ダンウィッチと魔女の夜

第三章 魔女の探し物 COSMIC TRAVELER

第11話 魔女の家にようこそ

　　　　　１．

　アラディア魔法学校からそう遠くない場所にある町は、歴史的な建築と最新の建築技術などによって栄（さか）えている。

　周辺地域との合併（がっぺい）などを繰り返して栄えていく一方で、中心都市から外れてしまえば、寂（さみ）しい景色が広がっている。都市開発が細部にまで及んでいない証拠である。

　たとえば、北部のほうには経営が立ち行かなくなって倒産した工業地域がある。

　アラディア魔法学校が行政的に置かれている地域は中心部にある町が栄えているが、それ以外は廃（すた）れている。

　アラディア魔法学校の周囲にある山間部には、人がいなくなって随分になる廃村がいくつも存在している。

　昨晩はあのあと、この最寄り駅を待ち合わせ場所に決めてからすぐに解散した。

　翌日の放課後、ふたりは最寄り駅で合流した。

　鳩原がダンウィッチに案内されながらやってきたのは廃村だった。

　村に続く道路は舗装されておらず、それほど背の高くない木々に囲われていた。

　木造の建造物と思われるものがあったが、そのほとんどは残骸（ざんがい）くらいしか残っていなかった。倒壊（とうかい）しているものや、屋根さえなくなっている。

（人が住まなくなると家は駄目になるって聞いたことがあるなあ）

　確か祖母（そぼ）が言っていたのだったか。

　全体的に灰色だ――と思った。

　原型が残っている建物は切り石などで作られた建物だ。それが実際に灰色っぽい色合いだったが、そういう視覚的な意味を感じたのではなく、村全体から彩（いろど）りが感じられないという意味である。

　時間が止まっているという感じだ。

（この村には、どれくらい人が住んでいないのだろうか……）

　廃屋を見て『これはいつ頃の建物だ』なんてわかるほどに博識（はくしき）ではない。鳩原にわかるのは『最近ではないんだろうな』ということだった。

　自転車で移動できる道ではなかったので、駅前に置いてきて正解だった。

　山道や獣道ではないにしても、悪辣な道だったので時間がかかった。勾配（こうばい）や凹凸（おうとつ）のある道で鳩原はかなり息を切らせていたが、ダンウィッチは飄々（ひょうひょう）としていて、疲労の気配をまったく感じさせない。

（鍛えているのかな？　あるいは……）

　あるいは？　そこから先の言葉がちゃんと出てこなかった。

『あるいは』――いったい何だと思ったんだろうか。

「こちらです」

　なんて考えごとをしているうちに案内されたのは廃墟だった。

　それは切り石で作られた建物だった。塀に囲われているので、ほかの家より大きい。

　数段の石段を登り、門を抜けた。

　その家の敷地内には、それほど背の高くない木が植えられていたが、それは既に枯れていた。蔦（つた）植物が纏（まと）わりついている。

　扉のない玄関から中に這入る。

　薄暗くて空気は埃（ほこり）っぽい。荒れた部屋の中にはかつて家具だったと思われる木造の残骸が、かろうじてテーブルらしい姿とベッドらしい姿を保っていた。

「ここは？」

「私の拠点です」

　だろうね。予想していた返答だった。

　壁に黒いローブがかけられていて、テーブルの上に真っ黒な帽子が置かれていたので、わかり切っていたことだ。

「片づけたので寝泊まりはぜんぜん余裕ですよ」

　ダンウィッチはそう言った。

　とてもそうは思えない、と鳩原は思った。

　隙間から風は入ってきているし、床だって濡れているから雨漏りをしている。風は入ってきているというのに換気がよくない……、じっとりとしていて生臭い。窓には何もなくて剥き出しになっている。これじゃ外とそんなに変わらない。

「あ、外と変わらないって思ったでしょう？」

「……思ったよ」

「それは外をナメてますね。外で寝るよりはぜんぜんマシです」

　それはそうかもしれないが……。

　扉はないし、そこらへんにあるテーブルやベッドはほとんど腐っている。鳩原としてはこんな環境で寝泊まりするのは信じがたい。

　そりゃあ、そこらへんの木の幹で寝泊まりするのに比べればマシかもしれないが……。

「私のいた世界に比べればぜんぜんマシですよ」

　なんてふうにはにかんだ。

　流石に盛っているんじゃないかとも思うが――そうだった。

　そういう話をするために来たんだった。

（……『私のいた世界』）

　ダンウィッチの言葉を頭の中で繰り返した。

　その意味を鳩原なりに考えた上で、

「ダンウィッチ。きみの言う『私のいた世界』っていうのはどういう意味なんだ？」

　と、訊ねた。

　ダンウィッチはベッドに腰を下ろした。

　傍らにあった帽子をひょいっと手に取って、深々と被った。

　そして前髪と帽子の鍔（つば）の奥にある眼がこちらを見る。

「私はこの世界の人間ではありません」

　ダンウィッチは言った。

「私は『鍵（かぎ）』を手に入れるために、別の世界からやってきたんです」