第28話 聞いてみた僕

  次の日、昨日の事が忘れられずに出勤すると、職員室が昨日のように騒がしかった。何があったのかと耳を傾けると、どうやら河川敷で死体が見つかったらしい。最近殺人が多すぎないかと思うが。


 さらに聞き耳を立てると、第一発見者は二年A組の高木だという。彼は少々お調子者だがやる時はやるというタイプだったと記憶している。これから警察に話を聞かれたりするだろうが、彼ならしっかり話せるだろう。


 いつもと変わないようにして授業を始める。高木は今朝あったことなど気にも止めていない態度で、いつも通り授業に出席していた。死体を見たというので心配だったが、そんなものは杞憂であったようだ。神出の方も何事もなく授業に出席している。やはり雨の中で見た生徒は神出ではなかったのかと考え、僕は授業を進めた。


 一通り板書を終え、生徒が書き終わるのを待ちながら、教室を回る。内職をしている生徒もいるがまあ良いだろう。さあそろそろ再開するかと思うと、突然神出が手を止めた。しかし、書き終えたようには見えなかったので、いつものように質問でもあったのかと声をかけることにした。


「ん? どうした神出。質問か?」

「……いえ、なんでもないです」


 僕の予想とは違い、考え事をしていただけだったようだ。普通の生徒ならそれで終わりだが、神出なら話は違う。なにせ彼女は一年の頃から考え事なんてせず、ひたすら集中して授業を終えていたのだ。内職も居眠りも一度もしたことがない。言ってしまえば、彼女にも悩みはあるだろうが、少なくとも授業中に考え込むなんて事はしない人物なのだ。


 家で何かあったのだろうか。それとも昨日僕が見たのは神出で、何か事件に巻き込まれたのだろうか。本来、このように一人の生徒に対してのみ心配したりするのはよくないのかもしれない。だが、僕はその時、妙な胸騒ぎを覚えていたのだ。ここまできて僕はやっと決心し、昼休みに神出を呼び出すことに決めた。


 昼休みになり、忙しなく作業をしながら、今朝ほどは騒がしくない職員室で、持参したコンビニのパンを食べる。隣では、金原先生が愛妻弁当を食べながら作業している。正直、お弁当は羨ましいと思ってしまう。数分経って、自分の手にあったものを食べ終えると、丁度扉の方で神出の声が聞こえた。


「失礼します。二年A組の神出です。末兼先生に用があってきました」


 その場に立ち上がり軽く手招きをして、こちらへ来るように誘導する。神出は無表情であったが、何故呼び出されたのかは分かっていなそうだった。あまり神出の時間を取らせたくなかったので、単刀直入に聞いてしまった。


「神出、最近お前何か相談事とかないか」

「相談事ですか?」


 神出が不思議そうな顔をしながら聞き返してくる。もし、昨日何かあったなら僕に教えてくれると信じて聞いてみたが、反応を見るに失敗したと悟るのは容易であった。僕と彼女の間に沈黙が続く。


 このままでは埒が明かないので、あえて昨日見たことには触れずに深掘りしようとした。彼女に悩み事があるなら、それは授業中に唐突に手が止まるくらい悩んでいるはずだ。そこまで悩むなら、元担任の僕に自分から相談してくれると、そう思った。


「例えば……親御さんのこととか、勉強のこととか。何かないか?」


 神出の反応は変わらず淡白であった。即答というわけでは無いものの、深く悩んだような素振りは見せずに言葉を返す。


「特に無いですね」


 まるで元々答えが決まっていたような言葉だ。これには、僕では相談をするに値しなかった、何も役に立てなかった。そう思わざる終えなかった。本当に悩みがなかったという可能性もあったのに、僕の脳内ではその可能性を何故か消そうとしていた。


「そうか……わざわざ呼び出して悪かったな。戻って良いぞ」

「分かりました」


 神出がこの場を去ろうとすると、コピーを取ろうと立ち上がった金原先生とぶつかり、尻餅をついて倒れてしまった。とっさに口から声が出る。


「大丈夫かい?!」

「おっと……神出さんすまん!!」

「いえ、こちらこそすみません」


 僕は目の前で起きた一瞬の出来事に慌てることしかできず、二人の姿を眺めていた。金原先生はプリントの後を追い、少し離れた所に行ってしまった。紙がよく飛ぶのは、教員になってから何回も実感しているので、金原先生のプリントを追いかける気持ちは分かる気がした。


 そんな少々慌てている金原先生とは真逆で、神出は倒れる前と変わらず冷静そのものであった。もう少しリアクションしてもいいのではと思いつつ、彼女に手を差し出そうとするも、先に立ってしまった。


 その時、神出の制服から床に何かが落ちてきた。古びたブレスレットだ。僕は、先程何も出来なかったことへの罪悪感を消すように、そのブレスレットを拾い上げ、神出に渡す。


「綺麗な組み紐だね。大切にしなさい」

「ありがとうございます」


 その言葉を最後に、神出は職員室から去っていった。後から、一瞬だけさわったブレスレットがやけに不気味に思えてきた。何故あんなものを持っていたのだろうか。神出は両親が両親なのでお金に困っていないため古いものを持っている印象がない。それに、ブレスレット等の小物も持っているのを見たことは無いに等しい。


 大切なものなのか? それにしては執着が薄い気もする。答え合わせが無理に等しい問いに脳を働かせていると、プリントを拾い、コピーを終えたであろう金原先生が席に戻ってきた。そして僕にこういった。


「今日は神出さん一人なんですね」


 何故そんな事を言うのだろうかと聞いてみると、月曜に神出と波切の二人だったからだと言われた。そして僕をからかうように、冷やかすように続ける。


「流石女子生徒から一目置かれる先生は違いますね。私なんて生徒からおじいちゃんなんて呼ばれるんですよ?まだ定年ですらないって言うのに」


 確かに、金原先生が生徒からおじいちゃんと呼ばれている現場は何度も見たことがある。しかしそれは決して馬鹿にしているのではなく、一種の愛称のように使われているだけのはずだ。僕には女子生徒から無理矢理絡まれるより、そっちの方が羨ましく思ってしまう。


「そんな一目置かれてもいいことなんて無いですって! 後、月曜のはノートを運ぶように頼んでただけです」

「そうなんですか?」


 金原先生は"取り敢えず生徒には手をださないで下さいよ"といって自分の仕事へと戻ってしまった。出すわけがないだろう。第一僕は年下の女性は恋愛対象外……いや、この話は止めよう。


 金原先生に言われたこともあり、一段落した仕事を目の前に、月曜の出来事を思い出した。確か神出はノートを置くと直ぐに職員室を出ていってしまって、数分波切と話をしたんだった。自分のクラスの生徒とは言えど、一対一で話すことは頻繁にある訳じゃないので、意外と話の内容は覚えている。


 そう言えば、波切は職員室を去る直前に不思議な質問を振ってきたな。確か……"先生は廃寺の怪異って信じますか? "と聞いてきたはずだ。あの時はただ生徒間で噂になっているので聞いてきたかと思ったが、今になって少し違う意味合いもあったのではと疑心を持ってしまう。


 波切は神出と仲がいいし、もしかしたら波切に何か聞いた神出が行動を起こしたっておかしくない。昨日見かけた神出らしき人物も、噂になっているその廃寺の方向から走っていたから。どんどんと妄想が膨らむ。全てがあっているとは思わないが、こうすることで辻褄があってしまう。


 これは、怪異について少し調べる必要があるなと、脳が本格的に認識し始めた。そう言えば、金原先生が資料を探してくれるという話はどうなったんだろうか。ふと隣をみると、金原先生は集中して仕事に取り組んでいた。


 仕方がない、また別の時に聞いてみよう。こちらは調べてもらっている側であるし、そんなに急ぐ必要はない……はずだ。

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