あんたんとこのオタマトーン、えらい上手にならはったなぁ🌸

「するってぇとあのとらは、どこのとらだかしらねぇが、人のあとつけまわして峠の茶屋までいきやがったのか。よわったな」


 江戸のはずれの裏町で、増田は長屋の縁側に寝そべって大袈裟に頭を掻いていた。

 よく見れば昼間から虎に引っ掻かれたような顔をしていなくもない。


「弱ってるのはこっちですよ。野良猫にちょっかい出して噛みつかれたなんて、他人様ひとさまになんて言い訳するんだい」


 針仕事の手を休めると、女房は夫の指先の包帯を呆れて眺めた。


「そのままいやぁいいだろ」

「まったくあんたって人は。そんなんで今年はどうやって追い返すのさ」

「なんのことだかわっかんねぇな」

「掛取りですよ。まったく。お咲さんとこの熊さん、去年は死んだことにして追い返したそうじゃないの。困ってましたよお咲さん。今年はどうしましょうって」

「今年も死んだことにすりゃいいだろ」

「そういうわけにはいきませんよ。双子でもないのに同じ顔の人が二人もいるはずないじゃないの」

「おい桜」


 増田は閃いたとばかりに跳ね起きると、長屋の縁側に腰掛けて、ぽんと膝を叩いた。


「それだ!」

「なんです急に大声出して」

「桜、俺はやっぱり双子だった、そういうことだな?」

「なにわけのわかんない事いってるんだいあんた」

「だってよ桜、金に困った双子のかたわれが、兄を頼って都からはるばる会いに来たとなりゃあ、居候しててもおかしくねぇだろ?」

「そのあいだ本人はどこにいるんだい?」

「旅にでも出たことにしときゃいいだろ」

「はぁ」


 桜は長屋に響き渡るかというほどの長いため息をつくと、また縁側で一人せっせと針仕事を始めた。手を止めてる時間も勿体ないといった風情だ。


「なにかとおもえば。寝言は寝てからにしてくださいよ。あんた、双子どころか生まれてこの方ずっと独りっ子じゃないの」

「でもよ桜、俺にはさとるっつう弟がちゃんと」

「義理の、弟じゃないの」

「なにいってんだ。弟つったら弟だろ」

「なんだいあんた、さとるのことそんな風に思ってたの?」

「あたりめぇよ」

「まったく」


 桜はふいに針仕事の手を止めると、縁取へりとりの草履をつっかけて、沓脱石くつぬぎいしをトンと二回踏んだ。


「ほんとあんたって、わかりにくいねぇ。ちょっと、出掛けてきますよ」

「急にどうした桜」

「どうしたもこうしたもありませんよ。日が暮れるまでに尾頭付きの魚用意しなきゃ。誰か分けてくれる人がいるかもしれないじゃないの」

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