第5話 廃寺、洞窟、組紐

 九月二十五日の火曜日は、昨日に引き続き雨が降りそうな曇天だった。今日の放課後に柚の形見を探しに行こうという話だったのだが別日にするべきだったのかもしれない。私個人としてはもう決めてしまっているので、日程を変えるつもりは無い。まあ柚が変えたいと言えば変えるのだが、今日は塾がない日であるため今日のほうが都合がいい。


 開名寺のある場所は結構山のほうで、木が覆い繁る場所であるためにこのような曇りの日では日が入らず、視界があまりよくないと聞いたことがある。きっと本堂の中は何も見えないのではないだろう。そんな想像をするが、そもそも本堂には入れるものなのだろうか。ふと疑問に思うがどうせ行けば分かることだろう。開名寺周辺の地形は詳しくないが、こちらもおそらくなんとかなるだろう。


 さっさと問題を解決してしまいたいという気持ちから、早く放課後になってくれという気持ちが押し寄せてきた。……いけない、授業には集中しなければ。そう頭では分かっていたが集中出来なかった。ふいに、何か日常が変わるような、嫌な予感がしたのだ。私の予感は、良いもの悪いものかかわらずに当たらないので頼りになったためしがないのだが。


 放課後になり、念のため柚に別日にするか確認したが、"出来るだけ早く見つけたい"という柚の希望から結局今日行くこととなった。廃寺まで通っているバスなんて無いので、歩いて開名寺まで向かう。向かっている最中、柚に一緒に行ったという友達について聞いてみる。しかし柚は誰と行ったのか教えてくれなかった。違和感を感じたが、私は嫌がらせを受けているのかと思ったが、私の思い違いかもしれないので口には出さなかった。柚の教室での言動や友好関係等はよく知らないし、私自身は噂関係に興味が無いので聞こうともしていないこともあり、完全なる憶測でしかないのだから。


「何かあったら相談に乗るから。あんまり無理しすぎないでね」


 そう一言声をかける。無理しないでとは言わない。人は時に無理をしなければいけない時があると思うから。だからこそ、私は無理しすぎないでと言う。人によってはそもそも無理をするなと言うのかもしれない。だが、私が"無理をするな"と言うということは、自分自身を否定しているような気がしてならないのだ。柚はそんな私の言葉を聞いて、少し安心したような顔をした。おそらく伝わっていないのだろうが、こんなことは伝わらなくていい。


「ありがと瀬里! やっぱり瀬里は頼りになるね!!」


 頼りになる。その言葉は今までの学校生活で何度も聞いたことがある。人の相談事にのる時、先生の教材を教室へと運ぶ時、勉強を教える時。様々な場面でそう言われた。本人達は各々感謝の言葉として私に言っているのだろう。だが、私にはそれが"都合のいい人ね"と言われているように感じてしまっていた。なんともひねくれている考えだと思う。


 ふと彼女に視線をやる。きっと彼女は純粋さからくる表情や言葉から人に好かれているんだろう。柚にも黒い感情はあるのだろうとは思う。しかし、人に見せるその言動は黒さを見せなかった。私にはあまり出来ないことだ。そのまま会話を続ける内に、無くした形見について質問した。これから一緒に探すのに見た目を知らないで、というのは難しいといわずなんと言おう。まあ何もない場所にブレスレットが落ちてたら目立つのかもしれないが。開名寺の規模にもよるが、きっとすぐに見つかるのではないだろうか。


 柚いわく、ブレスレットは組紐で出来ており、小さい頃体験で柚の父親が柚の為に作った物らしい。色は上品な暗赤色であるという。他にも何か特徴を言おうとしていたが、近くの木から物音がしたため二人揃って固まってしまった。柚は私の右腕を固く抱きしめている。


「えっ、何々?!」

「もしかして……あの鳥かな?」


 少し視線を上に向けると鳥がおり、物音の原因を理解した。それにより、拍子抜けしたが安心もした。柚も"鳥でよかった"と呟いていた。その後は別の話題になってしまったため特徴を最後まで聞けなかったが、色が分かればなんとか見つかるだろう。


 二十分くらいたったのではないだろうか。辺りの木々が増え、辺りがだんだんと薄暗くなっていくことにより、開名寺に近付いていることを実感する。柚は前に来た時を思い出しているのか少し怖そうにしていた。


「意外と暗くなってきたね……前きた時は晴れだったから不気味だな」

「いざとなったらスマホのライトを使おうか」


 意外とライトは使う場面がありそうと思いつつ足を進めてゆくと、目的地である開名寺へとたどり着いた。本殿が一つだけあり、もとからたいした規模ではなさそうであるに加え、予想より暗くなかった。しかし小さな小物を探すのは一苦労な場所だった。柚の話によると、本殿だけではなく周辺も少し歩き回ったらしいし。


 最初は勝手に考えていたような不気味な場所ではなかったのかと思ったが、いやに静かであった。正確に言えば、かすかに鳥の鳴き声や風の音がするのだが、なんというか……人工物が出すような音が一切しなかった。私の考えすぎな気がするが、そうだとしても不気味であった。結局、不気味という点は私の予想通りであったわけか。


「取り敢えず手分けして探そっか」

「うん……私達いろいろ歩き回ってたからもしかしたら変なところにあるかも」

「分かった。念のためお互いに何かあったら声かけるようにしようか」


 そう提案すると、柚はうなずいて納得してくれた。各々がブレスレットのありそうな場所をしらみ潰しに探し始める。草木の分け目、本堂の下、所々に点在する石の間。探す場所はいくらでもある。数分たって柚が本堂の中へ探しに行っていた。あそこへ探しに行ったということは、前回本堂の中にも入っていたのか。見たところ障子が壊れ、近づけば外から中が見えるくらいである。相当長い間放置されてたのだろう


 私は本堂より奥の方へ足を進めると、洞窟のような場所へとたどり着いた。洞窟といってもそれほど深いわけでなく、十歩進んでスマホのライトを照らせば突き当たりが見えるくらいである。それに、全体的に狭いわけでもなく、数人単位で行ったとしても余裕があるほどである。中はとても暗く、ライトでもない限り入ろうとは思わないが……今は誰でもスマホを持っている時代だ。ここに柚達が来ていてもおかしくないだろう。


 中へ足を進めようとすると、小枝を踏むような音がした。柚が本堂の方から出てきたのだろうか。気にせずに中へと進むことにする。一番奥までたどり着き地面をライトで照らすと、ライトに照らされ反射した何かを見つけた。しゃがんで手に取ってみると、組紐でできたブレスレットであった。しかも暗赤色である。ライトに照らしながらじっくりとそれを見る。


 失礼な話、柚の父親は何故こんなのを柚にあげたのかと思ってしまった。何故ならそう思ってしまうほどそれは不気味であったのだ。関わらないほうが良いというような。いや、関わりたくないというような、そんな感じがしてしまった。しかし……しかしだ。私にはそれがとても綺麗なものにも見えた。とても魅力的に見えたのだ。一体何故なのだろうか。対極した二つの感情が入り交じり、なんとも言えぬ気持ちになる。


 早速これを柚に見せに行こう。これであっているならもうこんな廃寺にいる必要なんてない。ここにもう用はないので立ち上がろうとする。すると、後ろから切羽詰まった柚の声がする。


「瀬里ッ! 後ろッ!!」


 刹那、背後から鈍い音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る