第26話 10月31日(2)


     2.


 この地方の日没は早い。この季節だと午後四時には薄暗くなってくる。

 陽が暮れ始めて、青空は朱色に染まりつつある頃、オリオン・サイダーはグラウンドにいた。


 このあと、このグラウンドで行われる競技の前説を聞いているところだった。


 午後五時には魔女の夜のお祭り騒ぎから競技の時間に移る。

 それらがひと通り終わるのは午後八時くらい。閉会の挨拶と共にかがりに火が灯される。

 来賓らいひんの方々の紹介と、挨拶が続いている。

 始球式みたいなものである。


 もう少しで箒を使った競技が始まる。

 それは『ボールを相手のゴールに入れる』という球技である。男子の部と女子の部で別々に行われる。日中に行われたのは男女混合の箒リレーだった。


 スポーツ観戦にほとんど興味のないオリオン・サイダーは心底つまらなさそうに座っていた。彼女の気分としては学校内の模擬店や催し物のほうに興味がある。

 それでも、彼女は名家の出であって、この学校内のエリートのひとりである。

 こういう場では生徒代表の挨拶をさせられる。

 それに、昼間の箒リレーには参加させられていた。それを理由に午後の球技はなんとか参加を断れた。


 昼間に結果を残していたので、その代表者としてのついさっき挨拶をさせられた。

 昼の部に戦った者として、夜の部に意志のバトンをつなぐ演説をして、特に表情を変えることなく、自分の席に戻ってきて、ひと息吐いたところだった。


「お見事です、オリオンさん」

「ありがとう」

 彼女の隣に座っているのは、クアンタム・タングルという同級生の友人である。

 身長が高いが童顔で、髪の毛を耳の上辺りで括っている。それも左右。なかなかこの年齢ではできない髪型である。


「(『ドロップアウト』の連中に何の動きもありません)」

 こそっと小声で話しかけられた。


 それには眉をひそめるオリオン。

 魔女の夜の前日まで目立つほどに活動していた『ドロップアウト』の連中は、当日を迎えても何も動いていない。


 細かいところを見れば、催しものにおきて破りの方法で参加しては定石じょうせきから外れたやり方で荒らして回っているみたいだけど(昼間の箒リレーにもそんな方法で参加していた)、それ以上のことは何もしていない。


『ドロップアウト』が何かをするとは思っているが。

 だけど、オリオンが気にしているのはそちらではない。


『ドロップアウト』がしようとしていることはわからないけど、所詮しょせんそれは、


(問題なのは――あの魔女だ)


 問題視しているのは、あのふたりだ。

 鳩原那覇とダンウィッチ・ダンバース。

 あのふたりは、何をしようとしているのか――それこそわからない。


 鳩原と霞ヶ丘の仲がいいので、何かをするとすれば、ここで共闘してくるとは思っている。

 あるいは利用してくる……か。


 だからこうして、クアンタム・タングルから情報をもらっている。

 彼女は生徒会の一員である。生徒会が鳩原とダンウィッチ、そして『ドロップアウト』に対して警戒している。


 現状、『遺物管理区域』にあのふたりが行きたがっていることを知っているのはオリオンくらいである。生徒会と共有してもいいかなと思った瞬間もあったが、あんまりそういうことはしたくない。


 自分からしゃしゃり出ていくようなことをしたくないのだ。


(忠告はしたけど、それで諦めないはずだ)

 鳩原那覇は冷淡ぶっているところがあるけれど、そうじゃないことくらいはわかる。かなりの負けず嫌いな性格だし、天邪鬼あまのじゃくなところがある。

 変な人間に好んで近づいていくのは、そういうところのあらわれなのかもしれない。


(『負けず嫌い』というのは、きっと、あのダンウィッチという魔女も、だ)

『負けず嫌い』なのは共通している。

 それに『右と言われたら左』で『意見が一致している』というのがあのふたりから感じる印象だ。


 必ず反発してくるはずだ。

 そのための兆候ちょうこうを掴まなければならない。


『ドロップアウト』の行動を隠れみのにするはずだ。それが彼らにとって一番勝手がいいから。

 だから、『ドロップアウト』に注意していれば、尻尾を掴めると思っていたのだけど、読みが外れたのか。


(違和感……)

 そう思った。


「あれ、どうしたんですか。急に立ち上がって」

 違和感でしかなかった。

 だけど、オリオン・サイダーを動かすには十分な感覚だった。






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