第27話 見てしまった僕

 僕が二年の担任になってから約半年が過ぎた現在、教員の間に不穏な知らせが届いた。近辺で起きている連続殺人事件についてである。約月に一度人が死んでおり、共通点も多いことから連続殺人事件といわれており、始まりは確か七月頃であったと記憶している。


 そして、ついに出てしまった三人目の被害者。それが同じ地域にある女子高の生徒であるという知らせは、教員の意識を持っていった。生徒のことを嫌う教員もいたが、ほとんどの教員が生徒の安全性についてをぼやいていた。


「うちの生徒たちは大丈夫でしょうか……」

「ただでさえ生徒が怪異の噂がどーたらとかで騒がしい時期に」

「取り敢えず親御さんにも注意喚起を──」


 そんな声が職員室中を飛び回っていた。僕としても不安ではあるものの、何か出来るのかと聞かれれば答えは"出来ない"というのが現実なので、一人黙って話を聞きながら書類作業を進める。そんな僕を不思議に思ったのか、はたまたただの気まぐれか。となりの席で授業準備をしている金原先生が声をかけてきた。金原先生らもうすぐ定年退職が近づいている先生であるが、生徒からなんやかんやで慕われている優しい先生だ。


「末兼先生はどう思っているんです?」

「あ~……すみません。何についてです?」


 突然の問いかけに、なんのことだと固まりながらそう返す。金原先生は言葉を続けた。


「何って……連続殺人についてですよ。他に何があるって言うんですか」


 呆れながら言われてしまった。仕方がないだろう。先程もぼやいてる教員がいたように、怪異の噂だって出回っているんだ。


「生徒の中で怪異の噂が流れているじゃないですか」


 勿論噂なんてデマの可能性が高いが。火のない所に煙は立たぬと言うし、本当にデマだったとしても元凶となるものがあるはずだ。


「怪異ぃ~? まさか末兼先生信じてるんですか?」

「いや、そんなことは……でも何もないのに噂なんて広がらないじゃないですか」


 そう言うと金原先生は首を捻らせながら"まあそういう時もありますけど"とぼやいて考え込んだ。何か噂の元凶に心当たりがあるのだろうか。その疑問に答えるように、金原先生はまた口を開いた。


「多分ですけど……どっかでこの地域の怪談とか呪いを知った生徒が言い始めたんじゃないですか?」


 その言葉に驚いた。僕はこの地域に赴任してきてからそういった話を何一つ聞かなかったからだ。どこかで聞いたことがあった可能性は否定できない。だが、少なくとも今僕の記憶の中にそういった話はなかった。金原先生が僕をおちょくろうとしているのだろうか? そんな疑惑と対比するように、金原先生は真剣な様子であった。


「この地域にそんな呪いみたいな話あったんですか?」


 書類仕事をしていた手を当たり前のように止め、頭に思い浮かんだ疑問をぶつける。金原先生は少し困惑したようにしていた。申し訳ない。


「私もぼんやりとしか知らないんですけどね……そんなに気になるなら後で調べときますよ?」

「えっ? いいんですか?」

「いいんですよ。どうせ直ぐに資料なんかも見つかるでしょうし。ただ遅くなっても文句言わないで下さいよ?」


 金原先生も忙しいだろうに……今度お礼として飲みにでも誘おうか。金原先生は数秒後に他の先生に呼ばれて去ってしまったが。……そういえば殺人事件についてなにも言わなかったが良いのだろうか。仕方ないのでまた聞かれた答えるとしよう。


 放課後、日誌を取りに教室へ向かうと、そこには日直の波切と、隣のクラスの生徒であるはずの神出がいた。そういえば、二人は去年から仲良しだった気がする。相変わらず神出は笑っていない。しかし、どこか安心しているというか、落ち着いた様子であった。割り込むのは悪いと思いつつ、日誌を受け取るために教室に入る。


「もう帰る時間だが日誌は書き終わったのか?」

「あ、靖先生! もう少しで終わります!!」


 波切が元気よく言葉を返す。日誌に目をやると、後は感想を書くだけであったようだ。


「神出もさっきのテスト惜しかったな。だけど、さっき他のやつのテストも確認したがクラス一位の点数だから、そんなに気を落とす必要なんて無いからね」


 励ましのつもりでそう言ったが、神出にその言葉は邪魔だったかもしれないと言った後に公開した。


「そうですか……」


 案の定そっけなく返されてしまう。どうしたものかと思いつつ、僕は職員会議でも言われ、ホームルームで言ったことを確認のように言い聞かせることにした。


「帰りのホームルームでも言われたと思うが、噂の怪異が出る場所になんて行かないように」

「はーい! 勿論です!!」


 波切のおかげで、心なしか先程よりも雰囲気が軽くなった気がする。僕はまたなんとか話題を変えようと口を動かした。


「そういえば……最近この辺りで女性が連続で殺される事件が起きているのはしっているね」

「最近隣の高校でも被害者がでたって聞きました」


 しかし、出てきたのは連続殺人のことについてだった。何故話を切り替えようとして物騒な話題になったのかは自分でもよく分かっていない。神出が反応を返してくれただけよしとしよう。


「そう、そして被害者は今のところ全員黒髪の女性らしいんだ」


 波切は少し怯えたような表情をしたかと思えば、神出の方へと顔を向けた。同時に、僕も目線を神出の方へとやる。神出はひどく落ち着いて、ここまで言ったのにも関わらず自分には関係ないという態度を取っていた。少し不安だ。


「神出は黒髪だし美人なんだから気をつけろよ」

「何かあったらすぐに相談してよ? 私も協力するからね?」


 波切は、まるで自分が頼れる姉! のように振る舞っているが、正直妹のように見えてしまった。本人に言えば否定されそうだが。


「波切だって気をつけろよ?」

「はーい」


 波切の元気がよい返事を聞いた後、僕は日誌を受け取ってこの場を去った。


 それから五日ほど経ったある日の放課後、その日は用事があったので早く帰る予定であった。僕の母の墓参りである。電車通勤であるため、一度帰宅してから墓まで向かわなければならないため、毎年母の命日に仕事がある場合ははや上がりをするのだ。


「お疲れ様です。先に失礼します」


 そう一言言い残し職員室を去り、バス停へと向かう。生徒達の多くは帰っており、残っているのは部活動をしている生徒のみである。部活動をしている生徒がほとんどが時間ギリギリに帰るほど部活動が盛んなこの高校。そのせいか、生徒の数も多いせいで人間関係がややこしそうだと、赴任してきたばかりの時に思った記憶がある。そんなわけで、今帰る生徒はほぼいない。だから僕は一人でバス停に立っていた。


 バスが来るまでの時間をどう過ごそうかとスマホを開く。スマホには数分前に雷雲が近づいていると通知がきていた。いつに来るのかと詳しく見てみれば、予想は後一、二分後をさしていた。なんてこったと思っていると、次第に雨が降ってきた。少し強めの雨だ。


 あいにく今日は傘を持っていなかったので、バスが来ることを祈ることしか出来なかった。すると、まるで祈りが届いたようにバスがやってきたのだ。とてもありがたい。欲を言うなら後数分早くきて欲しかったが。他に乗ってくる人がいないか待っているバスに乗り込み、俺は一段落してスカスカな席に座った。


 バスが発車し、駅まで走ってしばらく経ったが、雨は悪化していくばかりであった。なんなら雷も現れ始めた。今日の墓参りはどうしようと考えながら、無意識に窓の外を見ると、生徒が傘をささずに走っているのが目に入った。こんな雨の中そんなことをしているのは誰だと目をこらしてみてみれば、それは神出に見えた。


 勿論見間違えの可能性だって捨てきれない。僕は目をこらしてその生徒を見る。しかし、バスはそんな僕のことなんて知らないので、無慈悲にも進んでいってしまった。これは明日、神出に聞いてみるべきなのだろうか? いや、でももし違ったら……。


 結局僕は考えるのを明日へ先延ばしすることにしてしまった。今は墓参りをどうするかについて考えなければ。しかしどうしても先程の生徒が頭によぎる。どうか、何事ありませんように。僕は騒がしい心を無理矢理落ち着かせながらそう願った。

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