後日談(2)




 あのあと、鳩原は気がついたら病院にいた。

 救急搬送で入れられた処置室のベッドの上だった。曖昧な意識の中で、腕から伸びている点滴のチューブを見て、今置かれている状態を理解した。

 この一週間後には退院した。

 その後に帰ってきた学校は惨憺さんたんたるものだった。

肉塊ミアマズ』が暴れ回っているときの学校を見ているとは言っても、日中に燦々さんさんとした太陽の元に照らされている惨憺たる状態には言葉を失った。

 別館の多くは全壊していて、本館だって三分の二くらいしか残っていなかった。

 カフェテリアがあったほうが無事なくらいだ。

 生徒の寄宿舎は少し外れた場所にあったので、意外にも被害を受けていなかったのは不幸中の幸いだったと言える。


 退院してすぐに鳩原が行ったのは図書館跡だった。

 深いクレーターになっていて、周囲には自分の身長の二倍くらいある柵が施されている。厳重に『進入禁止』であることを示している。


「やっほ、鳩原くん」

「あ、霞ヶ丘さん」

 遠巻きにクレーターを眺めていた鳩原のところに霞ヶ丘がやってきた。

「退院おめでとう」

「ありがとうございます。霞ヶ丘さんは無事だったんですね」

「おかげさまでね」

 と、霞ヶ丘は言った。


 それから学校での変化について聞いた。

 魔法省による調査が行われているとのことだった。

 その調査結果がどのようになったのか、当事者であろうとも未成年である鳩原には知る由もなく、大きな傷を負った学校の修復作業が行われ始めた。

 古いままで安全性も疑問視されていた箇所がまとめて現代建築で改められることになった。それに不服そうではあった学校関係者ではあるが、現代の安全性の意識と今回のことを引き合いに出されて呑まざるを得なかった。

 学校が保管していた多くの歴史的資料は粉々になってしまったけれど、それはまあ、在学している鳩原たちが気にするべき問題ではない。

 学校の問題である。


 騒動のときに駆けつけてきた救助隊によって、仮死状態になっていた先生たちは救助され、現在は回復しつつあるのだという。

 とはいえ、犠牲者がいなかったわけではない。

 教職員と生徒、中等部と初等部、そして来賓として招かれていた方々と町からのお客さんなどを合わせて三十名の行方不明者。重傷者や軽症者を合わせると、もっと数は増えるとのことだった。


「僕はどうやって助かったんですか?」

「ダンウィッチちゃんだよ。鳩原くんを背負ってこの穴を登ってきたんだから」

 まあ、そうだろうなとは思っていた。

 あの状況で鳩原を助けられるのなんてダンウィッチくらいしかいない。


「そのダンウィッチはどこに行ったんですか?」

 霞ヶ丘は迷うようにして、

「わからないわ」

 と教えてくれた。


「私が見たのは鳩原くんを背負ってきたときが最後よ。気づいたらいつの間にかいなくなっていたわ」

 きっと行方不明者の中にも数えられていない。

 彼女はこの世界に存在していない人物だったから。

「……そういえば、あの日、霞ヶ丘さんは何をやろうとしていたんですか?」

 聞きそびれていたので、聞いてみた。

「言っていなかったわね。別にもう隠しておくことでもないから話しちゃうけど、調べたいことがあったのよ。生徒の個人情報を管理している名簿も見なくちゃいけなかったからね。生徒会の意識を逸らしたかったのよ。結局、あの日はウッドロイが私のところにきたから、調べられなかったけど」

「特定の生徒を調べたかったんですか?」

「昔ね、『戦犯にして汚点のカタコンベ』って呼ばれている魔法使いがいたのよ、この学校に。この学校の『ドロップアウト』に対する扱いはその人物をきっかけに始まっているのよ」

「もう調べないんですか?」

「教えてもらったわ。『肉塊ミアマズ』の一件のお礼としてね」

「……何をするつもりなんですか?」

 少し不安そうに鳩原は訊ねた。

 そんな顔を見て、霞ヶ丘は苦く笑って、

「何もしないわよ。少なくとも今はね」

 と言った。


 しばらくは休校ということになっていたが、十一月の半ばには授業の多くが再開し始めた。

 先生たちが復帰してきたのと、工事中だった教室がいくつか使えるようになったからだ。

 目新しい内装の校舎には少し胸が躍った。

 効き目の悪かった暖房もしっかりと効いている。

 授業が再開し始めて、少しずつ日常が戻ってきたのを実感した。




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