第3話 帰り道、そして自家
あれから、柚と一緒に学校から駅までのバスへと乗り、駅まで向かった。私の通う高校は私立高であり、しかも比較的山の上にあるため、このバスはとても重宝しているしされている。バスがなければ徒歩三十分以上かかるので必然的だ。とはいえ、山の上といってもたいした高さではないし、特別自然に満ち溢れているというわけではない。……いや、猪がでている時点で十分自然に満ち溢れているのかもしれないが。駅のバス停に着くと、柚の電車は後数分で来るようで私に声をかけつつも先に走っていった。対して、私の電車は後四十分以上先である。一時間に一、二本なので仕方ないといえば仕方ないのだが欲をいうなら本数を増やしてほしい。こんな自分勝手な願い叶うわけ無いのだが。
駅にある小さなコンビニでカフェオレを買い、それを喉に流しながら駅のホームに設置された待合室へと向かう。普段ならば人が多くて席が空いていないのだが、この時間だからか誰もいなかった。この待ち時間分を自習室等で過ごすべきなのかもしれないが、今の私はそのような気分になれずにいた。こんなんだから小テストなんかで失点するんだと自分を責めながらカフェオレを啜る。その味は、いつもより苦味が増しているように思え、まるで今の気分の落ち込みと比例しているようだ。こんなに気分を落としても何も変わらない。そう考えた私は、鞄から単語帳を取り出し、目を通し始めることにした。
十分ほど経ってからだろうか。女子高生二人が喋りながら待合室へと入ってきた。入る直前はとても騒がしくしていたが、待合室に私がいることに気づいてからは少し声を抑えてくれたのはありがたい。その方が英単語も頭に入りやすい。制服を見るに、隣の高校……しかも連続殺人事件の被害者が出たところだ。二人はその事について話しているようで、少しだけと思い単語帳を見ているふりをしながら聞き耳を立てる。
「あの子結構大人しそうだったのに……悪い噂あったっけ?」
私の高校では殺された人がいるというだけで、どんな人物が殺されたのか等は一切教えて貰えなかった。学校側の配慮みたいなものだろう。
「特になかったと思うけど……あっでも事件の前に頻繁に会ってた人がいるらしいよ」
「何それ、絶対そいつが犯人じゃん。なんで捕まってないの?」
「相手分かってないんだって」
「警察無能じゃん」
相手が分からないのは本当に警察が無能だからなのか、はたまた相手が頻繁に会っていた人物が会っても違和感がない人物であったのか。そんな事は、被害者と相手にしか分からない事であるので外野がどうこう言えたものでは無いと思うが。まあ、自分自身が被害者となれば分かるのかもしれない。そこから先は大した話をせず、新作のコーヒーだかなんだかがでたという話に変わったので、再び単語帳に意識を向けた。
時間になり、やってきた電車に乗りながらふとスマホを開く。通知欄には母からのLINEが入っていたので、何かと思いLINEを開くと“今日は早く帰る”ということが書かれていた。小テストのことを母に言えば怒られるのは目に見えている。いっそのこと隠してしまおうか。バレたら元もこうもないが。父は……あの人は私に関心が無いのでおそらく大丈夫だろう。何はともあれ、家に帰る足取りは確実に重くなった気がする。そんな私を他所目に、電車は無機質な音をたてながら家までの距離を近づけていた。
家へ着くと、玄関の電気はつけられていなかった。静けさを保っている家に入って電気をつけ、荷物を自室に置いてベットに飛び込む。このまま寝てしまいたいがやることがまだ沢山あるため、そうすることが出来ないというのが現実だ。お風呂を沸かして入って、夕飯を食べて、今日の予習と明日の復習を済ませて……やることが多すぎる。しかし今日は母が早く帰ってくる日。せめて母の前だけでも勉強しなければ。上手く作動しない頭を無理やり働かせ、体を動かす。キッチンに併設されたボタンを一つ押すと、既に洗浄が完了された浴槽にお湯が満みたされていく。便利な時代だなと思いつつ、湯が張るまでの間を自室での勉強で潰した。しばらくすると家の鍵が開く音がした。私は生物の参考書を片手に自室を出ながら、帰宅した母に声をかけた。
「ただいま瀬里。……あら、勉強の邪魔したかしら?」
「いや、大丈夫。お帰りなさいお母さん」
「流石ね。でも医者になるにはもっと勉強しないとだけど」
母は私と参考書に目線をやると満足そうにしていた。そんな落ち着いた雰囲気のリビングに、"お風呂が沸けました"という音声が流れる。母は"先に入るわね"と言ってリビングから去っていった。残された私は自室へと戻り、また勉強の続きを始めた。いつも帰りが遅い外科医の母、学会に出るため海外を飛び回り家にいることが少ない内科医の父。そんな我が家は、両親一人がいるだけで窮屈であった。しかし、いくら自習室や学校に長時間いたとしても、帰る場所はここしか無いのだから受け入れるしかない。楽しいことや嬉しいことでも考えて気を紛らわそう。……ああそうだ、冷蔵庫に買ったゼリーを入れておいたんだった。勉強終わりの楽しみにでもしよう。
夕飯を食べ終わりまた勉強を再開した頃、急に母の冷たく鋭い声が私を呼んだ。
「瀬里。来なさい」
その声は私にとって嫌な声であるが、何度も聞いた事がある。仕方がなく重い足取りを動かしながら母のいるリビングへ向かうと、机の上に今日行われた化学の小テストが置かれていた。おそらく、私の鞄を勝手に漁ったのだろう。今日は気分が落ち込んでいたせいで隠すのを忘れてしまっていたことを思い出し、それを酷く後悔した。母に鞄を勝手に漁るのを止めて貰えばいいと思われるかもしれないが、これまで何度言っても無駄だったのだ。だからこそ、私はとうの昔に諦めていた。少しゆっくりと母の前まで行くと説教が始まる。
「ねえ瀬里。貴女は立派な医師になるのよね? 分かってる?」
「はい、お母さん」
「じゃあこの点数は何?! お母さん、いつも言ってるわよね? 少しのミスも無くしなさい。そうしないと医学部にすら入れないわよって!!」
確かに何度も聞いている。小さい時から何度も何度も。一言一句暗記できる程に。
「はい……言ってます」
「ならなんで満点じゃないの?! しかもここのミスは普段の貴女なら解ける問題でしょ……もっと真剣にやりなさい。良いわね?」
「はい、分かりました」
大人しくそう返すと、母は段々と落ち着きを取り戻していった。落ち着きを取り戻した母は、先程の怒りに満ちた母と別人のように優しく私へ言葉をかけた。
「分かったなら良いわ。ただね、瀬里。お母さんも瀬里のことを怒りたい訳じゃないの。それは分かって頂戴」
「勿論分かってるよ。お母さん」
「それなら良かったわ。勉強の邪魔して悪かったわね。戻りなさい」
この言葉も、先程の言葉同様何度も聞いた。一体その何割が本心かなんて知ったことではないが、おそらく半分もいかないのではないだろうか。いってほしいのかといわれればそれも違うが、無いよりはましだと思う。慣れてしまった説教が終わり、リビングが静寂となる。自室へと戻った私は、少し呑気に冷蔵庫のゼリーは夜中にこっそりと食べてしまおうかと考えていた。これくらいの心構えがいい。というよりかはこれくらいでなければやっていけないというのが本音なのだが。だって私は……医師にならなければいけないのだから。
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