第32話 そこに行ったから

 瀬里は、両親が医者でお金持ち。おまけに本人も頭がいいし、常に冷静だし。自分をひけらかしたりすることなんて一切ない。場の空気を読むのだって上手い。まるで物語にでてくる完璧人間みたいだ。だからこそ、とっても羨ましい。私もそうなりたいと思ってしまう。


 とはいえ、何一つ瀬里に勝てないわけではない。運動では私が上だ。でも、運動よりも勉強が出来るほうが将来の役に立つ。それが現実。運動が出来たとしても、プロ並に出来る種目なんて無いから戦えない。瀬里に勝てる以外何一つ意味がないのだ。


 もし私が瀬里と同じくらいお金持ちだったら、お母さんにもっと楽させてあげられたかもしれない。もし私が瀬里と同じくらい頭がよければ、学費免除に出来たかもしれない。いつしか一人になると、かもしれないが頭から離れてくれなくなっていた。


 瀬里と一緒にいる時は、不思議とそんな考えは消えている。そんなことでモヤッとする暇がないくらい、瀬里と一緒にいる時間が楽しい。もっと続けば良いのにとさえ思う。一人の時とは大違いだ。


 羨ましいという、そんな考えも時間がたつにつれて消えていった。瀬里は出来すぎていたから。だからこそ割りきれた。目指すだけ、考えるだけ無駄と思い続けた結果だろう。手の届かない存在なんだ。そんな相手なんだ。


 瀬里は私の前でもめったに笑わない。軽く微笑んだりはするものの、基本表情は変わらなかった。でもしっかりと話を聞いているのは態度で伝わるし、喜怒哀楽がないわけでもない。しっかりとした、生きてる人間だ。


 私は、いつの間にか瀬里を尊敬の対象として見るようになった。出来ることなら、学年が変わっても、高校を卒業しても、そばにいたい。でもこれは恋愛的感情では無かったと断言できた。じゃあ何かといわれたら分からないけれど、恋愛的ではない。


 夏休み直前のとある夏の日、私は図書室で本を漁っていた。最初は苦手だった小説も、ライトノベル等の読みやすいものから読んでいたら、いつの間にか好きになっている。そんな私は夏休みに読む本として、読みごたえのある本を探していた。


 夏休み前だからと開いている書庫の方へも行く。中は図書室と違って少し暗いが、秘密基地のような感じがして楽しい。さて、それでは早速本を探そう。そうして、あっという間に十数分が経った。


 興味がある本を数冊手に取り、後一つを取り出そうとした時、一緒に何か落ちてきた。受け止めきれずそれは、教科書に載ってるような古文書に見える。この辺りのジャンルは歴史だったはずだから、それに関係することだろうと考え、せっかくなので借りることにした。


「でもバーコードついてないや……勝手に持ってっちゃっていっか! どうせ借りる人なんていないだろうし」


 残りの本をカウンターに通し、かさばる本を持ちながら教室まで戻る。今から読むのがとても楽しみだ。ただ借りすぎて帰りの荷物が重くなりすぎたのはここだけの話だ。


 夏休み中盤、ある程度借りた本が読み終わり、課題も瀬里の協力あって八割は終わっていた。本来なら、この暇な時間を残りの二割の宿題を終わらすことに費やせば良いのだけど、どうもやる気が起きなかった。


 でもつまらない。何か暇を潰せるものは無いのかと鞄を漁ると、あの古びた古文書が出てきた。せっかくなのでこれを読んでみよう。そう思ったのもつかぬ間、文字が昔のもの過ぎて読めな井子とに気づいた。私文系のはずなんだけどな……。


 スマホの画像検索が反応しなかったので、学校で使っている教科書やネット情報を使って解読してみると、表紙に書いてある言葉は、この地域の怪伝承的な意味の言葉だった。早速ページを開いてみると、一ページ目は目次のようで、短い文が等間隔に書かれていた。


 丁度良い。ここの言葉を調べて、興味のあるものだけ読んでみよう。そうして調べながら読んでみるものの、元の勉強嫌いの性格のせいで三行読んだら飽きてきてしまった。調べる能力も低いせいか、二時間以上経っている。


 今日は次の文を読んで終わりにしようと考え、三十分以上かけて調べる。その文には"願いを叶える怪異について"と書かれていた。そんな都合の良い怪異がいるのかと思いつつ、私はもう古文書を閉じた。


 夏休みがあけ、二週間が過ぎた辺りで、私達二年の間にとある噂が流れた。高校の近くにある廃寺に怪異が出るとの噂だった。人影を見た人もいるらしく、皆が注目していた。


 怪異か……そういえば、といったふうに古文書に書かれていたことが頭によぎった。願いを叶える怪異があったはずだと。それが近くにある廃寺、もとい開名寺にいる怪異のことなら、私は願いを叶えられるかもしれない。


 数日後に、私はろくに古文書を確認せずにその廃寺へ行くことにした。何時ものように感情に任せて。それほどまでに叶えてほしい願いがあったのだ。それに、怪異がどんな姿をしているのかも見たかった。


 そうしてたどり着いた開名寺なのだが、一言でいうと不気味だった。なんというか……末兼先生や瀬里が行くなというだけあって怖い。でもこういう場所にこそ、願いを叶えてくれる怪異がいるのかもしれない。


 どんどん奥へと進もうとすると、比例して足がすくんでしまう。だがこれも願いを叶えるため。そう思いながら我慢する。本殿は長年誰も来なかったことが伺えるほどボロボロで、中に入ることができた。


 しかし中に入っても肝心の怪異が見当たらない。ここで願ったら勝怪異が願いを叶えてくれるんじゃないか。そんな勝手な考えが浮かび、一か八かでやってみた。念のため、声にも出して。


「瀬里と親友でいられますように」


 私と親友でいるのが辛いだとか、苦しいだとかなら、私は親友じゃなくてもいい。でも、欲をいうならずっと親友でいたい。そう願ってしまう。でも瀬里を縛ることなんてしたくないし、執着するつもりもない。だから、ただ親友でいたい。それだけの思いからの願いだった。


 しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。帰ろうと本殿から出て、車道のほうまで戻ろうとすると、後ろから物音がし、驚きのあまり走って逃げた。


 家に帰りながら、あれはなんだったのかと思いつつ、ふと手をポケットにいれると、めったに取り出すことのないお父さんの形見が無かったのだ。あそこに忘れてきたのだ。焦りの気持ちが止まらない。しかし、これだけではなかった。


 誰かにつけられているような気配を感じたり、家の前に誰かいるような気がしてなら無くなった。もしかして私は怪異を起こらせたのだろうか。恐怖と不安でなかなか眠れない。


 私は三日も経たずに瀬里に相談した。朝早くの、教室に瀬里以外誰もいない時間に、目を擦りながら登校する。一人で言ったら瀬里は怒るだろうと思った私は、友達に無理やりつれていかれたことにしようと決め、瀬里に相談する。


「おはよう瀬里……突然なんだけどちょっと助けてお願い呪われたかもしれない」

「おはよう柚。取り敢えず落ち着いて?」


 私を心配してか、瀬里は優しく声をかけてくれた。私は、友達と開名寺じに行ってしまったを告げる。


「その場所って……」


 瀬里も何か察してくれたようだ。少し表情が暗い気がする。やっぱり友達と行ったと言っても駄目だったかと思ったが、瀬里は怒らず"ゆっくりでいいから何があったのか教えてくれる?  "と言ってくれた。なので私は少し嘘を混ぜて、何があったかを話した。


「それに、お父さんの形見のブレスレットも落としてきちゃったみたいで……どうすれば良いか分からなくなっちゃって」


 ここまで言うと、私の視界は少し歪んでいた。涙のせいだ。思ってた以上に体は怖いと感じていたんだと実感する。瀬里は、そんな私を心配してそばにいてくれた。とても嬉しい。

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