第3話 記憶を失った男③
時は遡ることサクラとフィナが出会う数時間前……。
海に囲まれた島……ガデン島に1隻の船が近づいていた。
「……本当にあそこにあるのか?」
「えぇ……間違いないわ。 確かにある……あの島に……」
ダルそうに船を操縦する赤髪の男の名はツキミ。
顔つきはイケメンと呼ぶにふさわしく整っているが、その風貌はどこかやさぐれている。
見た目や体つきは20代に見えるが、実年齢は67歳とかなりの高齢。
かつては騎士団に所属した男で、彼の弓に狙われた者は確実に射抜かれると言われていた。
肉弾戦も常人離れしており、騎士としては最高クラスである聖騎士の称号を国王より授かっていた。
現在はとある理由で騎士団を辞め、訳あってフィナに同行している。
「それよりきちんと前見て運転してくれない?」
「へいへい……ったく! いくら島に行きたいからって免許もない俺に舵を握らせたりするか?普通……」
「私からすれば、11歳の子供に舵を押し付けようとするあなたの思考回路の方が理解に苦しむわ」
この会話からわかる通り……ツキミは船の操縦技術など持っていない。
今船を走らせているのも適当に操縦席にある機械をいじったことで起きた偶然に過ぎない。
彼の隣にナビゲートとして居座るフィナも航海術などなく、地図を片手に行き先を指示しているにすぎない。
ちなみに2人が乗っているこの船も港に停泊していた赤の他人の船……要するに盗難である。
互いにかじ取りを押し付け合うものの……舵に手が届かないというどうしようもない理由でツキミがかじ取りをせざる負えなかった。
行き当たりばったりな航海であるのは2人も重々承知しているものの……島には2人が欲している”あるもの”がある。
どんな犠牲を払おうと……たとえ命を落としても手に入れないといけないものが……。
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「島に着いたとたん燃料切れとは……まあ、ブレーキの仕方がわからなかったから結果オーライだけど……」
島に着いた途端、船の燃料が底をついてしまった。
ギリギリ港に到着したのは奇跡であるが……島から出る手段を失ったことに変わりはない。
『あぁぁぁ……』
上陸した2人を取り囲むように近づいてくる屍達……島はすでに屍が支配する死の島と化していた。
「随分歓迎されたもんだな……お前、島の連中に愛されすぎだろ?」
「あらそう? 女性が随分多いみたいだし……案外あなたが求められているんじゃない?」
「生憎俺の隣は埋まっている」
指をコキコキと鳴らすツキミの薬指でキラリと光る結婚指輪は彼が既婚者であることを示している。
冗談交じりな会話とは裏腹にライフルを構えるフィナ……一方のツキミは装備している弓を構えず、屍達に自ら歩み寄っていく……。
「あぁぁぁ!!」
無防備に歩いてくるツキミに1匹の屍が口を大きく開けて飛び掛かり、牙のように鋭くなった歯で彼の肉体を食いちぎろうとするが……
バキッ!!
「ついでに言っておくが……俺の体は食えたもんじゃねぇぞ?」
襲い掛かってくる屍の首をツキミが手刀で薙ぎ払った瞬間……屍の頭がみかんのようにモげ、残された体は首から血を噴き出して倒れた。
手刀を繰り出したツキミの右腕は機械で作られた義手……屍との闘いで失った右腕の代用品で、かなりの重量がある。
だが屍の首を落としたのは重量ではなく、ツキミ自身の筋力。
足で空を切れば刀のように首を落とし……拳を握れば槍のごとく屍の体を貫通する。
「弓を構えるのもめんどくせぇな……」
背負っている愛用の弓を手にすら取らないツキミのその姿勢は一見油断のように思えるが、これは多くのツワモノと戦ってきた歴戦の戦士特有の目と感覚によって自分との力量さを見極めた故の判断。
さらに言えば、弓矢は本来遠くから敵を射抜く武器。
屍との間合いがほとんど開いてない上に多勢に無勢である現状では、武器としての役割は果たせないと言える。
バキッ!
ブシャ!!
グチャ!!
尋常ではないスピードで屍達の群れに突っ込んでいくツキミ……次々と屍を倒していくその姿はまさに古今無双。
その無双ぶりはフィナが自衛に徹さず援護射撃に専念でき……背負っている弓矢がただのお飾りではないかと疑いたくなるほどの強さ。
周囲を支配していた屍達はアッと言う間に肉塊と化していき……やがてその場に立っているのはツキミとフィナの2人だけとなった。
「あらかた片付いたな……」
10体以上の屍を素手で倒したにも関わらず、息も切らさず顔に付いた返り血を袖でぬぐう余裕を見せるツキミ。
「そうね……」
「ひとまず”アレ”を探すか?」
「そうね……それとこの島からの脱出方法も探さないと……目的を果たした所で出られなければ意味がないわ」
「まあそうだが……船は出払っているみたいだぜ」
2人のいる港は船どころかボートすらない……屍に食い殺された島民達が流した赤黒い血が辺りを彩る無法地帯となっている。
その一部が屍となってツキミとフィナに襲い掛かったのだ。
「代えの船がないのなら私達が乗ってきた船を動かす燃料を探すしかないわね……もともと漁業が盛んな島だから船の燃料がどこかの倉庫に保管されているかもしれないわ」
「だといいねぇ……で? ”アレ”はどこだ?」
ツキミにそう問いかけられたフィナは唐突に目を閉じて感覚を研ぎ澄まさせた……ものの数十秒の集中で何かを感じ取ったフィナがゆっくりと目を開き、島唯一の村であるガデン村に視線を向ける。
「あの村からね……」
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2人は村に向かって歩き出した。
港から村までの道のりは舗装されているので迷う心配はなかった。
だが道中にはやはり屍がうろついているため、戦闘か逃走の二択を随時迫られる。
弾の補充が見込めない田舎の島では逃走が最善の策であるが、屍を素手で倒せるツキミがいるためフィナは迷うことなく彼を前線に立たせた。
「てめぇ、弾を節約したいからって俺にばかり働かせるのはどうなんだ?」
「銃声を聞きつけて奴らが集まるリスクを避けているのだから、文句を言われる筋合いはないわ」
「チッ! 可愛くねぇガキだ」
悪態を尽きながらも、襲ってくる屍達をなぎ倒すツキミ。
物影から突然出てくる不意打ちも何度かあったが、周囲への警戒心が人並み外れたツキミには通用しなかった。
そんな最中……。
ぐしゃぐしゃ……。
「いつ見ても気味の悪い光景ね……」
「うるせぇ……俺だってすき好んでこんなもん食ってんじゃねぇよ……」
そう言ってツキミがかぶりついているのは彼自身が倒した屍の肉。
頭のない屍の首を豪快にかぶりつき、その肉をかみちぎって喉に通す……この動作を一言でいえば食事。
だが屍の肉は腐敗しているため、人間にとって毒と相違ない。
まずいないが、普通の人間が食せば死は免れない。
腐っているため味は食べられたものではないほど最悪。
にも関わらず、ツキミが屍の肉を食すのには訳がある。
※※※
ツキミは騎士団に所属していた頃、屍達との激しい戦闘で右腕を失うほどの負傷したことがある。
彼以外の人間は全員屍に食い殺され、生き残った彼も死を待つだけ……。
だがツキミは必死に生き延びようと抗いたいと願うあまり……屍達の生命力を欲して倒れていた屍の肉に食らいついた。
吐きそうな味に耐え、その肉をむさぼった結果……彼は屍の力の一部を手に入れた。
体を再生することはできないが、どれほどの傷を負っても数日放置していれば完治する自己治癒力……屍を素手でなぎ倒すほどの筋力……。
元々持っていた人並み外れた動体視力も合わさることで、屍を難なくなぎ倒せる半分屍のような存在になった。
無敵と思えるツキミだがリスクもある……。
実はツキミは屍の肉以外の食べ物を口にすることができない。
飲み物は自由に飲めるが、食べるとひどい飢餓状態になってしまい……ほかの屍のように人間を食の対象として見てしまう。
リンゴを一口かじるくらいであればどうにか抑えることはできるが、1個丸ごと口にすればツキミとて飢餓に耐えられなくなる。
そして毒を以て毒を制すの如く、屍の肉は飢餓状態を押さえつける役割を担っており……ツキミは定期的に食す必要がある。
「あー……まず! 口直し口直し……」
屍の肉を2、3度の飲み込んだ後……懐から醤油の入った瓶を取り出し、飲料水のようにガブガブ飲むツキミ。
醤油やお酢などの調味料は食料に含まれないため、口にしても問題はない。
故にツキミは口直しにと調味料を常備している。
醤油のがぶ飲みなど危険極まりない行為だが……特殊な体故、ツキミは体調を崩すことはない。
「終わったのならとっとと行くわよ」
「へいへい……」
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ザァァァァ!!……。
屍を退けながら先へと進んでいく2人だったが、地面に亀裂が走った崖の前で足を止めた。
2人のいる側と村のある向かい側には古びた橋が掛けられている。
下には川が流れているが流れが早いため流される可能性が濃厚である。
その可能性を無視したとしても、上と下の高度差がかなりあるためクッション的な役割は見込めない。
「こういう橋に限って、渡っている最中に落ちたり敵がどっかからぞろぞろ湧き出してくるんだよな……」
「馬鹿を言ってないでとっとと渡りきるわよ……!?」
『カァァァ!!』
上空を飛来する複数の黒い物体……それは屍と化したカラスの大群だった。
カラスのような鳥の屍は人間と比べて耐久力は低いが、大群で空から襲い掛かってくるため倒し切るのが難しい。
その上俊敏さも兼ね備えているため、逃げるのも困難と言える。
「どうしてくれるの?」
「あ? 俺のせいかよこれ……」
「私は走るから、あとは責任を取りなさい」
そう言い残した途端、フィナは全速力で向かい側へ一目散に走り出した。
『カァァァ!!』
フィナの逃走と同時に、カラス達はミサイルのように降下し始めた。
子供の柔らかい肉の方がついばみやすいと直感的に思ったためか、ほとんどのカラスはフィナを追いかけていく。
「はぁぁぁ……しんど……」
ツキミは背負ってた弓を手に取り、腰の矢筒から矢を1本取り出した。
矢じりには協力な火薬が塗り付けられており、わずかな火種で大爆発を起こす。
弓を構え、矢を空へと向けるツキミ。
ダーン!!
走り続けていたフィナが突如として立ち止まり、上空のカラス達目掛けて発砲した。
照準など合わせていない当てずっぽうな発砲故にカラス達には当たりもしない。
だが次の瞬間!!
ヒュ!!
フィナの弾丸を追うように放たれたツキミの矢。
人並み外れた筋力が放つ矢は突風のように加速していく……だがツキミが狙ったのはカラスではなく、フィナが放った弾丸。
これはフィナの弾丸を火種として、矢じりの火薬に着火させようという常人には到底マネできない手法であるがツキミにとっては造作もないことだった。
かつて伝説とまで言われた弓使いであるツキミの人並み外れた動体視力と直感……高速で動く小さな弾丸すら狙い撃つことができるその正確な狙撃の腕を見込んでいたからこそ、フィナは”おとり”になったのだ。
ドゴーン!!
矢じりの火薬に着火し、空中で大きな爆発を起こした。
熱と爆風によって上空のカラス達は跡形もなく消し飛んでしまった。
だがその爆発は同時に……2人のいる橋にまで影響を及ぼした。
爆風で橋を支えているロープが爆風でちぎれていき……支えを失った橋は真っ二つに分かれて崩れていった。
「げっ!」
「くっ!!」
フィナは全速力で駆け出すことでどうにか向こう岸にたどり着き……橋の中央で逃げ道のないツキミは反射的に橋の踏み板を掴み、橋の残骸にぶら下がる形で谷底への落下だけは回避できた。
「おいテメェ!! 危うく死ぬところだったぞ!!」
「火薬の量を誤ったあなたの自業自得でしょう!? それに死にかけたのはこちらも同じ……」
何かを感じ取ったフィナは会話を中断し、再び目を閉じて精神を集中させる。
「どうした!?」
「……”アレ”が動き出した。 行き先はあそこね」
目を開いたフィナが指した場所は、島の周囲を見下ろせるほどの高さを持つガデン鉱山。
「ただ目的地が鉱山なのか鉱山の向こうにある海岸なのかはわからないわね!」
「なら俺は迂回して海岸に行く! 山登りをする気はねぇからそこで合流しようぜ!」
「子供にあんな高い山を登らせるなんて……あなたろくな死に方しないわよ!?」
「高齢者に無理をさせるガキも同類だろ!?」
「わかった!……あまり期待はできないけど、海岸で落ち合いましょう! 何かあれば無線で連絡を取りましょう!」
「へいへい! お互い生きてりゃまた会おうぜ!」
こうしてフィナとツキミは二手に別れた。
それから間もなくフィナはサクラを発見し、2人で鉱山に向かうのだった。
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一方のツキミは踏み板を伝って崖を登った後……1度引き化し、港を迂回して海岸へと向かった。
道中しつこく屍達が襲ってくるが、単身強いツキミには障害にもならなかった。
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そして難なく海岸にまでたどり着いたツキミ。
そこには屍はおらず、海から流れる波の歌と潮風が場を支配していた。
「だっ誰だあんた!? 化け物共の仲間か!?」
海岸には男女の先客がいた。
男性の方は物静かそうな風貌でナイフを持って敵意を露わにしている。
女性の方は顔の整った美しい女性で、腹部に宿る小さな命が大きな膨らみで己の存在を示している。
「人に名前を聞くならまず名乗れよ。 あと俺は連中の仲間じゃない(今のところは……)」
やる気のない顔でわざとらしく両手を上げて敵意がないことをアピールするツキミ。
誠意がない上に島民以外の人間を警戒する節がある男性は構えたナイフを下ろそうとしない。
「あなた……この人は大丈夫そうよ。 ナイフを下ろして……」
ツキミが敵ではないと受け入れた女性が男性の手を掴んでナイフを下ろさせる。
「……わかった」
まだツキミを信用しきれないと若干にらみをきかせているものの……渋々女性に従ってナイフを下ろす男性。
「失礼しました……私はビリアと申します……こちらは夫のストレチア」
「この島の住民か?」
「はい、そうです。 この島で生まれ育ち、3年前に夫と結婚したのですが……」
「突然あの化け物共が現れて、島のみんなを食い殺し始めたんだ……島から逃げようと港に走ったけど、船は1隻もなかった……きっと僕達を置いて逃げ出した連中がいたんだ!」
「そりゃ誰だって我が身が1番大事だろう……!!」
ツキミが何かの気配を感じ取った瞬間、突然地面が激しく揺れ出した……そのあまりの威力にストレチアとビリアはしりもちをついてしまうが、ツキミは踏みとどまって弓矢を構えた。
『うおぉぉぉ!!』
3人のそばで地面が大きく盛り上がり、その中からこの世の者とは思えない化け物が飛び出してきた。
皮膚が腐敗しているため、屍であることは間違いない。
だが姿形は人間にも動物にも該当するものはない。
大きな爪と手……長い鼻に3メートルもの大きな体……強いて例を挙げるならモグラと人間が融合した存在だと思われる。
「ひっひぃぃぃ!!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「チッ!!」
ヒュ!!
『がぁぁぁ!!』
屍の鋭い爪がストレチアに向けられるが、すばやくツキミが右目を射抜いてひるませることに成功した。
「逃げろっ!!」
ツキミの一言で我に返った2人は、鉱山内に続く洞穴に無我夢中で駆け出し、中へと入っていった。
『あぁぁぁぁ!!』
すさまじい雄たけびと共に屍の右目に刺さっている矢が煙のように消滅し……損傷した右目も瞬く間に元に戻ってしまった。
「(ほかの屍と比べて再生速度が速い……こりゃ当たりか……)」
『おぉぉぉぉ!!』
「あっおい!」
屍は目の前のツキミに目も向けず、再び地面の中へと潜っていった。
屍が通った跡と思われる地面の盛り上がりは、ストレチアとビリアが入っていった洞穴へと向かっている。
「あいつらを追いかけていったのか……こうなった以上鉱山に入るしかねぇな。
はぁぁぁぁ……しんど……」
大きなため息をつきつつ、足早に鉱山へと入っていったツキミだった。
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