第五章 魔女の夜 It's Beginning to Look a Lot Like Hallowe'en
第25話 10月31日(1)
1.
ハロウィン。
十月三十一日に行われる祭事である。歴史的な話をすれば、夏の終わりと冬の始まりの境目とされる日で、夏の
現代では子供が仮装をして『トリック・オア・トリート?』と唱えながら近隣の家々を回ってお菓子を集めるという日である。
近年では仮装がメインのイベントになりつつある。
仮装は幽霊や吸血鬼、ゾンビなどの『恐ろしいもの』が選ばれていたが、あまり関係なくなってきている。
文化圏によって、込められている意味が変わりやすいイベントである。
このアラディア魔法学校の周辺地域では、これらに加えて別の意味を持つ日である。
魔女の夜。
かつて
その名残りはこの周辺の地域に深く刻まれている。
国や文化圏によって呼び名が違えば、風習も異なるものだが、お祝い事であることは変わらない。
お祝い、お祭りである。
アラディア魔法学校では学年やクラブ活動、
十月三十一日。ハロウィン当日。
鳩原は
寝起きはいいほうである。カーテンを開けて、窓の外を見る。
秋口になってきたので、陽の昇りが遅く、まだまだ薄暗い。そんな鳩原の目に映ったのは箒で空を飛ぶ生徒の姿だった。
通常の免許を持たない者では飛行できない高度を飛行するために、学校の敷地内では授業や部活動のために申請が可能である。
グランドの辺りだろうか。
随分と遠いが透き通るような朝だ、よく見える。
催しとして箒を使った競技がある。
それに備えての練習か、あるいははしゃいで飛び回っているだけか。
それは鳩原にはわからない。
みんながまだ寝静まっている
(あんなふうに魔法を使えたら――)
と。
諦めていることだけど、そんなふうに空を飛ぶことを夢に見た時代があったのは事実だ。
こんなふうに湧き出てくる気持ちばかりはどうすることもできない。
ともあれ、起きてから日課の予習と復習をしてから、台所で朝食を用意する。
シリアルに牛乳をいっぱい入れて食べた。
午前九時を皮切りに『魔女の夜(ハロウィン)』の開催が宣言された。
鳩原は友人から手伝いを頼まれていた。そこは仮装をした喫茶店をしていて、それの裏方の手伝いだった。ごみ出しと食品の準備だった。
お昼前くらいに交代して、カフェテリアに向かった。
「意外と学校外の人もいるんですね」
ダンウィッチと合流した。
黒い帽子と丈の長いローブ、いつも通りの格好をしている。
元から仮装みたいな恰好だから、ようやく馴染んだという感じだ。
学校が招いているご立派な肩書きを持った方々のほかにも、中等部や初等部などの生徒に、町のほうからわざわざここまでやってきた人たちが、所々に見かける。
「案内してくださいよ、鳩原さん。私はいろいろと見て回りたいです。こちらの世界にいる最終日ですから」
それぞれの学年や派閥、クラブ活動での出し物を見て回ることにした。
本館の校舎内に這入る。
通りかかった教室では占いをやっていた。
「おっす、鳩原じゃん。見て行ってくれよ。いや、おまえの運勢を見せてくれよ」と、声かけに引っかかったのでふたりで這入ることにした。
その教室ではいろんな占いをやっていて、好きなものを受けられるという感じだった。
有名どころのウィジャボードがある。鳩原としてはこっくりさんのほうが馴染みのある名称である。占いというより降霊術だけど……。
ほかにもタロットカードがある。タロットカードのコーナーが多いのはやはり人気だからだろう。占いの代名詞でもある。近代魔法の代表格だ。
これらはダンウィッチも知っていたようだったが(一ヶ月半も学校内の図書館に通い詰めていれば、こちらの世界のことにも詳しくなるだろう)、じっと見つめているものがあった。
「何か気になるのがあるのか?」
「あれはなんですか?」
言われて見てみると、それは鳩原も初めて見るものだった。
お湯を張った器の上に卵を割って落として、その出来上がり具合で占うのだという。何をどう占うのかわからないけど、スコットランド由来の占いらしい。
「どれか受けてみる?」
「いやあ、占いはあまり興味ないですね」
ダンウィッチは首を振った。
「それでも、せっかくなんで受けてみますか! どれにしましょうか!」
「じゃあ、こっちで占ってあげるよ」
とフードを被った人物に声をかけられた。それっぽく目の前に水晶玉が置かれている。
「では、ふたりとも座ってください」
椅子に座らされて、いろいろと聞かれた。
聞かれているうちにこれが恋愛占いであることに気づいた。
「なあ、ヒパルコス。別に僕たちはそういう……恋愛とかじゃないぞ」
「それでも一緒にいるからには仲がいいんでしょう? だったらいいじゃない。お金を取るわけじゃないんだし」
そう言ってヒパルコスは、うーんと唸ったあとに、
「大事なのは距離感ね」
と言った。
「お互いに決定的な部分にまで踏み込まなければ悪いことにはならないわね。踏み込むからにはお互いにちゃんとして……って感じ。軽率で軽薄な行動には気をつけろって感じね」
と、水晶を一切使わずにヒパルコスによる占いは、そんな感じで終わった。
「……こっちの世界の占いってどんな感じなんですか? やっぱり魔法が使えるから未来とか、そういうの見えているんですか?」
教室を出て、ダンウィッチは言った。
「ダンウィッチの世界だとどういうものなんだ?」
「私の世界では、占いは心理学の分野ですね」
「じゃあ似たようなものだな。少しややこしいんだ。降霊術や交霊術の分野ではあるんだけど、二十世紀の後半に心理学のほうに寄っちゃったって感じだよ。ヒパルコス……あの子も、魔法は使っていなかっただろ」
「それじゃあ、ほとんど私の世界と一緒なんですね」
しばらく校舎内を歩いていると、不思議な催しものが行われていた。
クラブか派閥か、何の集まりかわからないけど、天井から
「おはよう、鳩原くん。どうやってみる?」
「これは何なんだ?」
「スナップアップルだよ。林檎を紐で吊るして、手を使わずに
「……それが何になるの?」
「さあ? 私も立案したわけじゃないからねー」
どこの文化圏のものなのか、あるいはオリジナルなのかわからない。
意図も面白味もわからないけど……まあ、お祭りというものはそういうものか。丁重にお断りして足早に教室を離れた。
林檎関係で言えば、さっき水の入った大きめの
それはアップルボビングというものらしい。
これは知っていた、この国の有名なゲームらしい。
なら、さっきの林檎が紐でぶら下がっているのもこの国のものなのではないだろうか。アップルボビングから派生したものかもしれない。
中は過激なものもあった。
調理室の前を通りかかったときに声をかけられた。
皿の上に盛られたレーズンにブランデーをかけて、そこに火を放ち、そこからレーズンを摘まみ取って食べるというゲームだった。
皿の上が青い火で燃えている……。それも何箇所も……。
なかなか不気味というか、今からあの中に指を突っ込んでレーズンを食べるというのは、単純に怖い。燃えてるじゃん……、それ。
「これは何……?」
「スナップ・ドラゴンだよっ!」
とにこにこ楽しそうに金髪でメイク強めなドゥーキングさんが説明してくれた。
「鳩原もやってみなよっ!」
「ちょっとやってみたいですね」
傍らにいたダンウィッチが興味を示した。
少し離れたところから青く燃えるレーズンを食べるところを拝見させていただいた。
「お知り合いが多いんですね」
その店を出て、少し歩いたところでダンウィッチは言う。
「みんな声をかけてくるじゃないですか」
「悪目立ちしているんだよ、僕は」
「そういう感じではないと思いますけどねー。っと、それはそうとおなか空きました」
言われてみれば、もう昼食を摂ってもいい時間だ。
中庭に降りて屋台を見て回る。
すぐ近くにあったハンバーガーの屋台に立ち寄った。
注文すると目の前で牛肉を焼いてくれた。焼いてもらっているあいだに、すぐ近くにあった屋台で果物のスムージーを注文した。
ミックスフルーツのスムージーを受け取って、ハンバーガーの屋台に戻る。
丁度出来上がったところで、ソースをたっぷりとつけて、パンと野菜に挟んで手渡された。
どう食べても指が汚れる。
「指まで楽しめますね!」
ダンウィッチはべろべろと指を舐めていた。
ハンバーガーもスムージーも、どちらも美味しかった。
「おやおや」
別の屋台からひょっこりと顔を出したのは、霞ヶ丘だった。
「あ、霞ヶ丘さんではありませんか。それは何食べてるんですか?」
「スコッチエッグよ」
ダンウィッチの問いかけに返答した。
この国の伝統的な軽食である。
ゆで卵を挽肉で包んで、パン粉をつけて油で揚げたものだ。
「いろんな屋台が出ているわね。私たちの国の屋台もさっきあったわ」
「本当に? どういうものでしたか?」
「なんだっけ、名前忘れた。目玉焼きをいろいろつけて、平べったい駄菓子で挟んだやつ」
「玉せんですか?」
「それだ」
びゅん! と一陣の風が吹いた。
いいや、違う。吹いたのではなく、突っ切って行った。
箒に
あれはいったいどれくらいの速度が出ているのだろうか。
それのあとを生徒会の制服を着ている人たちが追いかけて行った。
「鳩原さんは飛べないんですか」
それを見て、ダンウィッチはそう訊いてきた。
「無理だよ。物体を浮かせることも、物体を動かすのもできないよ」
「まったく浮かせられないんですか?」
「んー」
そういえば、もう随分と試したことないな。
せっかくの機会だし、ちょっと試してみるか。
そう思って、空っぽになった紙コップを地面に置いた。一応は持ち歩いている杖を取り出して、コップに向ける。
するとコップはぶるぶると不安定に浮かび上がった。
「浮かせられるじゃないですか!」
「どれどれ」
霞ヶ丘がコップに近づいて、その上に指とちょこんと乗せた。
ぐん、と重くなって保てなくなって、そのままコップは地面に落ちた。
あーあ、とダンウィッチは声を漏らす。
「難しそうね」
霞ヶ丘はそう言いながらコップを拾って、近くにあるごみ箱に放り込んだ。
「それじゃあ、私はこの辺りで。私には私の用事があるので」
ふたりとも、ご武運を。
と、手をひらひらとさせながら霞ヶ丘は立ち去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます