第2話 記憶を失った男②

 裏口から外に出たサクラとフィナは林を抜けて再び川辺へと赴いていた。

正確に言えば、川に沿って上流へと上っているのだ。

何かと視界を遮る木々の中を歩いていく中で、川は自然が作り出した大きな目印となる。

さらには飲み水を節約及び確保できるため、長距離を歩く分には川辺はベストな環境と言える。


「ところで……私達はどこへ向かっているのかな?」


 移動の最中、足早に先へと進み続けるフィナにサクラが尋ねた。


「この先に大きな滝があるわ。 そこで連れと落ち合うことになっているの」


「連れ?」


「えぇ。 2人でこの島を訪ねた際に屍達に襲われて……やむを得ず二手に別れることにしたの」


「(ここって島だったのか……)。 私が言えた義理ではないけれど、大丈夫なのかい?

その人、化け物だらけのこの島で1人きりなんだろう?」


 フィナの言う通り……サクラ達が今いる場所は四方を海で囲まれた孤島。

大陸との貿易が盛んなため、都市と言っても差し支えない賑わいはあった。

だがそれもかつての話……今は屍がそこら中に蔓延る死の島となっている。


「問題ないわ……彼なら1人でもある程度どうにかなる。

むしろ私達の方が心配なくらいだわ」


「うっ!……」


 溜息をつきつつ、フィナは後方で歩くサクラに冷めたような視線を送る。

歳は幼いものの……身を守る程度の技術は身に着けているフィナ。

ライフルという頼もしい武器もある彼女は戦力として数えても差し支えない。

引き換えサクラの武器は民家を出る前に台所で手に入れた包丁。

かなり年期が入っているようで所々に錆がある武器としては少々乏しいもの。

かといって武術の心得など記憶にないサクラは、現状荷物持ち以上の役割を持てないでいる。

彼女の意図を肌で感じたサクラは気まずくなって目線をそらしてしまう始末。


「まあ……あなたに過度な期待は初めからしていないから、気を落とす必要はないわ」


「(慰めている……つもりなのかな?)」


「滝へ行く前に、少し寄り道するわよ?」


「寄り道?」


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 滝を目指して1時間が過ぎた辺りで、フィナが川辺から一時離れ始めた。

サクラも彼女の後に続き……林の中を突き進んでいく。

そして……木々のカーテンが開かれたそこは……。


「フィナ……ここって……」


「墓地よ? 死んだ人間を埋める場所」


「いや、墓地というのはわかるよ……」


 フィナが寄り道と称して足を運んだ場所は、いくつもの墓石が立ち並ぶ墓地だった。

死者の眠る場所ゆえ、ゾンビ関連のゲームや映画などでも主人公が1度は足を踏み入れる定番スポットと言える。

ゾンビ関連の知識がなくとも、死を連想させる墓地に墓参り以外では訪れたくはないだろう。

まして本当にゾンビがうろついている今、自らの意思で訪れる者はまずいないだろうが……何事にも例外はある。

この2人のように……。


「わかっているならさっさと来なさい」


「えっ? いや大丈夫なの? 墓地なんていかにもあいつらが出てきそうな気がするけど……」


 墓地イコール死……それが動く死体である屍を連想させ、サクラに不安を恐怖を仰ぐ。

それは彼だけに該当するわけではなく、大抵の者が同様の考えをよぎらせるだろう。


「随分と平凡な想像をするのね。 まあ、出ないことはないでしょうけど……町の中を歩くよりはマシよ」


「どっどういうことだい?」


「確かに屍のほとんどは墓地から這い出てくるわ……でも大抵の屍はここから離れていくわ」


「どうして?」


「理由は2つ……1つは食する人間や動物がほとんどいない。

だから大抵の屍は餌を求めて人の多い町へと赴くのよ。

2つ目は生前の記憶……」


「生前の記憶?」


「屍には断片的にだけど生前の記憶が残っているの。

だから生前住んでいた家や思い出の場所に自然と赴いたり、記憶に残った家族や恋人なんかを探しに行く傾向があるの。

まあ結局、人を襲うことに違いはないけれど……どのみち墓地に留まっている屍はほとんどいないわ」


「結構、人間らしさが残っているんだね……って、出た!!」


バンッ!! バンッ!!


 会話の最中、墓地から2体の屍が現れた。

地面からモグラのように這い出るその姿はまさにゾンビ……獲物を狙う目で2人の元へと歩み寄っていくが……難なくフィナがライフルで倒した。

……が、たった今フィナから教授を受けたサクラには遺恨が残る。


「墓地にはいないって話じゃなかった?」


「”ほとんどいない”と言ったのよ。 記憶を失って本能だけで動くタイプだっているわ。

勝手な解釈で私を責めないでもらえるかしら?」


「すっすみません……」


 まるで母に怒られた幼子のような気分に消沈してしまったサクラ。

11歳の少女とは思えぬ彼女の気迫に、物言いをする気は一切湧いてこないサクラだった。


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「ついたわ……」


 そう言ってフィナが足を止めたのは、【カネーションここに眠る】と書かれた墓石の前だった。


「……」


 サクラの目にはその墓が異様に映っていた。

ここまでの道中で彼が見てきた墓石はどれも、屍が地上に出てきた際に掘り起こされた穴がそこら中に見られた。

中には墓石そのものが破壊されている所や血だまりが広がっていたりと……かなり荒れていた。

だがどういう訳か……2人の目の前にある墓にはそう言った乱れが一切なく、平穏を保っていた。


「カネーションって、君の知り合いかい?」


「母よ……」


「お母さん?」


「5年前に殺されたのよ……屍に。

ここに来たのは、母が屍と化していないか確認するため……今のところ大丈夫そうだけど、それもいつまでかわからないわ」


「屍になっていたら……どうするの?」


カチャ!


 サクラの問いかけに、フィナはポンプアクションで答えた。


「親だからといって特別視するわけにはいかないでしょう?」


 客観的な回答を述べるフィナの表情に迷いはなかった。

たとえ実の親であっても屍は撃つ……明確な決意が彼女の目に露わになっていた。


「用事は済んだわ……先を急ぎましょう」


 墓石に一礼だけし、フィナは足早にその場から立ち去っていく。


「(カネーション……)」


 フィナの後を追うサクラの脳にカネーションの名前が響き渡る。

フィナの名前を初めて聞いた時と比べて新鮮味があまりなかった。

記憶に残っているというほどの明確さはないが……言葉の響きが妙に心に引っかかる……というモヤモヤとした気持ちがサクラの中に残った。

言葉に表現することすら危うい中途半端なこの記憶をフィナに伝えることはしなかった。


「(言ったら言ったで、”それを言って私にどうしろと言うの?”とか言われそうだしな)」


 出会ってからさほど時間が経っていない2人だが、すでにサクラの中でフィナの冷めた表情が軽いトラウマとなっていた。

それはサクラのメンタルの弱さゆえか……はたまたフィナの気迫がすさまじいのか……。


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 墓地から川辺に戻った2人は、滝を目指して前進を再開する。

その間、数体の屍が2人の前を遮るものの……フィナが難なく撃ち殺していった。

彼女の射撃能力の高さと常人以上の警戒心が、この無双劇を可能にさせているのだ。

サクラはと言えば屍が出てくるたびに腰を抜かす道化っぷりと見せる始末。

最初こそ呆れた顔とため息を見せていたフィナであったが……次第にノーリアクションへと降格していった。

同時に太陽も徐々に沈んでいき……辺りを暗闇が包み込んでいった。

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「うわぁ……すごいね」


 2人の前にそびえ立つ断崖絶壁……上部から流れ落ちる滝水がすさまじい音を立てて滝つぼを作り……それが川となって流れていく。

まさに自然が作り出した芸術品と言えるだろう。


「この向こう側で落ち合うことにあっているの」


「まさかとは思うけど……これをよじ登るなんて言わないよね?」


「……だったら?」


「!!!」


 そびえ立つ断崖絶壁は下から見上げているサクラに上限がないと思えさせるほどの高さがある。

30階建てのタワーマンションと差し支えないこの断崖絶壁を登ることができるのは、身軽な忍者か巨大な体を持つウルトラマンくらいであろう。


「何を本気で捉えてるの?……そんな無謀な挑戦をするくらいなら、屍達と戯れていた方がマシよ」


「そっそうだよね……」


「馬鹿を言っていないで、あそこで少し休むわよ?」


 フィナの目線の先には、ボロボロの小屋がポツンと建っていた。


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「サクラ、ドアを開けてくれない?」


「え? 私が開けるの?」


「あなた、エスコートという言葉まで忘れたの?」


「いや……まあいいけど……」


 フィナに言われるがままサクラは倉庫のドアを開いた。

幸い鍵は開いており、中に屍もいなかった。


「うっ! 埃っぽいな……」


 だが小屋の中は外装同様に悲惨なものだった。

壁や床には埃がびっしりと敷き詰められており、ドアを開けた瞬間サクラを咳き込ませた。


「ぬぉわ!!」


 ガシャーン!!


 さらには床に散乱していたつるはしやスコップなどの壊れた小道具が倉庫に足を踏み入れたサクラを転倒させる始末。

サクラは床に思い切り顔を打ち付け、手痛い歓迎を受けてしまった。


「あなた何を遊んでいるの?」


 サクラの惨状を見たフィナの第一声……無感情なこの一言は転倒による痛みよりもつらいものがある。


「(まさかこうなることを見越して私を先に行かせたんじゃ……)」


「何?……何か私に言いたいことでもあるの?」


「……ないです」


 無差別に襲い掛かってくる屍よりも無言の圧力を掛けるフィナに強い恐怖心を覚えたサクラ……倉庫に立てかけていた箒で軽く埃を履き、フィナが腰かける最低限の環境を作る羽目になった。

その哀愁漂う背中には、荷物持ちや同行者というより……奴隷や使用人に近い気苦労が背負われていた。


※※※


「それで……どうするんだい? よじ登るのは無理そうだし……迂回するの?」


「迂回はおすすめできないわね……時間が掛かりすぎる上に左右どちらも深い森に覆われているわ。

道も整備されていない獣道ばかりだし、無策に進めば遭難するのがオチね」


「じゃあどうするんだい?


「ここを突き抜けるわ」


「つっ突き抜けるって?」


「一見ただの断崖絶壁に見えるけれど、ここは昔……鉱山だったの」


 2人の今いる地点から見れば断崖絶壁に見える土の壁だが……そこはガデン鉱山という山。

かつてそこには心石(しんせき)という魔石が発掘されていた。

心石はいわゆるエネルギー資源……石油や石炭クラスとは言わずとも希少価値はそれなりに高い。

多くの人たちが心石を求めて鉱山に集まったが……3年半ほどで心石を取りつくしてしまい、土の肌をむき出した無残な姿のまま鉱山は放棄されてしまった。

蛇足だが、2人が休息を取っている倉庫も発掘の名残である。


「石に目がくらんだ連中があちこち発掘したことで鉱山には無数のトンネルが迷路みたいに広がっているの。

そこを通れば滝の向こうにたどり着けるはずよ」


「ずっ随分詳しいんだね……フィナって」


「この島の出身なんだから当然でしょう?」


「え?……君の故郷なの?この島」


「そうよ? とはいっても……この辺りに来たことはほとんどないから、あまり頼られても期待には応えられないわよ?」


「そっそうなんだ……」


「さて……すぐに出発したいところだけど、夜に行動するのはリスクが高いし……ここまで来るのに体力をそれなりに使ったから……ひとまずここで仮眠をとることにしましょう」


「え? でも寝ている間に屍がここに来たらどうするんだい?」


「来たら私を起こしなさい。 深く眠ったりはしないから、少し揺さぶれば起きるわ」


「起こせって……? 私は起きていなくちゃいけないの?」


「当たり前でしょう? 番もなしに仮眠を取るなんて愚か者も良いところじゃない」


「……」


「3時間ほど仮眠を取ったら番を代わってあげるから、それまでしっかりと見張っていなさい」


「(強引な気もするけど……フィナの言っていることは最もだな)」


「そうそう……念のために言っておくけど、仮眠中に良からぬ情を見せたら容赦なく屍達の仲間になってもらうから」


「良からぬ情って?」


「……わからないのならいいわ。 おやすみなさい」


 記憶喪失故か……フィナの言葉の意図を読み取れなかったサクラ。

だが今回に限っては、その察しの悪さは幸を招いた……のかもしれない。


「(フィナって……妙な寝方をするんだな……)」


 フィナはライフルを抱いたまま、背中を壁に預けた状態で眠りについた。

この態勢で十分な睡眠を取るのは至難の業であるが、その分いざという時に俊敏に動くことができる。

こうして2人は倉庫の中で夜を明かすことになった。


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 同時刻……鉱山内に1人の男が足を踏み入れていた。


「……迷ってしまったみたいだな」


 グチャ……グチャ……。


 男は足元に倒れている首のない屍の襟元を掴み……大きく口を開けて首元にかぶりついた。


「まじぃ……この味だけは慣れねぇな……」


 悪態をつきながら屍の肉を頬張る男……彼こそがフィナの連れ……ツキミだった。

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