第22話 探さなければ
とはいえ、母さんの代わりとなれる人物なんてそう簡単に見つかるわけがない。だが、探す価値がないなんてことはないだろう。少し優しい目でみれば……可能性は十分にある。多少妥協すれば何とかなるかもしれない。だが黒髪は絶対条件だ。母さんを連想した時最初に出てくるほど、母さんと言えば黒髪であるのだから。
他に絶対あるべき要素はなんだろうか。人を包み込む優しさ? 庇護欲を掻き立てる言動? それとも光のない目? 考えれば考えるほど要素が増え、探す難易度が高くなってゆく。あまり高いと見つかる可能性は比例して下がるものの、妥協する部分は減らしたいというのが本音だ。こうして俺の
始めに目を付けた女は、他人に対して優しい心を持っていたOLだった。初めて駅でみかけたその女は、切符の買い方が分からない老婆に話しかけていた。
「えっとですね……まずここを押して……」
相手に目線を合わせ、必死に助けようとしている姿は、母さんが俺に優しさを与えてくれた時の姿と似ているように感じた。
別の時、その女は小学生から挨拶をされていた。
「おねーさんおはよう!!」
「はいおはよう」
周りはろくに返事などしていなかったが、その女だけは笑顔で手を軽く振りながらそう返す。この女なら、母さんと同じ優しさを持っている。そう感じた俺は、偶然を装って接触することにした。通りすがりに財布をすり、落としたていで話しかける。
そこからの進展は早かった。俺たちは何回も朝に顔を合わせ、一週間で連絡先を交換するまでに至ったのである。まあ、全て計画的なものであったのだが。仲良くなることには成功したものの、問題が生まれた。この女は何にでも優しすぎたのだ。言い方を悪くすれば、綺麗事ばかり吐く女であった。母さんは確かに優しかったが、綺麗事なんてほぼ言わないに等しかった。そして、こんな女と接し続けた俺は、次第にその女に対して嫌悪感を抱くようになった。
距離を少しずつ離していたある日、いつも通り帰宅してドアを閉めようとすると、足が遮ってきた。誰だと思い扉を開けると、現れたのはあの女だった。これがストーカーというものか。そう嫌に実感してしまった。
「いや、あの! これは違くって!」
女は俺に嫌われると思ったのか、ひたすらに弁明をする。たまたま見かけたから声をかけただけ。この近くに住んでいる。どれもこれも怪しいことに代わりはない。
「悪いけど早く帰ってくれないかい?」
俺が真顔で、強く帰るように言うと、女は嫌われたと確信したのか必死に謝ってきた。声が鬱陶しくて仕方がない。存在がうざったらしくて仕方がない。こんな女は
そして女に肩を掴まれたその時、勢いよく手を払った。女は、体制を崩してコンクリートの地面へ頭から倒れた。立ち上がろうとしない女に近寄ってみると、血こそ出ていないが死んだように動かなかった。脳震盪でも起こしたのだろう。そして、この状況に対して分かったことは、さっさと殺してしまった方が楽だということだった。
「なんだ、簡単なことじゃないか」
しかし、このままだと俺が今まで作り上げてきた信頼は全て消え去ることになる。代わり探しなんてもってのほかだ。ならやるべきことはただ一つ。この女との関係性等の隠滅だ。連絡先は消し、指紋等も残らないように心がけ、ナイフを刺して死因をカモフラージュした死体を山に捨てる。後はいつもの日常に戻った。早く代わり探しを再開しよう。
二番目に目を付けた女は、俺がいた交番に落とし物を届けにきた大学生であった。その女は、手続きの最中にした世間話で、内定が貰えたと言っていた。
「良いことばかりじゃないですけど、やれることはやりきりたいなって思うんです」
前の女とは違い、庇護欲を掻き立てられる言動をする女であった。この女なら代わりになるかもしれない。
また偶然を装って顔を合わせ、連絡先を交換した。ここまでは前回と一緒だ。前の女とは違って話していて不快に感じることは少なかった。相変わらずというか、母さんと違う点は多く残っていた。しかし、前の女のように強い嫌悪を抱くことはなかったのでスルーして過ごしていた。
やがて一ヶ月が過ぎた。その頃の俺達の仲は比較的良好で、俺の家に招くくらいであった。だが、俺はその女に対して母さんの代わりという感情しか抱けずにいた。しかし、俺はこのままで構わなかった。俺は生きるために代わりが欲しいだけであり、そこに愛なんてものはいらないという考えだったからだ。しかし、女はそう思っていなかったようだ。
「浜北さんって結婚についてどう思います?」
時々結婚等の言葉をちらつかせるようになったのだ。最初はスルーで何とかなっていたものの、また嫌悪感が生まれてきた。困ったものだと自分でも思っている。だが同時に生まれてしまった感情はなかなか消えぬものだとも、身に染みて感じていた。
一度嫌悪感を抱いてしまえば、今までスルーしてこれていた言動にも目がいってしまうようになった。
「私がやりますから! 浜北さんはゆっくり休んでください!」
この女は時々お節介なところがあるのだ。俺に家事をやらせてくれといっても頑なに譲らない時だってある。やっぱり母さんと違うんだと、そう思わずにはいられなかった。
さて、どうやって別れようか。幸いにも同僚や近所の人には俺に女がいるだなんてバレていない。勿論、人を殺したことさえもだ。同僚はともかく、この辺りの住人はことなかれ主義の面が見られるので、一連のことがバレたとしても根回しと脅しをかければなんとかなるだろう。
とある日に、女は連絡もなしに家にやってきて家事をやろうとした。無理やりやろうとしていたわけでも、悪意や自分をよく見せるためにやろうとしていたというわけでもないとは分かっていた。前の女よりだいぶましである。ましではあるが、運が悪いのかその日はとても疲れていたので、他人の言動に敏感になっていた。
女は余計に心配を加速させ、俺に構ってきたが、鬱陶しくて仕方がなくなってしまった。しかし女は言葉をかけ続ける。
「浜北さん? 大丈夫? 何か私に出来ることある?」
全て善意だと分かっている。しかし、その時俺の中にあったのは、お前は
苦しさよりも理解できないという感情が強く出ている点も、母さんと違う。どうやら、俺自身が思っていたよりも母さんと似ていなかったようだ。しっかりと死んだことを確認して証拠隠滅に取りかかる。前回同様ナイフでしっかりとカモフラージュし、死体を山に捨てる。今回は首を絞めての殺害だったので意味はないと分かっていたが、気付けばナイフを刺していた。無駄なことをしたと自分でも分かっている。
たった二、三ヶ月で既に二人を殺しているのにも関わらず、警察は俺が犯人だと思っちゃいなかった。俺自身が警察で、多少の証拠を捏造できたというのと、周りからの信頼が厚かったというのも一因だろう。自分も警察なので他人事ではないが、これには思わず無能だと思わざるを得なかった。
取り敢えず、代わりを探すためだけにここまできたのだ。さっさと切り替えていかなければ。俺は、スマホに写される"愉快犯によるものか?! 黒髪連続殺人事件まとめ!!"という記事を横目に、仕事へ行く準備をした。記事に対して思うことはない。ただ、本当に俺が犯人だとバレていないのだと実感しただけである。
強いて一つ、記事に対しての不満をあげるなら、俺は愉快犯ではないということだけだ。
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