そよや花 や 咲き匂ゑけれ さくら花 栄え乙女や や いとぞめでたきや

「それで今年は新年早々めざしだったんだ」


 ある年の初め。さとるは呉服屋の小上がりでみたらし団子を頬張りながら、火鉢のそばで丸くなっている虎のような黒猫の水玉模様を見つめていた。

 気のせいでなければ、黒猫がさっきから下敷きにしている包みの端に『免佐之めざし』というかな文字が見えた気がしなくもなかった。


「ちょっと待ってくれればもっとちゃんとしたのお届けしますよって言ったんだけれど」

「姉ちゃん言い出したら聞かないから」

「ふふ、ほんとにね」

「小さくてもなんでも尾頭付きじゃないの、だって」

「桜さんにはいつも敵わないわね」


 お気に入りの和三盆を片手にふふっと小さく笑った小袖がやけに嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。さとるはほうじ茶を一口すすると、団子をもう一本手に取った。


「そういえばあの草履、姉ちゃんのお気に入りみたいだよ」

「まあ、よかったわ」

「かえって高くついたんじゃないかって」

「あらいいの。頂いたお礼ですもの。番茶を煎るときの香り、私とっても好きだわ」


 あ、そうそうと呟きながら、小袖は文机の下から酒瓶と手の平サイズの桐の箱を引っ張り出すと、さとるの前に置いた。


「どうぞ開けてみて」

「え、なんですか」

「さあ、なんでしょ」


 悪戯っぽく頬笑む小袖に不思議そうな視線を送ると、さとるは桐の箱の浅葱の紐をそっと解いた。


「これって」


 朱色の盃を手に取りながら、さとるはしげしげと眺めた。艶めくような漆塗りの世界で桜の螺鈿が煌めいていた。


「きれい……」

「お屠蘇にはまだはやいけど、甘酒ならさとるちゃんも飲めるでしょ?」

「小袖さん……」

「少し荷物になるけれど、後で桜さんたちと一緒に飲んでね」

「ありがとう。小袖さんてほんといつも……」


 ふいに盃をくるりとひっくり返したさとるは、まるで「優しいね」という言葉を何処かへ忘れてしまったといった風情だ。


「……ちゃっかりしてる……」


 盃の底には『寿』という文字が、その裏面には『三鈴呉服店』という名入れが、金色に光っていた。


「ふふ、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます、さとるちゃん」




      🐾

    🐾




 一方その頃、とらと呼ばれた客人は、さくら川の橋の真ん中によっこいせと腰掛けて、最中を頬張っていた。

 

『まあとらさん、もう少しゆっくりしていけばいいのに』

『いや、そういうわけには行きません』

『早く帰ってこないとみたらし団子全部食べちゃうんだから』

『どうぞどうぞ。余った分はさとるくんにでもあげてください』

『もう。ほんとに旅好きね。そんなことだろうと思った。これ、持ってって』


 ふん、と怒ったふりをしながら小袖が手渡してくれた包みには、四角い最中が入っていた。

 禄寿応穏ろくじゅおうおんの文字が浮かぶ皮は虎朱印とらしゅいんを模しているのであろう、口に入れるとほのかに檸檬の香りのする不思議な最中であった。


「ん?」


 出掛けに貰った包みを畳んでいると、客人の足元になにやら幅広の短冊のようなものがぱさりと落ちた。


       🌸

     🌸


      君ならで誰にか見せむ梅の花

       色をも香をも知る人ぞ知る

               小袖書 

       🌸

     🌸


 二行目の書き出しが半字下げてあったのと、名前の後に『書』とあることから、他詠句であることは和歌に疎い客人にも分かったが、それが一体誰の詠んだ歌なのかまでは思い出せなかった。


 不意にいつかの香りが過って開いてみれば、中には黄色い花をつけた折枝が入っていた。


「とらさんへ この前の噂話の事……?」


 どうやらそれは先日のちょっとした謎解きの答えが書いてある手紙のようであった。

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