第06話 センス・オブ・ワンダーの対義


     4.


 これから二週間、鳩原たちが授業を受けるのは近未来都市『スマートシティ』第四区にあるナツメ研究機関付属学校である。高等学校と同等の教育体制をいているという。

 それはともかく、学校の名前があまりにも長過ぎる……。

 これはどんなふうに呼べばいいのだろうか。ちゃんとフルで呼ぶべきか、はたまた何かしらの略称があるのか。

 そんなことも思いながら、バスターミナルでバスに乗り込んだ。

 バスは……確かにバスで間違いないのだけど、やはりデザインが違う。それはまあ、世界のどこに行っても感じることかもしれないが、バスが電気だけで動いているというのだから驚きである。いつ出発したのか気づかないくらいにエンジンの駆動音が聞こえなかった。振動だって感じない。スマートカーと呼ぶらしい。

 技術にこれほど差が出るものなのか……?

 冷凍睡眠コールドスリープで眠りについた人間が数百年後に目覚めたとき、その時代を目の当たりにしたときの気持ちはこういう気持ちなのかもしれない、と思った。

 移動しながら看板……というか液晶モニターに表示されている地域名を見ると、第四区西とか第四区東とか、そういう名前がつけられていた。

 あまりにも事務的というか……。怪訝けげんな気持ちになった。

 新興都市とはいえ、元々はこの土地も人間の生活圏だったはずだ。その頃の名残なごりがない。そういう歴史とか、積み重なった文化の在り方にそれほど関心がない鳩原だが、元々あったかもしれない土地柄をすべて一新したんじゃないかと思わせるこのありように、少し嫌悪感に近いものを抱いた。その辺りはスマートにした結果なのかもしれないが……。

「土地名が随分とシンプルですね」

 近くにいたアイ・もぐさにそう話しかけた。

「そうですよね、私もそう思います。慣れちゃえばわかりやすいですけど、こうも事務的だとちょっと引いちゃいますよね。実験動物みたいなに扱われている気分ですよ」

「アイさんはこの街の出身ではないんですか?」

「私はもっと西のほうの出身ですね。電気も通っていない地域出身ですよ。進学するタイミングでこっちに出てきたんです。少し驚きましたね、私の出身地は名前を大事にしているところだったので。私の名前もその土地の名前が由来なんですよ」

「そうなんですか。また、どうしてこの街に?」

「地元に学校がなかったからですね。私、勉強がしたかったので」

 学校がない土地……。この国はどこもかしこもこの都市ほどに発展しているわけではないのだろう。貧富ひんぷの差があるのだろう。

 ふとスマートカーの外を見る。

 もう夕暮れで、窓の外から差し込む夕日は黄金色だった。ぼんやりとした雲を引き裂くような輝きだった。

 窓の外を見て、その黄金色に驚嘆している鳩原に、

「この時間帯の夕日が一番きれいなんですよ」

 と、アイ・もぐさは言った。

 バスは宿泊予定のホテルに到着した。

 従業員が何人か出てきて荷物を運び出してもらった。それぞれがキャリーバッグを持ってホテルのロビーに這入ると、アイ・もぐさは既に手続きをしてくれていて、

「こちらがみなさまの部屋の鍵です」

 と渡された。鍵は鍵でも、カードキーだった。

「ダンウィッチ・ダンバースさんのぶんは鳩原さんにお渡ししておくといいですか?」

「あ、はい。僕が受け取ります」

 ダンウィッチの部屋のカードキーを受け取った。

「本日はみなさま、お疲れさまでした。今日はゆっくりお休みください。明日は学校を案内しますね。時間は、そうですね、八時半にこのロビーで待ち合わせとしましょうか」

 ぱん、と手を合わせた。

「それでは。明日からみなさまと机を共にできるのを楽しみにしています」

 とにこりと微笑んだ。

 アイ・もぐさはホテルの前に停まっていたタクシーに乗って帰った。案内をしてもらった四人はホテルの前で見送った。タクシーが遠くに行っても、鳩原はじっと眺めていた。

 見えなくなったところで、振り向くとオリオンがこちらを軽蔑けいべつするような目で見ていた。

「なんだよ……」

「ああいう感じの子が、好みなの?」

 軽蔑するように一瞥いちべつしてから離れて行った。

 四人はエレベーターで上がっていく。部屋は五階に取られている。鳩原の手元にあるカードキーは『503』と『504』である。そのうちの『503』のカードキーをかざすとロックが外れる音がした。中に這入ると……かなり広かった。

 アラディア魔法学校の宿舎より断然広い。実家のリビングくらいの広さがある。

 荷物を降ろして、ひと息をついた。窓際にあるソファに腰を下ろす。

「おおう……」

 雲の上に座ったのかと思った。子供の頃に読んだ漫画にふかふかの雲の上に寝転がるシーンがあったのを思い出した。それを思い出すくらいにはふかふかだった。

 いったい、ヴィクター准教授はいくらかけてくれているのだろうか……。

 旅費というか、飛行機の分だって安くない。それにこのホテルだって、スイートとは言わないにしても、ビジネスホテルなんかじゃない。一泊いくらかわからないけど(調べないほうがいいかも)、かなりいい待遇のはずだ。

「…………」

 そこまでお金をかける目的というのはなんだ?

 ただ普通に学習をしてもらいたいという慈善的な人物ではないと思っている。失礼ながら。これだけのお金をかけるほどに――何かあるはずだ。楽観的にはいられない。

 さっき、スマートカーから見えた黄金の夕日を見ようと、窓の外に視線を向けた。

 しかし、既に景色は薄暗いものだった。

 夕日は既に去っていて、薄暗い空間になっていた。所々に夕日の色は見えるが、それは次第に雲に覆われ始めていた。

 飛行機に乗っていたときも思ったが、天気がいいわけではないみたいだ。

 それに時間も経って陽が沈み始めている。街には人工的な明かりが灯り始めていた。

 五階の窓から見える街灯り。ビル群の明かりは、中で働いている人がいるからなのだろうか。それとも、そういう蛍光なのだろうか。

 アラディア魔法学校から見える様子とはぜんぜん違う。夜は静かにとばりを降ろしているが、この街は違う。

 

 繁華街のような感じとはまた違う。第四区は教育機関や学校が多いので繁華街は離れた場所にある。もし、今、この街から人間がいなくなっても、この街の灯りは消えないだろう。

 センス・オブ・ワンダー。

 これは自然に触れたときに感動する気持ちを示す言葉だが、鳩原が感じているのはこれの逆だ。神秘的なものが否定されているような気持ちだ。

 どんどんっ、と。

 街をぼんやりと見ていた鳩原ははっとなる。キャリーバッグを内側から叩く音が聞こえた。忘れていたわけではないが、うっかりしていた。

 バッグを開けると、内側から泡がひとつ浮かび上がってきた。それはくるくると回転しながら少しずつ大きくなっていく。人間くらいの大きさになったところで、ぱちん、と弾けた。

 そこにはダンウィッチ・ダンバースがいた。

 あの泡に包まれているときの感覚はどんなものなのだろうか。狭くないのだろうか、苦しくないのだろうか。

 アラディア魔法学校から今までの十数時間の移動をねぎらおうと言葉をかけようとした。

「鳩原さんは――」

 と、ダンウィッチが先に口を開いた。

「ああいう人が好みなんですか?」

 なんだってんだ、どいつもこいつも。





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