第2話 友達と噂と教師と

 柚の教室まで向かうと、途中の廊下で他のクラスメイトと話している最中の柚と出会えた。相手と軽く言葉を交わして別れ、柚と一緒に教室へと向かった。柚は自分の席で購買のクリームパンを、私はそのとなりの席を借りてお弁当を食べはじめた。


「お腹空いたね! あっ、唐揚げ入ってる。やったぁ!!」

「良かったね。美味しそう」


 そんな会話を皮切りとして、お弁当を片手に今日の授業中にあったことや、最近あった面白いことなんかを話し始めた。柚とは高校からの仲で、一年の頃に同じクラスになったことをきっかけだった。他に友達がいないわけではないが、柚とは高校の友達の中で一番といっていいほど気があったということもあり、クラスが別れた今でもこうやって一緒にお弁当を食べるくらいには仲良くしている。


「さっきの時間また体調が悪くなっちゃって保健室行ったんだよね。こういうの無くしたいのに……」

「体調不良は仕方がないよ。復習はしっかりとしておきなよ?」

「あーあ。柚と同じクラスなら良かったのに!!」

「仕方ないでしょ? 私は理系で柚は文系なんだから」


 柚は持病こそないが、少しの環境の変化で体調が悪くなってしまう。時々保健室まで行って休むのだが、何名かの生徒はその事に不満にを持っているように思えた。体調が悪くなるのは仕方がないことだし、仮に仮病だとしても後悔するのは本人なのでほっとけばいいと思うが。そんな柚ではあるが、彼女の周りにはいつでも人がいるくらいには人気者だった。誰にでも優しいし、顔もいい。そして運動も出来るときた。なんとも恵まれているように見えてしまうが、そんな感情は持つだけ無駄な気がするので胸の奥へと封じ込む。


「ねぇねぇ瀬里。今度の期末テスト前に勉強会しようよ」

「……さては赤点取りそうなの?」

「そう! 本当に! お願いします! このままだとあの先生の補修を受けることになっちゃうの!!」

「はいはい分かったよ。ちゃんと寝ないでやるんだよ?」

「勿論!!」


 調子の良い返事をしているが、前回の中間期末も大分危うかった。なんなら二教科くらい赤点になって補修を受けていたはずだ。私は特にそういったことはなく、全て平均以上だった。柚に勝てるものは勉強くらいなのかもしれない。よく考えていけばまだあるのかもしれないが、一瞬で思い付くのは勉強だけだ。


「瀬里は今日塾だっけ?」

「いや、今日は休みだよ」


 柚の唐突な質問に、残り少ないお弁当に箸を戻しながら返答する。今日は無いが、明日からはまたあるので少し気が重い。


「じゃあ一緒に帰ろ」

「いいよ。教室まで迎えに行けばいい?」

「うん! 待ってるね!」


 ふと教室の時計に視線を向けると、後十五分で五時限目が始まると気づき、お弁当の中見を急いで無くした。柚はゆっくり食べればと言うが、次の授業は化学であり小テストもあるので事前に復習しておきたいのだ。昨日復習はしたが、分野が苦手なものなので満点を取れる自信がない。急いで席をもとに戻し、私は自分の教室へと向かった。



 放課後になり、私は人がほぼいない廊下を歩いていた。最悪だ。化学の小テストで一問ミスをしてしまった。母になんと言えばいいんだ。しかも、ミスした問題は通常なら解けるはずの問題だったはずだ。……もっと勉強しなければ。そう自分に悪態をつきながら、柚のいる教室へ迎えに行く。教室の前にたどり着くと、柚は中で一人黒板を消していた。


「お待たせ柚。手伝おうか?」

「もう終わるから大丈夫。それより今から日誌書かなきゃだからちょっと待っててくれない?」

「わかった」


 日誌を書いている間、私は先程の小テストのことを今だけでも忘れようとしていると、柚が学校中で噂になっている怪異が出る噂について話し始めた。その噂の内容は名前の通りで、黒い人影のようなものを見たという一人の学生から広まっていった。この高校の近くにお寺で見たということもあり、それが怪異だ怪異だと言われ続けて出来たものがその噂だと聞いた。しかし、これらの情報は全て人から聞いたもので、自分で見たわけではないので半信半疑だというのが本音だ。だが、あそこのお寺は随分と前から廃寺になっていたはず。本当に噂の怪異がいなくとも、他の良からぬものがいないとは限らない。近付かないということに越したことはないだろう。


「私あそこ行ってみたいんだよね。噂が本当か知りたいし」


 何を言っているんだと思ったが、なんとも柚らしいとも思えた。何故なら、柚はこういった不可思議なことや噂について、自分で見聞きして真実を知りたがるのだ。だけど、好奇心は猫をも殺すというので度々心配になる。


「止めといた方がいいよ。きっとろくなことにならないよ」

「でもただの噂かもしれないじゃん。大丈夫だよ」


 柚は本気にせず、ろくに聞いていないようだ。どうすれば彼女を止められるのだろうか。もし仮に何かあったとしたら胸糞悪いことこの上ない。どうしたものかと悩んでいると、明るさを纏った声と共に一人の男性教師が教室へと入ってきた。


「もう帰る時間だが日誌は書き終わったのか?」

「あ、靖先生! もう少しで終わります!!」


 柚の担任で化学教師の末兼 靖すえかね やすしだ。化学教師であるのに文系クラスを担当しているのは、文系の中に化学基礎を選択している人が何人もいるからだと聞いた。少し癖のつい焦げ茶色の髪とたれ目をした顔のよい教師であり、優しく緩い性格であるため、生徒から人気であり、恋をする人もいるのだとか。現に、柚もこの末兼の事が好きらしい。それが教師としてか、はたまた恋愛的なものかは分からない。ただの教師なのに、何故こんなにも人気なのだろうか。私が末兼の事が苦手ということもあり余計に分からない。


神出かみでもさっきのテスト惜しかったな。だけどさっき他のやつのテストも確認したがクラス一位の点数だからそんなに気を落とす必要なんて無いからね」

「そうですか……」


 こういうところだ。私が苦手な理由は。私にとってクラス一位なんてどうでもいい。解けるはずの問題を間違えたからこそ小テストであるのに完璧に出来なかったからこそ、落ち込んでいるのだ。何故こんなに楽観的なのだろうか。私にはあまり理解出来ない。全く理解できないわけではないが認めたくない、というのが正しいのかもしれないが。それに、私は末兼と特別仲の良い訳でもないのに呼び捨てなのが少し気に入らない。全員に対して呼び捨てではあるが、私は元々末兼が苦手ということもあり、嫌悪の感情を抱いてしまう。


「帰りのホームルームでも言われたと思うが、噂の怪異が出る場所になんて行かないように」

「はーい! 勿論です!!」


 さっき私が止めた時はあんなに否定的だったのに、末兼に言われた瞬間こうもあっさりと言うことを聞いている柚は、チョロいという印象を与えた。いつかホストに沼ったり、結婚詐欺にあうのではないかと思ってしまう。しかし、なんにせよこれで柚は行かないだろう。そう思うと少し安堵する。柚の方は丁度日誌が書き終わったようで、末兼に笑顔で日誌を手渡していた。これで終わりかと思ったが、末兼は何かを思い出したように真剣な表情で話し始めた。


「そういえば……最近この辺りで女性が連続で殺される事件が起きているのはしっているね」

「最近隣の高校でも被害者がでたって聞きました」

「そう、そして被害者は今のところ全員黒髪の女性らしいんだ」


 末兼がそういうと、柚が私の方を向いた。おそらく、私の髪が黒髪だからだろう。だからといって、必ずしも私が狙われるとは限らない。正直、そんなことに構っていられないという気持ちもあるが。


「神出は黒髪だし美人なんだから気をつけろよ」

「何かあったらすぐに相談してよ? 私も協力するからね?」

波切なみきりだって気をつけろよ?」

「はーい」


 末兼はどうやらお世辞が上手いらしい。どちらかといえば柚の方が美人だろう。いや、明らかに柚の方が美人だ。だが、柚は茶髪であるから事件に巻き込まれる可能性は低いだろう。黒髪であったら巻き込まれていそうだ。

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