第4話 他称呪いに落とし物

 休み明けである九月二十四日の月曜日。いつも通り一番先に教室へ行き勉強を始める。ちょっとした日課にもなっているこれは、一人でゆっくりとしていられる数少ない時間である。そんな誰にも邪魔されたくない時間は、聞き馴染んだ声によって終わりを向かえた。


「おはよう瀬里……突然なんだけどちょっと助けてお願い呪われたかもしれない」

「おはよう柚。取り敢えず落ち着いて?」


 この時間を邪魔した相手が柚以外の人物であったなら、私は嫌悪感を抱いていただろう。だが、少なくとも今は柚に嫌悪感を抱かなかった。何故だろうか。もしかしたら、柚の性格に対して慣れたのかもしれない。それか、一番の理由は私が柚を心から友達と思っているということもありそうだ。柚は落ち着きを取り戻したかと思えば、ことの顛末を話し始めた。落ち着いたとはいえ恐怖は残るらしく、声色が少し震えているように感じた。


「私ね、金曜の放課後に友達と開名寺かいみょうじに行っちゃったの……」

「その場所って……」


 開名寺は最近生徒達の間で有名になった場所……噂の怪異が出るという噂の根源の廃寺である。なんてことだ。私からも、柚の好きな末兼からも止められていったのに行ってしまったのか? しかも、金曜の放課後ということは止めてから一日程しかたっていないじゃないか。話を聞いていなかったのか? いや、まだ何か理由があるかもしれない。何も知らないのに責めるのは良くないものだし。柚は私の反応を伺いながら次の言葉をいつ出そうかと考えているようだった。


「柚、ゆっくりでいいから何があったのか教えてくれる?」


 柚の話いわく、その日少し用事に付き合ってほしいといわれ行き先も伝えられずに連れていかれると、目的地は開名寺だったという。柚は現地に着く前に察して帰ろうとしたが、誘ってきた友達とやらの圧に負け仕方なく肝試しをした。だが、そこには誰もいないはずなのに人影が見えたらしく、皆走って帰っていった。すると土日に不可解な事が起きた、という訳らしい。


「それに、お父さんの形見のブレスレットも落としてきちゃったみたいで……どうすれば良いか分からなくなっちゃって」


 そう言う柚の顔は、今にも泣きそうな顔だった。私は実際にその場にいたりしたわけではないのでどこまでが真実であるかは分からない。だが、柚の態度をみるにおそらく嘘はついていないだろう。さてどうしたものか。相談されているのだから何かしら答えは出さなければならないだろう。それに、形見のブレスレットとやらもなんとかしなければならない。取り敢えずは不可解な事とやらの内容を聞いてみるべきか。


「土日に起きた不可解な事についてって聞いても大丈夫かな?」


 そう一言告げると柚はゆっくりと教えてくれた。柚いわく、その日から外出時に後をつけている気配を感じたり、柚の自宅のマンションのベランダから夜に怪しい影が見えるようになったり等したらしい。柚は呪いだなんだと言っているが、それはストーカーじゃないのだろうか。少し拍子抜けしてしまう。しかし、開名寺に行ってからというのは引っ掛かる。呪いだと言いたくなるのも納得だ。ストーカーにしろ呪いにしろそんなことがあれば恐怖を感じるだろうが。


「柚、それ多分ストーカーとか見間違いじゃないかな。呪いの類いじゃないよ。でも危ないからしばらく一緒に帰ろうか? 柚の家までついてくよ」


 柚の家には二、三度遊びに行った事があるので場所は分かっている。それに柚とは帰り道の路線が違い、定期使えないとはいえそこまで電車賃がかかるわけでもないので私としては問題ない。塾のある日は柚を送り届けた後にタクシーでも呼べば間に合うだろう。お金ならある。もっとも、多少遅れたとして何も言われないとは思うが。


「えっ、申し訳ないよ……それに一緒に帰るなら別に駅まででいいのに」

「それだと一人の時間が多くて不安でしょ? 私の事は気にしないで」


 そう言ってやると柚は少し涙目になり私に抱きついてありがとうと言ってきた。私はそんな柚の背中を優しくさすってやる。柚は昔、片親であり家があまり裕福ではないと言っており、そのことを他の人には隠しているとも言っていた。中学はそのことでからかわれたのが嫌だかららしい。だからこそ他の友達ではなく、話をしている私に相談したのだろう。誰もいない朝の早い時間だからこそこうやってゆっくり相談にのることが出来たと思うと、早く来て良かったなと思う。


「形見のブレスレットも後で探しに行こうか」

「本当に?! ありがとう瀬里! 本当にありがとう!!」


 柚から追加で感謝の言葉を貰うと、クラスメイトが少しづつやってきた。いつの間にかそんな時間になっていたようだ。柚は相談したということもあり大分気が楽になったのか元気を取り戻して自身のクラスへと帰っていった。さて、本来は開名寺になど近付きたくなかったが、ブレスレットを探すためには仕方がない。さっさと見つけてしまおう。考えも固まったことだし、また自習に戻ろうとすると、担任がやってきて朝のホームルームが始まってしまった。どうやら勉強はお預けのようだ。空模様は曇りであり、いつも以上に雨が降りそうであった。


 放課後になり、私は課題であった化学のノートを末兼に提出するために職員室へと向かう。クラスメイトの分をまとめて持って行くことになったのでとても重く、柚にも手伝って貰っている。柚は末兼にあえると少し嬉しそうであったが。職員室内は一人一人が少し忙しそうに仕事をしていた。その中には、私の姿を見ると挨拶をしてくださる先生もいた。いつも分からない部分があれば聞きに行っていたせいもあるのだろう。末兼のいる机まで行くと、何やら考え事をしていたようでこちらに気付いていなかった。


「先生! ノート持ってきました!!」


 柚が元気にそう言うと、末兼はやっとこちらに気がついた。というか、柚はただ手伝いをしてくれているだけのはずだが……末兼は"ありがとう。ご苦労様"と言いノートを受けとる。柚はもう少し話したそうにしていたが私はあまり話したくなく、なんならもう帰りたかったくらいだった。


「すみません。私はもう失礼します」


 そう一言告げて職員室を出て廊下で柚を待つ。柚は五分もたたない内に戻ってきた。何か二人で喋ったのか、柚は少し嬉しそうにしていた。二人で喋れる空間を作るために先に出たわけではないが、今の柚はほぼいつもと同じような元気な姿であったのでよしとする。バス停に行き軽く会話をしながらバスを待つと、スマホにとある通知が入った。それはリマインダーの通知で、今日は塾があるということを告げるものだった。少し忘れていたかったのだが……どうもそうさせてくれないようだ。リマインダーをつけた過去の自分を恨む。柚を送って急いで向かうとしよう。 


 駅につき、柚と同じホームにて電車を待つ。この路線は普段あまり使うことがないという事もあり、どこか新鮮味がある。電車は十分後にやってきた。早いなと思いながら乗り込み、空いた席に二人で座る。アナウンスと共に電車が走り出すと、すぐに柚は寝てしまった。おそらく最近の出来事であまり寝れていなかったのだろう。


 私は単語帳を見て時間を過ごそうと思ったが、柚の頭が肩に寄りかかってきた。その様子を見ると、私も眠たくなってくる。ふと気付くと寝ていたようで、アナウンスで次は柚の最寄り駅だと告げていた。なんとも丁度良い。柚はまだ寝ていたのでついたら起こすことにしよう。

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