第11話 再度の呼び出し

 十一月十三日の月曜日。今日もいつもと変わらずに悪夢を見た。しかし昨日のように足を踏み外すことはなく、ただただ黒いソレらから逃げるだけであったが。ブレスレットを手放せば悪夢と別れを告げられるという、怪異が別の場所へいくかもしれないという一筋の光のような可能性が打ち砕かれる。なら一体どうすればいいというのだ。


 私は、ただ夢を見ないという願いが叶えば母に怒鳴られていいくらいに疲れがたまっていた。もういっそのこと徹夜で過ごそうかとも考える。しかし昔から長時間睡眠をしてきた人間が簡単に徹夜できるわけがない。何より過去に徹夜した時は、その日中眠気に襲われ、何一つ作業や勉強ができなかったくらいだ。実践しても途中で体調不良になるのがおちだろう。どうしたものか。


 四時限目の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。また末兼に呼び出しをくらってしまった私は、日直の号令が終わると同時に職員室へと足を進める。一体今度は何故呼び出しされたんだ。前回から時間が空いたのでもう向こうも私のことなど気にしていないと思ったのに。まったくもって意味が分からない。私は早くお昼を済ませてしまいたいという気持ちからか、少々苛立っていた。最近感情がコントロールしにくくなっているせいか、怒りや悲しみが表へ出やすくなっている気がする。今の醜い心をもった私を晒したくなどないため必死に隠しているつもりではあるが、実際にバレていないかは分からないという状態だ。


 職員室へたどり着くと、前回同様様々な先生方が仕事のため忙しそうに出入りしていた。それを横目に、私はドアの隙間から末兼が職員室にいることを確認して中に入る。


「失礼します。二年A組の神出です。末兼先生に用があってきました」


 するとこちらは前回と違って末兼の方が私のいるドアへとやって来た。これは一言だけなにかを伝えて解散ということだろうか。それなら手っ取り早くて助かるのだが。


「ああ神出。こっちに来て貰ってからで悪いが談話室の方へ行こう」

「……分かりました」


 近付いた理由はただ単にこれから一緒に移動するためだと知り落胆する。しかし、落胆している間に末兼は談話室へと向かっていくので私も後を追っていく。到着した談話室は、普段カウンセラーの人がくる時に使われる部屋であり、入るのは初めてであった。末兼が先に入り電気をつけている間に私も部屋へと入る。


「少し埃っぽくて申し訳ないね。突然だが聞きたいことがあってね」


 談話室に置いてあったソファーに座りながら末兼が私にいう。私は向かいのソファーに座って何を聞かれるのだと身構える。末兼は少し躊躇ったように言葉を出し始めた。


「一ヶ月以上前に河川敷で起こったとされてる事件について知ってるね」

「……殺人事件のことですか?」


 違う事件のことだと思いたかった。しかし私は運に嫌われているようだ。二年の生徒の間では周知の事実のようなものだったのだ。その事件についての質問。そう分かった私の心は、不思議と緊張している時と同じ感覚に陥り始めた。末兼はやはり知っているかというような顔をして話を続ける。


「そう。それであってる。その事件に関することなんだが……今高村が容疑者になっている」


 その言葉に何故高村がそんなことにと混乱する私がいた。高村は第一発見者というだけで、事件の根本に当たる部分には関与していないと思っていたのだが、実際は違うというのだろうか。


「そこでだ。神出は高村から何か教えて貰っていたと他の人から聞いてな。何を言われたんだ?」


 私は混乱しているというのもあってか、この問いに対する答えが分からなかった。素直に話せばいいのか? しかしそれでは高村が私に情報を与えすぎていた場合に高村が罰を受ける。ただでさえ最近は醜く汚く最低人間になりかかっているのに、今以上に他の人に迷惑をかけることなどできないという、訳の分からぬ、昔の私なら考えられない思考が生まれた。その結果からか、口から出たのは全くのホラ話だった。


「俺は第一発見者なんだ。犯人早くつかまれよ。ということを少し強めな言葉選びで言っていました」

「そうか……」


 末兼はそれを聞いて信じてくれたようである。結果的に高村へのイメージが少し変わってしまったため、ホラ話は無駄であったと気付いたのはそれから一分後であった。結局私は人に迷惑をかける駄目人間に変わりないと証明しただけである。なんということだろうか。ただでさえ落ち込んでいる気分がさらに地へと、地下へと落ちていく。……このままでは駄目だ。ここで自己嫌悪に陥ったら感情を制御できる気がしない。何か別のことを考えよう。そうだ、末兼に事件について何か質問しよう。そうすれば何か変わるかもしれない。


「末兼先生は高松さんを疑っているんですか?」


 このような場面でよく聞かれるような質問を投げ掛ける。それに対し、末兼は厳しい顔をしたまま返答する。


「いや、正直信じていない。だが話を聞いたところによると高村を一番始めに見つけた警官が高村を疑っているらしい」


 確か高村はその人のことを特にどんな人だとは言っていなかった。ああでも、通報もしていないのに直ぐに現れたとは言っていた。どこか違和感を感じる。末兼はしばらく沈黙を続けていたが、何かを思い出す素振りをして話し始めた。


「神出、前にも聞いたが何か悩み事はないか?」


 その言葉を聞き、私は軽く苛立を覚える。結局はそれが本題なのか。とはいえ、無言のままでいると状況を悪化しかねないので言葉を繋げる。


「無いです」


 これで前回同様こう断言すればもう終わりになると思ったが、今回は末兼がしつこかった。


「本当か? 些細なことでもいいんだ。両親のこととか、何かにつけられてるとか」

「つけられている?」


 思わず言い返してしまった。末兼はつい口を滑らせたという反応をしている。確かに私は不定期的に背後から怪しげな気配を感じることはあった。しかしそれを誰にも相談したことない。怪異が原因だと考えていたのでよけいにだ。なのに末兼は何故そんなことを知っているのだ? まさかだが、末兼本人が私の後をつけていたのか? だとしたら一体なんのために? 頭が混乱しているのを表に出さぬよう意識を保つ。そんな私をよそに、末兼は慌てた様子で話を変えようとしていた。


「あっ、ああいや、なんでもないよ。急に変なことを聞いて悪かったね。それより……なんだ。神出は綺麗な髪をしてるよな。何か特別な手入れとかしているのか?」


 無駄なところで働く頭は、末兼から出てきた髪という言葉で連続殺人事件の被害者についての情報を引き出してきた。確か全員黒髪だったはずだ。そして今、末兼は私の髪を誉めている。ただの小さな疑心が、どんどん肥大化していく。全部私の妄想の範疇を抜け出さない。だが精神が不安定な私にとってそれは真実にしか見えなくなっていた。末兼に私の今の思考をバレたくない。その思いから必死に冷静を保つ。


「いえ……特になにもしていません」


 早く会話が終わってくれと願いながら、声色を変えぬようにして返答の言葉を述べる。末兼はごまかし笑いをしながら"そうか"と言って無言になり視線を外した。何度目かの沈黙が続く。


「これ以上用件が無いなら私は失礼します」


 そう言って末兼の返答を待たずに談話室を出る。私はあのまま……あの空気のまま沈黙が消え去るまでいるのは嫌であった。それに、先程抱いた妄想を現実だと思い込んでいる私は、この場からいち早く逃げ出したいという感情に脳内が支配されていた。

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