第18話 始まる喧嘩を親友と

 浜北さんに私が殺人をしたといえば、ただですむ可能性は無いに等しい気がする。何せ浜北さんは立派な警察官だ。そのはずなんだ。あの生徒手帳だって、きっと何かの資料として持って帰ってきたに違いない……と思いたい。


 浜北さんに対する不信は増えるばかり。ここまでして貰っているのにと思う回数くらいには増えている気がする。洞窟で怪異を殴ったと話はともかく、本当は人だったなんて不信を抱いている相手でなくても言いたくない。


 ……あの時、何故浜北さんはあの場所にいたのだろうか。思わず真顔になって考える。もちろんただのパトロールという可能性も否めない。しかしあそこにいたのなら洞窟について話した時に、何か言われてもおかしくなかったはずだ。なんなら洞窟の中を見た可能性だってある。ふと、嫌な汗が頬から首へと伝った辺りで、私は逃げ出す準備をした。


 ここにいては危険だ。今までの疑問がそう言っている気がした。浜北さんは、ただのいい人なんかではない。何かを企んでいる、悪い大人である。そうとしか思えない。私の足は、急いで玄関へと向かう。


 ここまでお世話になっているのに図々しい等と思われてるかもしれない。しかし逆にこのままここにいろと言う馬鹿はいないだろう。玄関で靴を履くと、靴箱に置かれた物に目がいく。初めは浜北さんの母親の物だと思っていた数々が、被害者達の遺品に見えてしまう。鍵がついていない扉に手を掛けると、広がったのは数日ぶりの曇り空である。


 このような日は青空が鉄板な気がするのだが、現実はそう上手くいかない。取り敢えずはここを離れることを先決しよう。しかし今の私にはお金がない。帰る場所もない。これでは逃げきれる気がしないが、今は動くしか無いのだろう。相変わらず近隣の住宅街は閑静であり、助けてと叫んでも誰一人気付かなそうである。


 最初は走っていたものの、次第に疲れが目立ち、しぶしぶ歩き始める。その後もただ直感のままに進んで行ったのだが、何回目かの交差点で、二番目に会いたくない人物が目に入る。柚だ。向かいの歩道で、息を荒くして何かを探しているように見える。


 私のことを探してくれているのではないか。そう淡い期待が脳裏をよぎる。しかし、短期間で失望というものを繰り返した私は、そんな自分をとがめる。期待しない方が圧倒的に楽なのだ。さっさとこの場を去ろう。そう決心し背を向けると、背後から勢いのよい大声が聞こえてくる。


「あっ! 瀬里!!」


 まずい、バレてしまった。早く距離を、そう思った時にはもう遅い。気付けば私は右腕を掴まれていた。とっさに振り払おうとするも、固く掴まれた手はびくともしない。あぁ嫌だ。私はどんな顔をすればいいんだ。諦めて足を止めると、柚は私にバックハグの体制をとった。まるで大切なものを離さないようにしている子供のように、その腕はほどける気配がしない。


「良かった……良かった……」


 涙声でそう言う柚に対して、私は醜い感情を抱く。私の死を願ったくせに、何故こんなにも私に執着するのだ。所詮私達は高校で出会って仲良くなった人間同士に過ぎないのに。それに、そんな声を出されたら、まるで私が悪人じゃないか。私はあくまでも、自分の意思に従って行動していただけだ。もう本当に……どうして見捨ててくれないのだろうか。


 感情は行動にも現れ始めた。私は力一杯柚を引き剥がし、一メートルほど距離を取る。驚いた顔と、どこか悲しそうな顔をしているように見える柚は私に話しかける。


「瀬里……私の話聞いてくれない?」


 その後は無駄に長々と語られた真実とやらだった。要約すると、怪異を殺した方がいいと言った時は私が怪異に憑かれているだなんて知らなかったらしい。だからこそ、謝りたいのだという。


「それにね! 怪異を殺す方法他にも見つけたの! だから……」

「どうでもいい」

「えっ?……何で……」


 柚の言葉に一言否定の言葉をぶつけると、柚は先程よりも驚いたような……理解できないという顔をした。だが、いつの間に私は本当にどうでも良くなったのだ。怪異は私が死ねば死ぬのだろう。それなら、自害した方が早いじゃないか。


「安心して。怪異はちゃんと殺すから」


 そう言ってやると、柚は何かを察したのか表情に焦りが生まれた。真実が柚の話した通りだとしても、私にはあの時の感情が忘れられない。それに、母には失望され、浜北さんには裏切りに近いものをされた私に、今更何が残っているというのだ。


「じゃあ……もういいから」


 早くこの場を立ち去ろう。この後は山の中にでも行ってしまおうか。そう軽く考えていると、柚はいつもと違った雰囲気で怒鳴った。


「なんで瀬里は最後まで聞いてくれないの?!」


 私に対する否定の言葉かと思い、柚の目を見つめるも柚は止まらない。


「なんで瀬里はそんなに一人で溜め込もうとするの?! なんで頼ってくれないの?! 私達ってそんなちっぽけな関係だったの?!」


 おそらく、柚からの心の叫びのようなものだろう。目尻から涙が流れている。


「でも相談したってどうせなにも変わらな」

「なんでそうやって決めつけるの?!」


 私は、対照的に落ち着いた口調で話そうとするも、柚の言葉で黙ってしまう。確かに、私は相談しても無駄だと決めつけている部分もあるのかもしれない。だが、私にとっては浜北さんのこともあるのだ。なにも知らないのに。なにも知らないくせに。


「柚は私のこと何にも知らないでしょ!!」


 気付けば私も怒鳴り声になっていた。


「私に何があったかも知らないのに気持ちが伝わると思う? 思わないよね?! それなら、話す意味なんてないじゃん!!」


 私の主張に、柚は対抗する。力強く、辛抱強く対抗する。


「そんなに私のこと知らないって言うなら教えてよ!

話してよ! そうしてくんないとわかんないよ!!」


 そう言われても納得したくない私は、負けじと対抗する。


「話したとしても全てが伝わる訳じゃない! なら、話した時間なんて無駄じゃないッ!!」

「無駄じゃないッ!!」


 柚の気迫溢れる声に、思わず黙り込む。そして、そんな私の様子をきにせずに、言葉は並べられていく。


「何か一つでも言ってくれれば! 何か一つでも教えてくれれば! 私はそれを元にして共感したりできる! 相談にものれる! 瀬里が全部教えてくれれば! 私は全てでなくても、知らない時以上に相談に乗れる! これでもまだ駄目?!」


 私は思わず言葉を失った。今の自分に、反論できる手だてがないのだ。何か、何か反論をと思い口からでた言葉は酷いものだった。


「幸せな柚には分からないよッ!!」


 最低だ。話をそらした挙げ句、柚に対してこんなことを言うだなんて。柚だって大変なことだってあるのに……そう思いはするも、私の口は止まってくれない。


「柚は小さい頃の、記憶が曖昧な程の時期から塾に行された気持ちが分かる? 運動会や授業参観で一度も親が来なかった気持ちは? 人から勝手に敵視された時の気持ちは?」


 そこまで言うと、私は息切れを起こして、その場に座り込んでしまった。ここまで言えば引き下がるだろうか。そう思い柚の顔を見ると、とても苦しそうであった。まるで、私の辛さに共感するように。そして、ゆっくりと歩み寄ってまた私を抱き締める。先程よりも、暖かく、優しく、落ち着くものであった。そして柚は言う。


「瀬里……良く頑張ったね。凄いよ。私には全部の気持ちが分かる訳じゃないけど、少しだけ分かるところもあるよ」


 柚は言う。片親というだけでネタにされたりしたと。柚は言う。自身の父親が死んだ時の虚しさと悲しみを。柚は言う。お金がなくて辛い思いをしていると。私にはこれらの思いが全て理解できるわけではない。しかし、聞く前よりも、教えて貰う前よりも、私は理解できている気がする。

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