第8話 意図推測と幾度の夢

 今日は柚を家まで送った後に塾があったので、帰りが夜遅くになってしまった。母は急患が入ったのか家は静かなままである。さっさとお風呂を済ませて、単語帳がなかったせいでできなかった分の暗記を済ませてから寝ようと思う。


 今日はゆっくりと浸かりたい気分だったので、いつもより少し多めのお湯を浴槽に満たす。身体を洗い終え、浴槽に身体を入れると、熱が一斉に私へ向かってきた。最初は少し熱さを感じるが段々と肌がなれ、最終的には適温に感じるようになった。そのせいか少し頭がさえてきたのか、ふと末兼との会話を思い出した。


 本当に……どうしてあのようなことを聞いてきたのだろうか。まさかとは思うが、私が開名寺に行くところを見ていたのか? いや、それなら柚も一緒に呼び出されるはずだ。それなら帰るところを見ていたのだろうか。あの時に確か誰かとぶつかったはずだ。その時の匂いも何となくだが覚えている。少し独特な甘い香りだったはずだ。その他にも何か匂ってきたが、そちらは覚えていない。あのような香りは一度も嗅いだことがなかったから、もし末兼だとしたら同じ匂いがするはずだ。


 なにより、まず私の名前を呼ぶだろう。となると、帰りぶつかった人物と末兼は別人ということか。考えれば考えるほど分からなくなる。


 そういえば……あのブレスレットはどうしようか。呼び出しの後、お昼を食べながら柚にブレスレットを見せた時のことを思い出す。


「柚、探してたブレスレットってこれ?」


 そういってポケットから取り出して見せると、柚はしまったと言わんばかりに少し慌てた様子、というより何か忘れていたことを思い出したように話し始めた。


「ごめん! 実は言うタイミング逃しちゃってたんだけど昨日本堂の中に落ちてるの見つけたんだ。だからこれは私のじゃないかな」


 見つけたなら早く言ってくれと思いつつも、そんなことを言う暇なんて無かったことを思いだし、仕方ないかと割りきる。すると柚は自分のストラップを見せてくれた。


「実は鳥のせいで伝えそびれてたけど私のは小さなウサギのストラップがついてるんだ」


 あの時、色だけで分かると過信した自分を恨みたくなってきた。だが、ここは素直に見つかったことを喜ぶべきだろう。再び開名寺になんて行きたくなかったのでよけいに。柚のブレスレットと見比べ、"ウサギ以外本当に似てるね"と話したのをハッキリと思い出す。


 お湯で暖まりながら、このような数時間前の出来事をそんなこともあったなと捉えて振り返っていると、いつの間にか数分の時間が過ぎていった。結局ブレスレットは私の手元で保管したままである。交番に届けようとも思ったが、あの場所に行く人なんて早々いないので持ち主が見つかるかも分からない。それならば、別に届けなくても問題ないようにも思える。正直、交番で拾った場所や経緯なんかを話すのですら億劫だし、怪異に遭遇した出来事だって話したくない。下手したら最近起きた殺人事件の犯人にされる可能性だって十分あるのだし。


「……めんどくさ」


 お風呂に私の声が反響する。その声を自分で聞き、ここ最近無駄な考え事が多くなっていると感じる。もっと気を引き締めていかなくてはと軽く決心し、お風呂からあがる。


 暫くして時計が十時半を過ぎた頃、そろそろベッドへ入り睡眠の用意をする。今日は何かと気疲れするような、変な考え事が多い一日だったと思いながら目を閉じる。再び目を開けてやれば、昨日の仮眠の時に見た夢と全く同じ場所に呆然とたちつくしていた。前回にも感じたが、この夢は夢とハッキリ分かるものだった。これ以外の夢を見たのはもう覚えていない程前なので、この感覚が自然なものなのかは分からないが。


 ずっとたちつくしていても仕方ないので前回同様に歩き出す。足元は水面のように波紋を広げて、私がしっかりと歩いていることを知らせる。今日はせっかくだから限界まで歩いていこうと考え、足を止めずに進み続けるも風景には一切変化が見られない。足元の波紋がなければ動いてることすら実感できていなかったかもしれない。既に距離感は実感できなくなっているが。一歩、また一歩と諦めずに歩くも、やはり限界がないというのは心にくる。私は、前回よりは歩いただろうという距離で足を止めてしまった。


 私の意志はこんなにも弱いのかと情けなくなっていると、前回同様に黒い何かが近づいてくるのが見えた。黒いソレは前回より離れた場所にいるにも関わらず、前回とさほど変わらぬペースで近づいてくる。ただ、前回と違うのは黒いソレが形の分かる距離まで近付いてきたことである。黒いソレは人形をしていたのだ。全身真っ黒に白い目だけが見えるというような状態の、不気味な姿をしていたのだ。しかも、近付いてきていたのは一体ではなく二体であった。前回より一体増えたのかと思ったが、前回はあまり姿が見えなかったので私が認識できていなかっただけなのかもしれない。


 黒いソレらは私をじっと見つめながら近付いてきていた。私は、その目がどうにも不気味で仕方がなくなり、この場を離れて距離をとろうと足を動かそうとするも、固まったように動けなかった。それは私が感じている恐怖によるものなのか、はたまた黒いソレらの仕業なのか。どうすればいいか分からなくなりかけていると、毎朝聞く音楽で現実へと連れ戻された。


 スマホのアラームが鳴り響く中で、私はここが現実だと実感した。ふと首もとを触ると汗だくであり、身体を起こせば疲れがまるでとれていないという状態に陥る。これではまるで寝ていないと同じようではないかと感じ、二度寝をしたくなるが時間がそれを許さなかった。幸い、今日は木曜日なので塾が休みなので家に帰ったらゆっくりと身体を休めることにしようと思う。


 今日は柚を送らずに帰ることになった。柚いわく、これからももう大丈夫だという。訳を聞けば、変な気配を感じなくなったし、窓の外に見えた不審者も見なくなったのだという。一日二日見ないだけでもう大丈夫だと断定するのは無用心すぎると思うが、柚がいうなら仕方ない。久し振りに電車を使って帰宅した気がする。心なしか、柚に起こったことが私の身にも起きたように感じたが、私の被害妄想だろう。自意識過剰も甚だしい。


 昨日同様、十時半過ぎにベッドへと入る。眠りにつくと、三度目となる同じ夢を見た。そこからはまた同じことの繰り返しであった。そして黒いソレは今日、三体になって昨日よりも私に近付いてきている。逃げようとしても、恐怖から身体が動かない。そんな私を無機質な目が見つめてくる。瞬きもせず、一瞬たりとも視線をずらさず見つめてくる。やはり不気味だ。そんなに私を見たって生まれるものは無いだろうに。


 またスマホのアラームによって起こされ、現実へと戻ってくる。昨日同様私の身体は汗だくでもあり、疲れきってもいた。こんな同じ夢を続けてみるだなんて偶然は本当に存在するのかと考えたが、同時にもう同じ夢を見たくないと願った。その願いはあえなく裏切られるものとも知らずに。


 開名寺に行ってから、毎日毎日毎日毎日同じ夢を見る。黒いソレらなんて日に日に私との距離が近付いてきているし、追いかけてくる数も増えている。視線なんて、とても冷たく恐ろしいものという印象に変わっていき、次第に本格的な恐怖を感じさせるようになってきた。しかもそれだけではない。被害妄想だと思っていた背後の気配が、現実と感じるほど強い気がしてならないのだ。そんな毎日を送っているせいか、段々と日常生活でのミスが増えてきた。


 せめて、明日は同じ夢を見ませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る