第12話 支配者と航行者(1)


     2.


 国境をまたげば、そこにあるのは別世界。

 隣り合った文化に線を引いて侵入を拒んでいるのは相容あいいれない存在が、その向こう側にいるからだ――という。そういう意味での『別の世界』ではないかと思って聞いてみた。


「違います。そのままの言葉で受け取ってもらって大丈夫です。私のいた世界には魔法なんて技術は存在していませんでしたし」

「別の世界……」

「異世界と言ったところでしょうか。私からすればこちらの世界が異世界ですが……」


 ダンウィッチは小首を傾げながら天井のほうを見て、人差し指をくるくると回し始めた。何かを思案している様子だった。


「鳩原さん。私は何から話をしたらいいですか?」

 と言った。


「それにそんなところに立っていないで、よかったらこちらにどうぞ」

「そうだね……」

 鳩原は恐る恐る促されるままに、ダンウィッチの隣に座った。

 ベッドに並んで座った。


「何から聞いたらいいかわからないけど……、そうだね。どうしてその『鍵』をこっちの世界に取りに来たのかを知りたい」

 腕組みをして、少し考えるようにして話をし始めた。


「私の世界はもう取り返しがつかないことになっています」

「取り返しがつかない……?」

「『支配者マスター』と呼ばれる存在によって世界は支配されています。『支配者マスター』がいることで、私たちの世界は少しずつ次第に浸食しんしょくされ続けているんです」

 浸食? 気になる言葉があったけど、あとでまとめて質問する。


「私がいたのは、『支配者マスター』と戦うための『レジスタンス』です」


 ここで鳩原は理解した。

 ダンウィッチのこれまでの振る舞いと合致した。


「戦争ってこと?」


「そうです。私の仲間たちは十数年に及ぶ戦争で疲弊ひへいしていました。私たち、『レジスタンス』では、『世界を取り戻すための作戦』をっていたんです。それがこちらの世界に『鍵』を取りに来ることでした。ですが、その計画段階を攻撃されたんです。不十分なまま――作戦を実行するしかなかったんです。だから、私がひとりでこの世界にやってきたんです」


 と、ひと区切り。

 鳩原は少しだけ考えた。


「わからないことを聞いてもいい?」

「どうぞ」

「まず、『支配者マスター』というのは何なんだ? その……、『世界を支配している』というのは、具体的にどんなふうに?」


「『支配者マスター』というのは、元々は普通の人間でした。わかっていることは『鍵』で開けてはいけない『門』を開けたということです」


「門……。それはどういうものなんだ?」

「わかりません。『レジスタンス』の大人たちなら、もう少し知っていたかもしれません。私が知っていることは――『支配者マスター』は『門』の先に行き、窮極きゅうきょくの存在にいたったということです」

 なったとかではなく、到った?

 到達したみたいな、そういう意味か?


「浸食っていうのは?」

 よくわからないままだが、関係してそうなことを聞くことにした。


「世界を船だと思ってください。大海原おおうなばらに浮かんでいる船です。『支配者マスター』はその船に空いたひとつの穴みたいなものです。貫通孔かんつうこうみたいなものではなく、こう――くるくるっとネジを外したらそこから水が流れ込んできているみたいな感じです。本当なら、この船底に穴が空くことなんてありえないんです……。それを開く工具は存在しているけど、誰にもあつかえないという状態だったんです」


 その例えはわかりやすいようでわかりにくかった。

 学校にいる理系の先生がそういう例え話をするけれど……、ひょっとするとダンウィッチは理系なのかもしれない。

 船と水、ね。


「どうですか、意味はわかりますか?」

「イメージはできたよ。その穴が『門』で、工具が『鍵』ってことだよね」

「そうです。私たちはその船底にできた穴を閉じようとしているんです」


「その『鍵』っていうのは、そっちの世界にはないものなのか?」

「ありました。ほかの『鍵』をすべて破壊して、最後のひとつを『支配者マスター』が所持している状態です。私たちは世界を取り戻すためには『支配者マスター』を、『門』を閉じなければならないんです」


「……ダンウィッチは何歳なんだ?」

「十四歳です。どうしてですか?」

「いや、別に……」

 そんな年齢の子から『殺す』と、殺意が込められた言葉が出てきたのが、少し嫌だった。


「私を含めて『航行者トラベラー』は七名を計画していました。ですが、そのうちの三名は殺害されて、ほかの三名は合流が間に合いませんでした。ですから私が単独でこちらの世界にやってきたんです」


 戦争。ダンウィッチの身なりはそれが故か。

 髪の毛は適当な刃物で切り揃えただけで、せているのは栄養が足りていないからで、あれだけ戦闘で戦ってみせたのは戦うために生きてきたから……なるほど。なるほど、こういう屋根と壁があるだけの野宿と変わらないような廃屋をマシだと言ったのは……そういうわけか。


 戦争がどういうものなのかを知らない。

 戦争は今も世界のどこかで起きていることだけど、鳩原にとっては歴史の授業で習う過去の出来事である。


 これまでの人類の歴史を紐解いたとき、比較的――今は平和な時代だ。

 人類が育んできた文明の中では。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る