第20話 終わりを告げる快晴

 約一週間ぶりに乗る行きの電車は、前のように息苦しいなんて事はなかった。むしろ、私を未来へ運ぶような、そんな感じといえるかもしれない。まだ怪異との縁は切れていないが、私の抱えていたことが剥がれ落ちている。それだけで、だいぶ楽になっていくのだった。


 学校の最寄り駅までたどり着く。いつもより早めにきてしまったせいか、はたまたバスの時刻が変わったのか。バス停にはなにも止まっていなかった。仕方ないので歩いていこうか。重みが消えた足取りで学校へと向かう。だが私はあまり運が良くないようだ。パトロール中であろう浜北さんがいたのだ。関わらないことが一番良いということは分かっている。しかし、向こうから関わってくる可能性が高いので、それは難しいと思う。


 それに、浜北さんは私を探していると思う。私は勝手に家からいなくなっているのだから。ましてや、浜北さんにとって私は連続殺人犯に疑われる証拠を知っている存在である。私が証拠に気付いたということは、浜北さんからしたら可能性の域を出ていないのかもしれないが。


 何はともあれ、道を変えなければ。直ぐに行動に移す。しかし、浜北さんは私に気が付いてしまったようで、早足にやってきた。逃げなければと、直感でそう感じた。息を切らしながら後ろを見ずに走り続ける。気付けば橋の上まで逃げていた。ここは、男性の死体が見つかった河川敷の直ぐ近くである。これは偶然なのか、はたまた必然なのか。息を整えながら立ち止まる。すると、誰かに肩を叩かれた。焦って後ろを振り向けば、そこにいたのは末兼であった。


「大丈夫か? そんなに息を切らして。取り敢えず落ち着いて」


 そう背中をさすって私を落ち着けようとしてくれる。話を聞いてみれば、丁度出勤途中だったようだ。こんな状況だからか、末兼に対する嫌悪感はなかった。むしろ安心感すらあるくらいだ。しかし、その安心感は直ぐに消えてなくなった。浜北さんが……浜北がおいついたのだ。


「瀬里……探したよ。おいで、一緒に戻ろう」


 浜北が手を差し出しながら、私のもとへ近づこうとする。しかし、それは末兼によって弾かれてしまった。


「生徒に手を出さないでください」


 末兼はそう強くいい放つ。とても頼もしく思うが、浜北の表情はより一層暗いものへと変化した。危険を感じ、末兼に声をかけようとするも、とても低い声で遮られてしまう。


「邪魔」


 単調な一言の後、どこからともなくナイフを取り出して、私を刺そうとしくる。刺されてしまう。直感でそう感じ、身を守るようにして目をつぶるが、痛みはやってこなかった。恐る恐る目を開ければ、現れたのは倒れた末兼と、少量の笑みを浮かべた浜北であった。一瞬何が起こったと混乱する。しかし、なんとなく想像がついてしまった。


 末兼が私の前に出て、刺されたと。赤い血と、末兼の苦い声が、私に今の状況を把握しろと訴える。どうして? 固まる私に、末兼は"早く逃げなさい"と言う。私は、浜北がナイフを抜き取ろうとしたのを横目に走って逃げ出した。


 片や警察官、片やただの女子高生。力や体力の差は歴然としていた。証拠として、河川敷の方へと逃げ出したものの、直ぐに追い付かれてしまっている。浜北は無理に笑っているような表情をして、私を草の上へと押し倒した。馬乗りになっているので抵抗もしにくい。私は、何をされるのだと身構えるしかなかった。


「何で逃げたんだよ瀬里。俺はこんなに……こんなにも君を愛しているのに!」


 この状態には、流石に恐怖しか感じられない。愛している? 信じられるわけがないだろう。もし本当に愛しているなら、私を誰かに重ね合わせたりなんてしないだろう。浜北は私に向けて言葉を投げ掛け続ける。


「君が捕まらないよう別のやつに擦り付けたのに! 君を後ろから見守っていたのに! 君が欲しがっていた愛を与えてやったのに! 何で俺から離れるんだ」


 焦っている心臓とは真逆に、脳はその言葉を冷静に解析する。高木が疑われていたのは、きっとこの人のせいだろう。そして、心臓にナイフを刺したのもこの人のせい。怪異だと思っていた、後ろからつけていた人もこの人。あぁ……きっと元凶はこの人ではないのかと言いたくなってしまう。


「なぁ瀬里。君は俺についてきてくれるよな? そうだよな? 見捨てたりしないよな?」


 そう言う浜北の姿は、まるで駄々をこねている幼い少年に見えた。覚悟を決めなくてはいけない。恐れてはいけないと自身に言い聞かせる。例えこれが私の死ぬ間際の一言となったとしても、後悔しないよう、ハッキリと言おう。


「浜北さんは、私の側にいるべきじゃない」


 私の本心だ。なんなら、この一言に全てを詰め込んだつもりでもある。浜北は、少し固まり私の目を見つめた後、先程末兼を刺したナイフを、両手で握った。手が少し震えているような気もする。しかし、止まるだなんてことはなかった。


「おやすみ──」


 後半、何か言っていたように思えたが、上手く聞き取ることが出来なかった。何の言葉が紡がれたのかを考える前に、痛みが走る。今までに体験したことのない、強い痛みだ。これ程まで浜北にされたのに、不思議と浜北に対する恨みがなかった。それに、唯一あるとしたら、それは浜北に対してではなく、自分に対してだ。


 血が流れる。これでも医学部を目指していたのだ。もう、自身の寿命なんて残りわずかなんてのは直ぐに分かってしまった。せめて、案外悪くなかった人生だと思って死ねたらと思ってしまった。


 そうだ、私も死ねば怪異も死ぬんだったな。それなら、さっさと終わりにしよう。眠る時と同じように目を閉じる。直前に、浜北が苦しそうな顔をしているように見えてしまったのは、遠くで親友の声が聞こえたのは、気のせいであってほしい。





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ここまで読んでくださりありがとうございます。

物語はまだまだ続きますのて、良ければ読んでいただけると幸いです。


厚かましいかもしれませんが、良ければ♡や☆、コメントをして下さると嬉しいです。

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