後日談(3)




 それから更にしばらく時間が経って十二月に入った頃だった。

 オリオン・サイダーと出会った。

 彼女はこの騒動の中でも死亡者を除けば一番の重傷者だった。

『遺物管理区域』跡の最深部付近で別れてから一ヶ月と少しぶりの再会となった。

 カフェテリアで彼女を見かけて声をかけようとしたら、左腕は肘から先がなくなっているのを見てびっくりした。最近退院したということは人から聞いていた。まだまだデリケートな時期だろうから話しかけるのはまた別の機会にしよう。

 そう思って立ち去ろうとしているところを見つかった。


「一番厄介なのはこの頭痛ですわね」

 もっとあるだろ、と思った。

 本人がそう言うならそうなのだろう。

 話を聞いていると、視力もかなり低下しているらしく、全身の神経にもかなり深いダメージがあるとのことだった。

 今までのように無尽蔵に魔力を振りまくような真似は厳しいとのことだった。

「あれだけの魔力出力が可能だったのに随分とおとろえてしまいましたわ。無茶をしたのだから当然ですわね。これでわたくしも『ドロップアウト』かしらね」

「……あまり冗談で言うことじゃないですね、それ」

「回復するように努めますわ。その中でも、この頭痛は不便ですわね。鳩原さんにはありませんの? あの『円』を見た後遺症」

「いや、まあ、元々天気とかの加減でよく頭が痛くなるんで……。よくわからないですね」

 あらそう、とどうでもよさそうに頷いた。


「それはそうと」

 オリオンは話を変えた。

「あなたを助けたのはダンウィッチだったとお聞きしましたけど、それは本当なんですか?」

「本当だよ」


 あのとき――『円』が出現した瞬間に蒸発して消えてしまったはずの存在。

 その瞬間を目撃した鳩原以外の人物。

「どうしてダンウィッチさんは無事だったのでしょうか?」

「それは僕が知りたいですよ」


 この世界を支配しているのは基本法則である。

 どんな状況にあろうと、基本となる法則は常に平等に生命に降り注ぐ。奇跡的な確率の偶然的の重なりはあっても、正真正銘の奇跡なんて存在しない。

 だから、ダンウィッチの身に起きたことは超自然的な現象ではない。

 ただ、それを説明できるだけの判断材料が存在しない。


 そろそろ話すこともなくなってきたな、と鳩原が感じたときだった。

「わたくし、あまりこの学校をよく思っていませんのよ」

 突然、オリオン・サイダーは話し始めた。

「同じ学び舎で、同じ机で、平等に教育を受けているはずなのに、一方がないがしろにされていて、一方が優遇されている……。全人類が平等であるとは言えません。ですが、対等であり、権利は平等に与えられるべきだと考えています。その権利をどうするかは個人の自由で、個人の意思ですが、その権利さえ与えられていない状況を、わたくしはいい状況だとは言えません」

「そんなことを言ったら、大きな国家だってそうじゃないところもありますけど?」

「揚げ足を取るようなことを言わないでください。見上げれば問題は多く積み上げられていますが、それに取り組めるわけではありませんでしょう? わたくしたちにできるのは、目の前にある問題をひとつずつ解消していくことです」

「正しく解消できるとは限らないですよ」

「限らなくても、ですわ。それで間違っていたなら、またみんなで考えて正しくしようとすればいいんです」

「ふうん……。そんなことを考えていたんですね」

 と、相槌あいづちを打ったあとに、『それってオリオンさんの普段の行動と違うんじゃないのか?』と思った。

 なので、突っかかってみることにした。

「それ、よく言えましたね。何かと消極的な姿勢だった癖に」

「そうですわね。学校の在り方に不満があっても口には出しませんでしたし、行動しようとも思ったことはありません。『それとなくやっていればいい』って助言を鳩原さんにはしたような気がします」

「されましたね」

 ダンウィッチと初めて図書館に行ったときだ。

「その意見は……まあ、別に変わっていませんね」

「何だったんだよ、今のきれいごとは」

「ずっと思っていたことだったんですよ。これは誰にも言ったことがありませんのよ? わたくしはきれいごとが、そんなに嫌いではありませんのよ。それが偽善的であっても、きれいごとを言い続けることには意味がありますわ。ちょっと話してみたくなっただけですわ」





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