第17話 不信の種は成長を

  遠くから誰かの声が聞こえる。安心する声だ。気付けば見知らぬ天井が視界に入る。そうだ、昨日からここに住むことになったのだった。隣を見れば、私の右手を大事そうに握る浜北さんがいた。


「……浜北さん?」


 そう声をかけながら上半身を起き上がらせると、浜北さんは私を抱き締めた。突然のことに固まり、数秒遅れで顔に熱がはしる。浜北さんは、そんな私などお構いなしに抱き締め続ける。心なしか力も強くなっていく。


 一分ほどたった辺りだろうか。浜北さんが抱き締めるのを止めてしまった。解放されたと思うと同時に、何処か寂しさを感じる。浜北さんは小さい声で"良かった"と呟いた気がした。思わず浜北さんの顔を見ると、お互いがそれぞれの目をとらえる。その時の浜北さんの目は……なんと言えばいいか。私を誰かに重ねているように見えた。


「大丈夫かい? とてもうなされていたよ?」


 優しくそう声をかける。だが、その言葉は私にかけたものではない気がした。私に重ね合わせた誰かに言っている気がした。この感情はなんだろうか。裏切られたというものに近い気がした。だが、そんなことを考えているなどと知らない浜北さんは、優しく話しかけながら背中をさする。無理しないで。僕は側にいる。そんな感じの言葉だった。ここまで心配されたことに罪悪感から、少しでも安心させようと作り笑顔で対応する。


「ありがとうございます。浜北さん」


 すると浜北さんは安心したような顔をした。私は、本当にこの人を信用していいのだろうか。一度現れた小さな違和感が、私のなかで肥大していく。もう疑いたくない。でも疑ってしまう。


「大丈夫。僕は瀬里の味方だよ」


 今は……ただその一言を信じたい。


「それじゃあ僕は隣の部屋にいるから。何かあったら電話番号を渡した時のように遠慮をしないで言うんだよ?」


 どうやら交番で会った時に受け取った電話番号に一度も連絡をよこさなかったのが不満だったようだ。あの時はまだ浜北さんのことを一切信用していなかったので大目に見て欲しい。


 ここに居候させて貰って五日がたった。ここにくる前よりも精神が安定し、冷静な判断が出来るようになった気がする。まだ完全にではないのだが。浜北さんは仕事が何やら大変なようで、忙しそうに行ってしまった。学校に行く必要もなくなり、家で暇な時間が続く。一応リビングにテレビが置いてあり、浜北さんからは見ても良いと言われていた。せっかくなので暇潰しに見ることにしよう。


 電源をつけ、チャンネルを変えながら何か興味が湧くものを探す。何番目かのチャンネルへと切り替わり、ニュースが写し出される。取り敢えずはこれを見ようとリモコンをテーブルに置くと、机の上からハンカチが落ちてしまった。ハンカチで何かをくるんでいたようで、少し固めの音がする。


「では続いてのニュースです」


 拾い上げようとすると、丁度いいのか悪いのか、この辺りで起きた連続殺人事件についてをとりあげていた。ニュースは被害者と思われる黒髪の女性三名の写真が写し出される。被害者のうち一人である高校生の写真は、どれも笑顔を浮かべていた。


「警察によりますと犯人は男性だということです」


 そこまで見終わり、事件の進展を少し聞いていると話題が変わり始めたのでテレビを消した。あくまで勝手な思い込みだが、この犯人は末兼ではないかと思っている。そして私を狙っていたのではないだろうか。だからこそ私が誰かにつけられていると分かり、だからこそ談話室に連れていったのではないのだろうか。ただ、確証や証拠なんてものはない。勝手な考えで悲劇のヒロインのようになるのは止めよう。


 部屋に戻ろうと思い移動すると足元に落としたハンカチが足に触れた。いけない、忘れてしまっていたと思い、急いで落とした物を拾う。ふと、時々現れ私を悪い方向へと進める好奇心が、ハンカチの中身は何かと問いかけた。駄目だ、この好奇心に従ってはいけない。今まで辛い思いだってしたじゃないか。そう自分を問いただすも、好奇心は強かった。私はハンカチの中身を取り出す。


 少し重みのあるそれは学生証であった。しかも、ただの学生証ではない。


「これって……ニュースの」


 その学生証にあった写真には、ニュースで写っていた連続殺人事件の被害者のうちの一人が写っていた。思わず足の力が抜ける。何故こんなものがここにあるのだろうか。浜北さんが警察官で、この事件に関わっているからか? いや、そうだとしても私物を持ち帰るなんてことは出来ないはずだ。だとしたら、残す考えは後一つ浜北さんがこの事件の犯人ということである。


 その可能性しか考えられない。いや、考えざる終えない。何かのドッキリであって欲しい。だが、こんな時にこんなたちの悪いドッキリなんてしないだろう。せめてもう一つ証拠があれば確信できるのだろうか。なら、と思い浜北さんの部屋へ忍び込むことにした。


 浜北さんの部屋は物が整理整頓されており、これといって怪しいものが無いように思えた。


 部屋には入るなとは言われていなかったが、同時によいとも言われていない。その為この場面を見られたら失望されるのではないか。そう脳裏によぎるものの、私の動きは止まらなかった。机の上、引出し、ベッドの下等を調べ、最後に本棚へと目を向けた。


 一番下の段に古びた絵本があり、それ以外の段には様々な事件の名前が書かれたファイルであった。仕事熱心であるようだ。だが一通り目をやると違和感を感じた。事件のファイルの中に、例の連続殺人事件についての物が無い。何故それだけ無いのだろう。疑心がつのる。


 取り敢えず証拠は無いと考えるようにし、この場を去ろうとするも、とある事件の名前に心臓が反応する。しばらく忘れていた、高木が容疑者にされていた事件だ。確か河川敷にあった、殴られ、ナイフを心臓に刺された状態で発見された……情報を思い出す度に鼓動が存在感を増す。


 思い出し終わった私の感想は、もしあの夢が本当ならば……というものだった。思わずファイルを開いて見てみる。死体の写真までのっていたことに驚いたが、それ以上に驚いたのはその死体の容姿だ。その男性は、私に夢で耳打ちしてきた男性と酷似していたのだ。他人の空似などではない。首もとに大きな傷痕があるのだ。


 ここまで来ればもう分かる。この男性を、私は殺した。断言までは出来ないが、おそらく間違いではない。しかしそうなると疑問点がいくつも浮かぶ。何故この男性の死体は河川敷にあったんだ? 何故この男性の死体にはナイフが刺さっているんだ? 何故この男性をただの女子高生の私が殺せたのか? 考え出せばきりがない。


 知った真実は一つだけだというのに、生まれた疑問は倍以上になってしまった。なんということだ。ファイルを元の位置に戻し、借りている部屋まで戻る。この状況はどうすればいいのだろうか。警察に言うべきなのだろうか? いや、そんなことをしたらナイフを刺した犯人にまでされてしまう。それに、事件が起きてから何日もたってしまっているので、今更正当防衛が成立するかも怪しい。


 誰かに正解というものを教えてくれ。いや、この問題に正解があることすら怪しい。何か、何か策は無いだろうか。こんな時まで、私は自己保身にはしっている。やっぱり駄目人間だ。物語の主人公なら、完全に悪役だ。もういっそ悪役になろうか。その方が楽だろうか? 答えの無い疑問がまた一つ増えた。


 話が逸れてしまったが、この先どうすればいいのかは考えなくてはならないのだが……ふと浜北さんの事を思い出した。

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