第05話 アイ・もぐさ


     3.


 オリオンが買ってきた飲み物をいただいた。かなり甘めのカフェオレだった。ブラックでもよかったのだが、まあ、疲れているときにはこういう甘いものは美味しい。

 少しだけ雑談をして、

「そろそろ行きましょう。時間的にわたくしたちが最後でしょう」

 と、待ち合わせ場所に向かうことにした。

 鳩原はとはらはキャリーバックを引っ張りながら、オリオンのあとを追いかける。オリオンの傍らにあるキャリーは自動で動いている。魔法で操作しているのだろう。

「時間的にわたくしたちが最後でしょうね」

 チャールズ・ヴィクターじゅん教授きょうじゅが選んだ五名。

 あとの二名とヴィクター准教授はそれぞれ別々のところからやってくる。ひとりは鳩原たちと同じく西洋圏の人物で、もうひとりはヴィクター准教授と同じく合衆国の人間である。もしかしたら一緒に来ているかもしれない。

(だとしても、随分とバラバラの位置から人選されている……)

 どういう人選なのだろうか。どういう意図なのだろうか。

(……何かしらの意図があるのだろう)

 待ち合わせ場所のカフェにやってきた。

 アラディア魔法学校付近の街でも見かけるし、年末年始に帰省きせいしたときにも日本国内でも見かけたお店だ。この感じだと世界各国に展開している店なのだろう。

 店内に荷物と一緒に這入ったところで、


「あー! こちらですよ、こちら!」


 と、人の目を気にする様子もなく手を振り上げている人物がいた。

 オリオンがそちらに歩き始めたので、鳩原も後ろをついて行く。

 手を振っていたのはふんわりとした雰囲気の女の子だった。

「お待ちしておりました、アイ・もぐさです」

 手を差し出されて、

「初めまして、オリオン・サイダーです」

 と握り返していた。次は鳩原のほうに差し出されたので、ズボンで手汗を拭ってから『鳩原、那覇なはです』と握り返した。

「ええっと……」

 きょろきょろとアイ・もぐさは辺りを見回す。

「もうひとり――いらっしゃると聞いていたのですが」

「ああ、ええっと……」

 そうだった。忘れていた。いや、忘れていたわけじゃないけど、まだ外に出てきていない。キャリーバッグのほうに視線を向けたが反応はない。話を聞いているのか、あるいは眠っているのか……。ダンウィッチは眠っていても話を聞いているような奴である。特に反応がないということはまだ出てくるつもりがないということだろう。

「ちょっと事情があって……、この中に小さくなって入っています」

 鳩原は自分の赤いキャリーバッグをぽんぽんと叩いた。

「小さく?」

「はい。ええっと、魔法で」

「へえー!」

 アイ・もぐさは目を大きく見開いて、鳩原の赤色のキャリーバッグをじろじろと見る。

「魔法! 魔法なんですね! 人間がこのバッグのサイズに収まるほどに小さくできるんですか! 魔法! それが魔法というものなんですね! 魔法大国はすごいですね!」

 ダンウィッチが小さくなっているのは正確には魔法ではないが、それも……別に今言う必要のないことである。

 こちらの国では魔法はどうなのだろうかと思った。これだけ街の様相ようそうも科学色が強くなっていると、やはりあまり扱われないものなのだろうか? 今、この場ではオリオンも鳩原もアイ・もぐさもそれぞれが別の言語でやり取りをしている。鳩原は自力で聞き取っていて、オリオンは翻訳魔法を使用していることだろう。

 アイ・もぐさはこの国の言葉で話しているようだが、こちらの言葉の聞き取りはどうしているのだろうか。そういう外国語を自動翻訳してくれるコンピュータみたいなものを装着しているのだろうか。イヤホンみたいなのを。ぱっと見では見えないけれど……。

「おっと、失礼しました」

 バッグをじろじろと見るのを止めて、

「あり触れたお店ですけれど、こちらにどうぞ!」

 アイ・もぐさは鳩原たちを案内した。

 あり触れた店って……。言い方……。

 座席には既にふたり、座っている人物がいた。ひとりは鳩原たちと同じくらいの年齢の女の子で、もうひとりは中学生くらいの男の子である。このどちらも名前は既に知っている。女子のほうはフォックス・ピーナッツバターで、男の子のほうはライン・アワーバック。

 ふたりに会釈えしゃくと軽い挨拶をして、椅子に座った。

「これでみなさんはお揃いですね」

 アイ・もぐさの言葉を聞いて、『ん?』と思った。今度は鳩原がきょろきょろと周りを見た。どう見てもヴィクター准教授がいない。

 鳩原の様子を見て、アイ・もぐさは察したらしく、

「ヴィクター氏は遅れるそうですよ」

 と、アイ・もぐさは言った。

 羽織っている上着のポケットから何かを取り出して、『先ほど連絡がありました』と言った。

 それは手のひらサイズの電子機器で液晶といくつかのボタンがついている代物だった。まるで見たことがないものを見たみたいな反応をしたが、これが携帯電話であることを鳩原は知っている。なかなか手出しができない金額で庶民的ではないが、この国では普及しているものなのか。ただ、鳩原が知っているよりも見た目が違うのはこの地域ならではの代物ということだろうか。

「……ヴィクター准教授に、何かあったんですか?」

 鳩原は質問した。心配というわけではないが、次第によっては大惨事になりかねない。鳩原たちはヴィクター准教授が出しているお金でこの近未来都市にやってきたのだから。

「いえ、飛行機の時間に間に合わなかったらしいです」

 アイ・もぐさはにこりと微笑んだ。

「ご安心ください。私はみなさんを宿泊先にご案内するように言付ことづかっておりますので」




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