第24話 やっと見つけた

 正直、今回の黒髪の女もあの三人と同じかもしれない。しかし、しらみ潰しに探すしかないのだから確かめる価値はある。その一新で、目の前にいる茶髪の女を追う。黒髪の女と姉妹のような関係であれば楽である。しかし、毎度のことだがそんな都合の良いことはない。


 結局、その日は茶髪の女の家を特定するだけで終わってしまった。内心知りたいのはお前のことではないと思いつつ、着いてきたのは俺自身の意思だという気持ちで相殺する。しばらくの間、定期的に茶髪の女の後を追えば、黒髪の女に会える。その事を信じて疑わずに、俺は仕事へと戻った。


 それから三日ほどたった火曜日の午前中。先日俺を脅してきた男から突然電話がかかってきた。仕事中とはいえ、偶然にもパトロール中であったため、木陰に身を隠すようにして電話に出る。


「ワンコールで、でろよッ! くそがッ!」


 電話に出ると、直ぐでなかったせいか、怒りを含んだ声で怒鳴ってきた。酒か薬か……どちらのせいかは分からないが、大量に摂取したようで呂律が回っていない。


 あまりにも呂律が回っていなかったのと同時に頭も動いていなかったようで、話の内容も聞き取りづからかった。どうにかこの男が話しそうな内容と、今話している内容をすり合わせ、脳内で謎を解読するようにして話をまとめる。


 結論からいうと、男の言っていることは"廃寺まで薬を持ってこい"ということだった。相手は正常な思考を抱いていない。これほどまで殺すのに適した時間はそうそう無いだろう。薬は事前に盗んでおいたので、今日計画を実行するとしてもなんの問題もない。二週間かかるといったのにこんなにも早く連絡を寄越してきたのも、今なら許せる。男の言う大雑把な集合時間より先につきたいと願うくらいに心は軽かった。


 さっそく、午後のパトロールへ行く時間と集合時間が合うように予定を確認し、隙をみてナイフ等を取りに帰る準備をしながら、駐在所で待つとしよう。こんなに計画を上手く進めさせてくれるんだ。お礼として一突きで殺してあげよう。そう考えながら鼻歌を口ずさみながら午前のパトロールを終える。


「おっ、勇治。なんか良いことあったのか?」


 同僚が微笑みながらそう話しかけてくる。何故微笑んでいるのかは分からなかったが取り敢えず返答をする。


「あぁちょっとな」


 軽く返すと、同僚は内容気になるのか落ち着きのない態度をとっている。面倒だ……ああ、だがここにいるのは丁度良いのかもしれない。


「なあ、そういえば署の方から今日の三時半こいって連絡があったよ。何でも連続殺人について聞きたいそうだ」


 そう言うと、同僚は何か思い当たることあるのか"分かった"といい、なにやら考え事を始めた。呼び出しが嘘だと疑いもしない。当然だろう、なにせこの事件に対して熱心に捜査をしており、一番新しい女の死体の通報にいち早く駆けつけた人物であるからだ。


 事件の違和感や見聞きした情報についてを聞かれると思っているのだろう。そう思うと、少し笑みがこぼれる。俺はそのこぼれた笑みを元に戻し、思考途中の同僚に声をかける。


「パトロール変わっておこうか?」


 こうやって、あえて提案の形をとる。そうすることで、相手は俺を配慮の出来る優しいやつだと思うのだ。


「良いのか? 悪いな! 今度酒でも奢るから!」

「おっ、楽しみにしてるよ!」


 果たしてその酒はいつになるのやら。何とか自分の好感度を下げず、むしろ上げてパトロールの言い訳を作ることが出来た。いつも通り上出来だと思う。


 話は変わるが、この同僚は俺が事件の犯人だと知ったらどう思うのだろうか。軽蔑するのだろうか。普段から"この事件の犯人は屑野郎だ"と言うくらいである。きっと覚めた目で見られるだろう。それか、案外絶望等の顔をしてくれるのだろうか。少し気になってしまい、そこから生まれた好奇心は口を動かそうとしてくる。必死に手で抑え、俺は時間まで仕事をするべく意識を切り替えた。


 約束の時間が刻一刻と近づくなかで、唐突に近くの高校のチャイムがなる。ここまで聞こえるものかと思い外へ出てみると、天候があまりよろしくないように感じた。今日廃寺に行く時は傘を持っていった方が良いのかもしれない。


 俺の予想は的中したようだ。いや、これは予想以上かもしれない。多くの雷が空で裂け、雨は一粒一粒が力をもって傘へと落ちている。こんな天気の状態でわざわざ山の方まて行かなければならないということに対して面倒に思ってしまう。


 しかし、こうなってしまっては仕方がない。人間に天気なんて操ることは出来ないのだから。これであの男を殺し易くなったとでも思うとしよう。そうやって呑気に考えながら集合場所へと向かう。その時であった。俺に運命の出会いがあったのは。母と同じ雰囲気をまとった女とぶつかったのは。


「すみません」


 顔を伏せながら、小さい声で確かに言った。突然のことに体が固まってしまう。とっさに女の腕をつかもうもするも、その思考に至った時には遠くに姿があった。まだ行かないで欲しい。その一心でなにも考えず、傘を投げ出して追いかけた。しかし、雨による視界の悪さも合間って見失ってしまった。なんてことをしてしまったんだ。こんな二度とないチャンスであったのに。


 しばらく雨の中で立ち尽くす。時間が経つと、次第に精神的、物理的の両面で頭が冷えた。あの黒髪の女はもう見失ってしまった。だが、あの女は制服を着ていた。それだけでも収穫があったとしよう。今はあの男のところへ行き、さっさと薬を渡さなければ。中身は大麻なこともあり、最初は微かに甘い香りを漂わせていたが、俺と一緒になって雨にうたれたせいで消えてしまった。もったいないことをしたと思う。


 少しずつ山を登り廃寺へとたどり着く。腕時計を見れば、約束の時間まで残り数分という程度であった。雨でなければもっと早くつくことが出来たのにと悪態をつきながら、先にきているであろうあの男の姿を目で探す。しかし、一向に見つかる気配は無かった。


 しばらくその場で待つことも考えた。しかし、あそこまで薬を欲しがっていた男がこないなんてことがあるのだろうか? 可能性は低いだろう。そう考えた俺は、辺りを歩いて散策することにした。すると、目立たない場所に洞窟があるのを見つけた。


 こんな場所に洞窟があったのかと驚きつつ中身を除く。パッと見なにもないように感じたが、足元に倒れた体があったのである。しかも、よくよく見ればその体はあの男のものだと分かった。殴られた後が痛々しく残っている。どういうことだ? 誰がやったんだ? 疑問と共に先程の光景が脳内にフラッシュバックする。


 あの黒髪の女はとても焦った顔で走っていた。言うなれば何かから逃げるようであった。そして、今この場所はあの黒髪の女が去ってからそう時間はたっていない。他にすれ違った人物もいない。そしてここに来るまでには、必ず今通ってきた道を通らなければならない。


「ハッ、ハハッ! マジかよ!」


 思わず声を出しながら笑ってしまう。まさかあんなにイキがっていた男が! たかだか女子高生に殺されるだなんて! なんて滑稽なんだ! 余計にあの黒髪の女に興味が湧いてきた。絶対に見つけ出してやる。


 そう強く心に願いながら、俺はこの死体を上手く偽造することにした。心臓に持っていたナイフを刺し、山を経由しながら人通りの無い道を選び、河川敷まで死体を運ぶ。因みにだが、あの黒髪の女がこの死体を作り出すために使ったであろう石は、しっかりと埋めておいてある。まだあの黒髪の女が捕まってしまうのは困るのだ。


 次の日早朝、急いで河川敷の方へと向かう。俺は、死体はまだそのままであり、誰にも見つかっていないことに安堵した。すると遠くから一人、男子学生がこちらへやってくるのが見えた。幸い相手はスマホに夢中で、俺の存在に気付いていない。丁度いい、コイツに押し付けてしまおう。


 男が河川敷を通ったタイミングで近くに石を投げ、河川敷に注目を向けさせる。するとこれまたうまいように動いてくれた。そして俺は颯爽と現れ、男子学生から話を聞く。どうやらバレていないようだ。


 さっさとこの事件も終わらせて、黒髪の女を迎えに行かなければ。

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