去話は別作品として後日出したいと思います。

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