第06話 侵入者(3)


     3.


(――あ、見つけた)

 それは丁度、鳩原はとはらが窓を閉めたあとだった。

 学生寮の屋上から飛び降りた『それ』の姿を、ハウスはしっかりと目撃した。

 シルエットが大きくて最初は何かわからなかったが、それは丈の長いローブを着ているからだとすぐにわかった。

 ハウスは『その人物』の着地点に向けて、急降下する。

 魔法は使い方次第では十分な暴力に発展するため、魔法による暴力行為は禁止されている。

 杖を人に向けることなんてもってのほか――危険行為である。

 ハウスには攻撃の意志はなく、あくまで『侵入者』との対話を試みることが目的である。

 由緒正しい家柄で、『優秀な人物』としての教育を受けてきたハウスには一般教養だけではなく、常識モラルも持ち合わせている。

 それで上手くやってきたし、上手く生きてきた。

 だから――このとき、彼女が対峙たいじしている『侵入者』は想定外の存在だったと言える。

 たとえば、そのひとつとして――その『侵入者』は不可解な動きを見せた。

 ――

「…………!」

 あり得ない動きだった。

 空中で何かを蹴って――跳び上がった。

『侵入者』はすぐ近くにある別館の三角の屋根に跳び乗った。

 着地の衝撃で朱色しゅいろやオレンジ色の凹凸おうとつのない平たいかわらが何枚か飛び散る。

 屋根を這い上がって、よじ登って向こう側に移動する。

「…………」

 物理法則を無視している……。いいや、そうではない。

 まるでバンジージャンプみたいな動きをしたが、

(魔法で足場を作ったか何かでしょうね)

 魔力の気配みたいなものを感じられなかったので、信じられないものを見たような気持ちになったが、不法侵入をするような人物である。

 何かしらの工夫をしているのだろう。

 ぐんっ! とハウスの箒が動いた。

 ハウスが跨る箒が屋根の上に飛び出たところに――さっきの『侵入者』がいた。

 身を屈めるようにして待ち構えていた『侵入者』の小さな手には、引き剥がされた瓦が握られていた。

「――っ!」

 ハウスがそれに気づいたときには、既に瓦は放り投げられていた。

 タイミングがぴったりと一致していて、ハウスの頭部に直撃する角度で飛んできた。

 かちん――と、咄嗟とっさに対応した。

 確実な命中で顔面に目掛けて飛んできた瓦は、ハウスに直撃する砕け散った。

 瓦がハウスに直撃する直前、彼女の目の前に現れたのは――魔力である。

 魔力。

 魔法という現象は、魔力というエネルギーを元にして起きる現象のことである。

 その魔力を魔法にしないまま、魔力というエネルギー体のまま外に出力するという方法がある。ハウスがやったのはそれである。

『魔力から魔法にする』際には、ごくわずかなインターバルが発生する。

 魔力だけでは何もできないが、今みたいに咄嗟の判断で放出して身を守るような手段として活用できる。

 こんなことができるのは魔法の才能に恵まれている者にしかできない芸当である。

 鳩原のように魔力の出力が微力な人物や、霞ヶ丘のように魔力を貯めておける容量が少なくて枯渇している者には、とてもじゃないが真似できない手法である。

 ハウス・スチュワードは、そんな血統に恵まれた家柄の少女である。

 故にこの学校に通っているというのもある。

 杖の先端が『かちん』と光を散らすと同時に、半透明の空気の壁のようなものがハウスの目の前に発生して、『侵入者』からの一撃を防いだ。

 魔力はそのままの状態では長く状態を維持できないため、すぐにきりのように消えてしまう。

(『侵入者』は――女の子!)

 ここでハウスは、その『侵入者』の姿をちゃんと見た。

 それは自分よりも小さい女の子だった。

 その子は悪魔のような角の帽子を被っていて、膝丈くらいまであるローブを着ていた。深く被った帽子で表情は見えない。

 このハウスが動揺している隙を――『侵入者』は逃さなかった。

 不意打ちを防がれた『侵入者』は、たんっ――! と跳躍した。

 箒で飛んでいるハウスに飛びかかってきた。

(この子は――)

 ハウスはここで、その少女の表情を見た。

 表情からは感情のようなものは見受けられず、目はひどく冷たいものだった――まるで音頭なんて感じられない。――だと思った。

(私を――殺そうとしている!)

 ハウスはその少女から、殺意を感じた。

「う――ああああああああっ!」

 箒にしがみつくようにして身を屈めた。

 このとき、ハウスが杖を取り出して攻撃を試みようとしなかった。

 彼女の人間性が見受けられる瞬間だった。彼女は自分の実力を自負しているが、それを攻撃的なものとして扱いたくないと考えている。

 臆病おくびょうなのである。

 ハウスが屈んだことで、その少女は飛びかかる先がなくなって、地面に向かって頭から飛び込んだ形になった。


「■■■■」


 逆さになった少女は帽子を押さえながら、何かを言った。

 その言葉を聞き取ることができなかった。翻訳魔法を機能させているというのに翻訳されなかった。

 あらかじめ登録している言語に類するものであれば、数百年前くらいまでなら伝わりにくいなりにも翻訳が可能である。

 なのに、一切聞き取れなかった。

 それが何を意味するのか――ハウスには考える余裕がなかった。

 突然、箒が重くなった。

「…………っ! な、に? いったい、何が――」

 それはあわだった。

 箒には泡がまとわりついていた。

 一センチくらいのサイズのものもあれば、テニスボールくらいの大きさのものまである。ただ、その泡はお風呂で見るようなはかなげな感じのするものではなく――極彩色だった。

 泡の表面では玉虫色の回折かいせつしまがめまぐるしく動いていた。





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