第四章 ようこそ、魔法学校へ Introduction.

第16話 ようこそ、魔法学校へ(1)


     1.


 それから一日。

 いつも通りに授業をこなした。


 この日の最後は言語学の授業だった。翻訳魔法の分野でも難易度の高いと言われているのは、動物とのコミュニケーションの分野である。

 犬や猫、鳥類とのコミュニケーションと、その中でも群を抜いて難易度の高いのは魚類とのコミュニケーションである。


 合衆国の辺りで成立した分野である。

 魚の遺伝子が混ざっている人種がいて、彼らは歳を取ると魚類になっていくのだという。その後は地上ではなく海に生存圏を移すのだという。

 彼らとのコミュニケーションを取れるようにするためのものが魚類言語学なる分野がある。


 これは言語学の授業の一部に紛れ込んでいるせいで、受けざるを得ない。


 翻訳魔法なしで他者とのコミュニケーションを行う鳩原としては、言語に関する授業は是が非でも学びたいと思っている。

 でも、犬や猫などの哺乳類ならともかく流石に魚類との会話を試みようとは思わない。くじらやイルカならわからないでもないが……。


 かなり疲れ切って教室を出た。

 水槽すいそうにらめっこをしているこの授業に意味を感じらない。ほかの生徒はあの水槽を泳いでいる魚と意思いし疎通そつうができているのだろうか……。


 教室を出て廊下を歩いていると、

「ねえ、あなた」

 声をかけてきたのは副会長のハウス・スチュワードだった。


「ああ、そういえば、ちゃんと約束守ってくれたんですね」

「見てないってことだけよ。かばうようなことはひと言も言ってないわ」

 はあーっ、と、ハウスはわざとらしく深い溜息を吐いた。

「本当に踏んだり蹴ったりよ。こんなことなら出しゃばった真似をしなきゃよかったわ」


「怪我は大丈夫そうですね」

「大丈夫なわけないわよ」

 ぎろりと睨まれた。

 あの日の夜に見たときは、切り傷や打撲だぼくこんがあったけれど、今はそれが見当たらない。だから大丈夫だと思ったんだけど……。


「化粧と軟膏なんこうで誤魔化しているだけで、足は痛いし、肩なんて上がらない」

「そうだったんですか。そうは見えませんね」

「そりゃあ、スチュワード家の軟膏を使っているからよ」

「ハウスさんは薬学とかの家系なんですか?」


「そうよ。塗れば傷が塞がる軟膏とかもあったけど、ほとんどは禁止薬品の項目に引っかかって使うことも作ることもできなくなったわ。スチュワード家は技術提供を惜しまないって言ったけれど、『魔法使いが作った薬を一般流通させるわけにはいかない』ってね。うちなんてまだマシだけど、傾いた名家も少なくないわね」

 そんなことは別にどうでもよくて――とハウスは話を切り替えた。


「鳩原那覇。あなたはドロップアウトにくみしているの?」

「まだ疑っているんですか。違いますよ、そんなわけないですよ」

「裏で組んでいても……そう言うわよね」

「……それを言われちゃったらどうしようもないですよ」


「それもそうね。じゃあ、あなたに聞くけれど、ドロップアウトは何をしようとしていると思う?」

「うーん……」

 何をしようとしているのだろうか。

 それは気になっていたことだ。何か企んでいたり、何か考えていたりするのだろうけど、よくわからない。


「わかりませんけど……、まあ、霞ヶ丘かすみがおかさんのことですからね。目的そのものはシンプルなものだと思います。今あれこれとやっていることは、『何が役に立つかわからないけど、とりあえずいろいろと用意している』って感じだと思います」

「あなたも霞ヶ丘をそんなふうに見ているのね」

 ふふっと笑うハウス。


「じゃあ、次はここだけの質問なんだけど」

 悪戯っぽく笑って、人差し指を唇の前に立てて、ハウスは言った。


「あの子とはどういう関係なの?」

『あの子』というのは、ダンウィッチのことだろう。

「どういう関係って聞かれましても……、他人ですよ」

「どうして他人に協力なんかしたの?」


「……何を言わせたいのかわかりませんけれど、これっぽっちもわかりませんけれど、あれは協力したんじゃなくて、ハウスさんとあの子のふたりを助けたんです。それだけですよ」

「ふーん」

 含みのある表情を浮かべて、廊下の外を見た。


 ふたりが歩いているのは本館の二階の廊下。そこからは中庭と、カフェテリアが見えるようになっている。

「あの子、あそこで待っているわよ」

「えっ?」

 それだけ言って、ハウスは足を止めることなく、廊下の奥に消えて行った。


 窓際に近づいて、人の少ないカフェテリアを見る。

 探すまでもなく、その人物を――その少女を見つけられた。


 テーブルの上には悪魔の角みたいな帽子と肩から提げるようなバッグが置かれていて、いつもの真っ黒でサイズの大きなローブを着ている。


 何か黒い液体を飲んでいた少女は、顔を上げてこちらを見た。

 間違いなく、あれはダンウィッチだ。




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