第05話 侵入者(2)


     2.


「私はダンウィッチ・ダンバース。それが私の大切な名前です」

 あなたの名前は何ですか? と、訊ねられて、『鳩原那覇だよ』と名乗った。

 発音し辛そうに、もごもごと口の中で音を転がして、

「鳩原、那覇さん」

 と言った。

 そこでふと思ったのは、さっきの自己紹介もそうだが、どうにも言葉に不慣れな感じがするということだ。鳩原の知る言語で話しているが、どうにも違和感があった。

 この土地の人間ではないのか? というのが、鳩原の率直な感想だった。合衆国辺りの喋りに近いと感じた。

「きみは……」

 どうしてこんなところにいるの? と聞こうとした。

 四階建ての学生寮の屋根の上にどうやって登ったのかとか、この学校の生徒じゃないよね、とか。

 そういうことを質問しようとしたら、

「『きみ』じゃありません」

 と食い気味に言われた。それもかなり強い口調で。

「ダンウィッチ・ダンバース。それが私の名前です」

 少し気分を害したように、不愉快そうに言った。

 彼女には何かしらのこだわりがあるのかもしれない。

「それは悪かった……。ダンウィッチさんはなんでこんなところにいるの?」

「ダンウィッチでいいですよ、鳩原さん」

 そっちはさん付けなのに?

「そうですねえ、なんと言えばいいでしょうか」

 さっきの怖い様子ではなくなった。

 少しわざとらしく考える素振りをしてから、こう言った。

「探し物をしているんですよ」

「ふうん……?」

 何を探しているのだろうか。

 それも聞いてみようか……。でも、初対面で質問攻めというのもなあ……。

「鳩原さんは何をしているんですか?」

「え? 何って……気分転換?」

「星を見ていましたけど、好きなんですか?」

 そんな質問をされたことがなかったし、考えたこともなかった。

 ダンウィッチのほうから空に視線を移す。

 雲は残っているが、眼前には星空が広がっている。

「あんまり星のことは詳しくないけど、好きかな。あ、でも……」

「でも?」

 じっと見ていると落っこちてしまうような……もしくは、呑み込まれてしまうような感じがする。暗い闇をじっと見つめているときのような、そんな感覚。

「少し怖いかな」

 鳩原の言葉に対して、ダンウィッチが何かを言った。

 だけど、それは聞こえなかった。

 ひゅんっ! という風を切る音が聞こえた。

 これは箒で飛んでいるときの音だ。

 それもかなりの高速だ。相当の技術を持っているに違いない。

「――やっぱり見つかっていたみたいです」

 音のした方向を見ながら、ダンウィッチは言った。

 明らかな『部外者』であるダンウィッチの今の反応と、箒の飛ぶ音……。

 学校に仕掛けられている防犯用の魔法のどれかが侵入者ダンウィッチを感知して、防犯委員会が動いというところだろう。

 箒が高速で飛んでいたし、技術のある人物……。

 防犯委員会の全員を知っているわけじゃないからわからない。

「それでは、鳩原さん――お喋りができて楽しかったです」

 ダンウィッチは立ち上がり、

「さようなら」

 と、挨拶をしてから、全身をひるがえすようにして飛び降りた。

 鳩原がいる位置とは逆のほうに。

 屋根裏にある窓から顔を出しているだけの鳩原からは、すぐにダンウィッチの姿が見えなくなった。

 追いかけようと窓から身を引っ込めて、窓を閉めた。

 そのとき、丁度、空が見えた。

 箒に乗っている少女の姿が見えた。

(あれは……)

 彼女の周りには光の球体がひとつ浮遊していて、周辺を照らしていた。

(副会長――ハウス・スチュワードだ)





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