第29話 言ってくれない彼女

 あれから、僕はテストの用意やその他行事の準備等により、怪異について調べることができずにいた。神出のことは気にかけているが、だんだんと元気がなくなっているように感じる。元気がないというより、だんだんと彼女を纏う雰囲気が暗くなっているといった方が正しいのかもしれない。


 また彼女を呼び出し、相談に乗るということも考えてはいるが、忙しさも相まって僕はそれが出来ずにいた。まだ日常生活に支障は出ていないのだ。まだ大丈夫だと、そう信じていた。しかし、それからしばらく経ったころ、日常生活にまで影響が出たのだ。


 それは十一月の頭あった中間テストの採点での事である。いつも通り丸をつけていたのだが、彼女の答案用紙は細かなミスが多かったのだ。多いと言っても、他の人からしたら少ない方ではあるのだが、いつも堂々の一位を取っている彼女にしては多いのである。これには、各教科の担当の教員も驚いている方が多かった。


「珍しいな。神出さんがこんなにミスするなんて」

「何かあったんですかね? そうじゃなければ急にこんなに点数下がりませんよ」

「まさかいじめとか? いやでもそんな話は一切聞いていないし……」


 そのように驚きを隠せずにぼやく先生方が多かった。いったい彼女の身に何があったのだろうか。やはり一番最初に思い付くのは家族関連だろうか。僕が勝手に危惧していた、"重圧に負ける時"が今来たのだろうか。決めつけるのはよくないが、ついついそれが正解だと思ってしまう。それに、他に何か思い付くのは何かと言われると……。


 いや、一つあるかもしれない。この地域にいるとされる怪異だ。化学教師なのにこんな非科学的な事を言うのはあれだが、あくまでも仮説なので許して欲しい。やはりこれ以上後回しにしない方が良いのだろうか。この時の僕は、ただ考えることしか出来なかった。


 テストを返した日、僕は相変わらず仕事に明け暮れていた。今はまだ外が明るいものの、ペースや仕事量を考えると、今日はギリギリまで残業コースである。早く家に帰って映画でも見たいと考えながら手を動かすも、だんだんとお腹が空いたり、集中力が欠けてしまったりした。


 このままでは効率が悪い。そう感じた僕は、近くのコンビニでパンを買ってくることにした。購買が開いていればそこで買ってしまったのだが、今はお昼時をとっくに過ぎているので仕方がない。先程生徒が下校したばかりなので、遭遇しそうだと思いつつ、僕はコンビニへと足を動かした。


 コンビニまでたどり着き、種類の多いパンや飲み物を簡単に選びながら、会計を済ませる。すると、自分の高校の生徒が入ってきたのだ。僕は、何故かとっさに棚に体を隠してしまった。実を言うと、コンビニには勝手に来ているので、他の先生にチクられでもしたら気まずいのである。別に駄目というわけではないが。


 しかし、誰がやってきたのかは知りたいと思ったので、そのまま棚の影に隠れ顔を見ると、その生徒が見知った人物であるとわかった。神出だ。そう言えば、いつもこの曜日は塾であると、本人から聞いたことがある気がする。塾に行く前の軽食でも買いに来たのだろうか。


 そう呑気に考えながら、取り敢えずは早くここを去ろうとする。すると、コンビニの外に違和感を感じた。誰かが店内を除いているように感じたのだ。とっさに外を見るも、誰もいない。


 神出がこちらを見ていない隙をついて、コンビニから外へと急いで出ても、誰の姿もない。違和感は消えずに残っていたが、時間に余裕があるわけではないので、高校に戻りながら先程の状況を考える。


 しばらく考え続け、やっと職員室前の廊下までやってきた時、ふと頭にあることが思い浮かんだ。僕の思い違いの可能性もあるが、視線を感じたのは神出がやってきた後だった。ということは、神出がストーカーの類いから後をつけられているのでは無いだろうか。


 とっさに足が止まる。今から戻っても確実に神出はもういないのは分かっている。ならどうすればいい。今の僕は何をすれば良い。いや、落ち着け。あくまでも憶測を、妄想の域を出ないのだ。それに、そんな不確かなことを他の教員に言えるわけもない。結局、今はただただ思い違いだと自分に言い聞かせることしか出来なかった。


 それから二日後、今朝は警察が学校までやってきた。誰かが何かをやらかしたのかと思い、話を聞いてみると、高木が容疑者になっているようだった。よくミステリー等では第一発見者が犯人だなんてシチュエーションがあるが、高木は高校生だ。だからというわけではないが、僕は高木が犯人だとは思えなかったし思わなかった。何故警察がわざわざ容疑者になっていると言いに来たのかは分からないが。


 そう言えば、神出は高木と世間話くらいする仲であったはず。もしかしたら何か知っているかもしれない。それに、神出は今は色々とあるはずなので、相談できる場を作るべきだ。僕に話してくれるかは別問題になってしまうが……。僕は昼休みに神出を呼び出した。


 前と同じ時間に職員室へ現れた神出に、談話室で話そうと言って連れていく。談話室は普段使う機会なんて無いので、少し埃っぽかった。こんなことなら空き教室の方がまだましだったと思いつつ、彼女をソファーに座らせる。


「少し埃っぽくて申し訳ないね。突然だが聞きたいことがあってね」


 神出は、突然そんなことを言う僕をただ見るだけであった。僕は続ける。


「一ヶ月以上前に河川敷で起こったとされてる事件について知ってるね」


 生徒間でも大分噂になっているはずだ。知らない可能性もあるが、知っている可能性に賭けて会話を進める。


「殺人事件のことですか?」


 その返答を聞き、次の話題に移す。


「そう。それであってる。その事件に関することなんだが……今高村が容疑者になっている」


 すると、リアクションは薄いものの、回りから見ても分かるくらいには驚いていた。無理もない。なにせクラスメイトが容疑者にだなんて、相当嫌いな開いてじゃない限り喜べないだろう。


「そこでだ。神出は高村から何か教えて貰っていたと他の人から聞いてな。何を言われたんだ?」


 本当は聞いてなんかいない。神出が聞いているという可能性に賭けたというか、かまをかけた。すると、神出は何か聞いていたのか、少し思い出すような素振りをし、数分後に口を開いた。


「俺は第一発見者なんだ。犯人早くつかまれよ。ということを少し強めな言葉選びで言っていました」

「……そうか」


 思わず淡白な返答をしてしまう。高木はそんなことを言っていたのか。まあ仲の良い人やクラスメイトにしか言っていないだろう……と信じたい。すると、僕が少し考え込んでいるのを見て、何か思ったのか、神出が突然こんなことを言い出した。


「末兼先生は高松さんを疑っているんですか?」


 突然こんなことを聞いたのだから、少し不安になったのだろうか。勿論答えはいいえ一択だ。いくらなんでも、高木がそんなことをする人物だとは思えないし、たったこれだけの情報で信じてしまうほど僕は馬鹿ではない。


「いや、正直信じていない。だが話を聞いたところによると高村を一番始めに見つけた警官が高村を疑っているらしい」


 先程警察から聞いたことと、僕の本心をハッキリ話す。信じてくれたかは正直分からないが。また沈黙が続く。このままではただ無駄に時間が過ぎるだけだと考えた僕は、もう一つの気になっていたことを話すことにした。


「神出、前にも聞いたが何か悩み事はないか?」


 今度こそ何か言ってくれるのではないかという淡い期待を抱いて聞く。しかし聞こえてきたのは前と同じ答えだった。


「無いです」


 そんなはず無いだろう。彼女は今、こんなにも辛そうに見えるのに。僕は、以前より諦めるという考えを失くしてしまっていた。


「本当か? 些細なことでもいいんだ。両親のこととか、何かにつけられてるとか」


 そして、あろうことか妄想の域を出ないことまで口走ってしまったのだ。確定するまで、これ以上の不安を煽らぬように黙っていようと考えていたのに。これには、神出も少し睨んだような顔をし、"つけられている? "と聞き返してきた。


「あっ、ああいや、なんでもないよ。急に変なことを聞いて悪かったね」


 このままでは不味いと察し、とっさに話題を変える。


「それより、なんだ。神出は綺麗な髪をしてるよな。何か特別な手入れとかしているのか?」

「いえ……特になにもしていません」


 あまりにも内容のないスカスカなことを聞いてしまい、自分がいやになってしまった。心なしか、神出も怒っているように感じる。相談にのるはずが、自分の勝手な発言で台無しにしたのだ。今はただただ落ち込むしかない。


「これ以上用件が無いなら私は失礼します」


 そう感じたのが間違え出ないと言わんばかりに、神出は談話室を出ていってしまった。

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